第6話

「おっまたせしましたっスモークサーモンです!」

「あ、ありがとうございます」

 見計らったようなタイミングで店員の女性が料理を持ってきた。燻製にしたシャケの切り身を乗った皿をテーブルに置くと、彼女は笑顔で言った。

「シスターさん、今日も相談に乗ってあげてたんですね、でも無理しちゃだめですよ!スラムの人はどんな不調をもってるか分かりませんから、わたしみたいに!」

「はい、ありがとうございます。」

「いえいえ、ではごゆっくり〜」


「……もしかして、スラムの人からの相談、普段から受けてるの?」

「あ、はい、そうですね。」

 店員との会話の内容から思いついたことを話すと、シスターは少し恥ずかしそうに言った

「お料理を持ってきてくれた彼女を含め、スラムからやって来た方には声を掛けて案内をさせていただいてます、迷える人の話を聞き、心を保ち兆しを得られるようにするのも私たちの務めと考えてますので。……それに、街中で肩を狭めて歩いてるのを見てると、ほっとけなくて……」

「それで、私にも声をかけてくれたんだ」

 気恥ずかしさを前面に押し出すシスターさんの心に眩しく感じた。

「いいシスターさんだね。……ほんとにいいの?奢ってもらっちゃって」

「は、はい、どうぞ!」

 彼女は恥ずかしさを誤魔化すように言った。

「話を聞く限り、朝から何も食べられていないようですし……。

 でも、珍しいですね。短い付き合いですが、ルルカ様が燻製を食べていらっしゃるところは見たことがありません」

「ニオイがきつくて、あんまり好きじゃないからね」

 じゃあありがたく、とフォークで切り身を一つ掬う

「けどなんでかな、シスターさんのニオイ嗅いでたら食べたくなっちゃって」

「に、臭い、ですか?」

 少女は驚いたように袖を鼻に近づけた。

「そんな変な臭いだったでしょうか……」

「いや、いいニオイだよ?」

 昨夜ぶりの食事を頬張りながら、私は言った。

「この前にも嗅いだお香のニオイ、煙のニオイが強い分燻製がイメージできちゃった、今日も聖物作ってたの?」

「いえ、今日はまだ聖物は作っていませんが……」

 シスターは不思議そうに言った。

「それに服も今朝着替えたので、そこまで匂いが付いてるはずが無いと思いますけど……」

「そうなの?」

 私は鼻に意識を集中させてみる。

 シスターメディからは、確かにお香のようなニオイがしている。

 だけど、よくよく嗅いでみると潮のようなニオイもしてくるような気がした。

「潮のニオイもしてくるような……


 あ、聖物のニオイかもしれない」


「え、潮?聖物の匂い?」

 私の口からでた出た思いつきを、シスターが驚いた顔で迎えた。

「聖物って匂いとかするんですか?もしそうだとしても、お香ならともかく、何故潮の匂いが?」

「たぶんなんだけど……」

 私は前置きを入れて話した

「私が、『聖物のニオイ』って感じた何かが、あるのかもしれない。

 聖物だけにある特有の何かがあって、それを私がニオイとして感じてる、って感じ?潮のニオイは、私のイメージかな。前の吸血鬼騒ぎの時、デヴィンが聖句を唱えながら作った塩、あれも聖物なんでしょ?」

「な、なるほど……?」

 シスターが納得しているのかいないのか微妙な顔で言った。

「作る過程で聖句を唱えていたなら、聖物になりえます。

 確かに、神の恩寵……聖句や聖物は、私たち教会の者でも良く分かっていないところもありますから、聖物のみが持つ何かがあってもおかしくはないですね……


 ですが、今日は聖物の類は何も持っていないはずなんですが……」


「えっそうなの?」

 驚いた拍子にサーモンがフォークから落ちた、あわてて行方を追いながら続ける。

「うわっと……良かった皿の上。……ポケットに入ってた~とか、持ち物が何時の間にか聖物になってた~とかも無いの?」

「そうですね、ポケットには財布しか入っておりませんし。」

 シスターがポケットをまさぐりながら言った。

「何時の間にか聖物になった、というのもあり得ないはずです。聖物は作る際に聖句を与えるので、すでに完成された物は聖物になりえません。」

「そうなの?」

「はい、そうですね……お料理で例えましょう。」

 そこから、メディ先生による聖物講座になった。


「お料理を作る時、下ごしらえした材料を焼いたり炒めたりしますよね。その焼いたり炒めたりするときに、お塩や胡椒などのスパイスを振って味を良くしたりするわけです。

 聖物にとって聖句はこのスパイスのようなものと考えてください。

 料理を作る間にスパイスを振って風味や辛味を足すように

 物を作る間に聖句を与えることで、出来上がった物に聖句の力を与えるわけです。」

「スパイスって腐らせないようにするもんじゃないの?」

「そ、そうでしたね……」

 彼女との認識の違いを感じながら、私は続けた。

「つまり、作ってるときに聖句を唱えないと意味が無いのね……ってことは、教会に金属を溶かせる炉があるってこと?この前渡してくれたやつ、鎖だったよね?」

「あ、いえ、一から作る必要はないんです。」

 シスターが集団で鎖を一個一個鋳造しているのをイメージした私を、彼女は両手を振って否定した。

「あの時の鎖なら、市販の、アクセサリー用の物に、刻印を刻んで作ります。鎖に刻印を刻んで完成、となるわけです。お肉だって、猟師の方が切り分けたり、干したりしたものを買って、焼いてから食べますよね」

「なるほど、加工の途中ならどのタイミングから唱えてもいいってことね。」

「はい、作ってる間であれば。服を聖物とする時は、一度裂いてから縫い戻してしまうこともあります。」

「無理矢理すぎでしょ」

 冗談のような話に、私はついつい笑った。

「ってことは、聖物を作る場所って、作業場っぽくなってるの?もうちょっと儀式儀式ってしてると思ってた。」

「儀式儀式してるとはいったい……」

 困惑しながらもシスターは続けた。

「そうですね。道具や作業机で混み込みとしているのは否めません。私も、しょっちゅう服を引っかけては裂いてしまいますね。」

「そうなんだ、それ大丈夫なの。」

「はい、と言っても……本当は駄目なんですけど……」

 私の相槌を受けて、シスターが頬を赤らめていった。

「手が空いた時に、そこに在る道具で繕ってしまいます。道具は一通り揃ってますから。」


「ねぇ、さっきさ。服は一度裂いてから縫い戻して聖物にするって言ってたよね。」

 シスターの言葉で、思いついたことがある。

「……そうですね。」

「服が裂けたのを、その場で縫い直しちゃうって言ってたよね。その時って聖句唱えてる?」

「……たぶん、作業中は鼻歌のように唱えてしまっているかも……」


 そこまで聞いて、私の中に、今までの疑問が全てつながるような感覚がした。


 つまり

「それ、?」


 結論から言えば、私の考えは正解だった。

 夕方、外泊許可を取ったメディが私に予備のシスター服を着せたところ、私は夜になっても人間の姿のままだったのだ。

「おそらく、複数の聖句が同時に効果を与えています。」

 ランプに火を入れて、シスターが言った。

「私が毎日の作業の合間に行った繕いが効果を与えたなら、おそらく着込んだ物のあらゆる“内なる魔”を封じ込め、他の“外なる魔”の影響を受けなくなっている、かもしれません。」

「そうみたいだね。」

 私は大きく深呼吸しながら言った。普段と全く違う空気のニオイが逆に新鮮だ。

「少なくとも、“狼”の“相”……“内なる魔”については完全に封印されてる。鼻に栓でも詰められてるみたいなのに呼吸が出来てて変な感じ。」

「そうなんですね。」

 それを聞いて、彼女は自分に少し引いていた。

「何か、すごい物を何時の間にか作ってたんだなぁ、私……」

「そういえば、お昼の話なんだけど、」

「あ、そのまま続けるんですね。」

 私はシスター姿のままベッドに腰かけていった。

「鼻効かないのちょっと新鮮だからもうちょっとこのままでいたい。……昨日の夜、外泊許可を出してたシスターって、誰?ていうか一人?」

「……はい、ルルカ様も良く分かる人だと思います。」

 メディは信じられないような顔をランプで照らしながら言った。

「シスターシエラ……昨日、外出許可を出していたのは、とりまとめ役のシスターシエラです。」

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