シーン16 ~帰りのフェリーにて~
三人は、フェリーのデッキに佇んでいた。船は静かに、波をかき分けて進む。
メイタンテーヌはさすがに学習したのか、帰りの船では酔い止めをしっかり飲んでいた。今のところ、船酔いは大丈夫のようだ。前髪が、海風にはためいていた。
その隣ではフラグミールが、まぶしそうにキラキラと輝く水面を眺めている。
ストローをさしたアイスコーヒーを片手に、ボンクラー警部補がおもむろに口を開いた。
「、、、そもそも、スグシヌンジャナイはこの一帯に幅を利かせていた、マフィアの幹部だったという話だ。それが一年半ほど前に、組織を抜けたという情報がある。」
「だから、富豪だったんですね。悪いことをして、儲けたお金だったんだ。、、、、組織を抜けたのと同じタイミングで、島に移住したわけですね。」
フラグミールが、納得したように言った。
「うむ、だが悪い仲間との縁はなかなか切れなかったらしい。中には居場所を突き止めた上で、『過去をばらす』と脅してくる人間もいた。フメイナルなんかも、その一人だ。」
メイタンテーヌの頭に、パーティ会場でのフメイナルとの会話が甦った。確か彼は、スグシヌンジャナイについてこんなことを言っていた。
ーーあいつのことは、昔から、よく知っている。前は何をしていたかとか、色々と、なーー
前歯のない初老の男は、スグシヌンジャナイに対して侮蔑の表情を浮かべていた。あれは、マフィアの一員としてさんざん悪事を働いていたことを、知ってのセリフだったのだろう。
「フメイナルは、『口止め料』という名目で、スグシヌンジャナイに金をせびっていたんですかね?」
「ああ、おおかた、そんなところだろう。」
ボンクラー警部補が、まぶしい日差しに顔をしかめて言った。
「フメイナルも、やはりマフィアの一員ですか?」
「ああ、そうだよ、フラグミール君。もっと言えば、ツギノーギ・セイナルもそうだ。画家なんてのは大嘘で、みんな前科持ちの、大悪党ばかりさ。因果応報、死んで当然の人物だったということだな。」
「イロケスゴイさんも悪人ですか?」
「彼女に関しては、マフィアの構成員ではなかったかもしれん。だが、同じ穴のムジナってところじゃないのかな? 年の離れた金持ちの悪党と結婚した上で、その邪魔者を始末するのに加担してるわけだから。殺人罪のスグシヌンジャナイは当然として、イロケスゴイも有罪判決を受けることは間違いない、、、とんだ女狐だよ!」
「スグシヌンジャナイは、悪い仲間を始末したかった。それと同時に、、、彼らの目をくらますために、自らの存在さえも消してしまおうとした。」
メイタンテーヌが呟いた。
「単に二人を屋敷によびつけて殺したんじゃあ、誰が犯人か、丸わかりだ。だからパーティと称して、関係ない人も多く呼び集め、そこで二人に加えて『自分も殺す』という、前代未聞の計画を立てた。そうやって表社会から消えて、どこか離れたところで、別人として暮らすつもりだったんだろうな、、、」
「そういうことだ、マヨエルホー君。まあ、一度悪い組織に入ると、色々と苦労するわけだな。」
ボンクラー警部補は、満足そうにアイスコーヒーを一口飲んだ。
「、、、鑑識からの報告によると、フメイナルの遺体からは、睡眠薬が検出されている。どこかのタイミングで、飲み物にまぜられたのだろう。それで、眠っているところをスグシヌンジャナイに、一撃でやられたに違いない。」
「あの、すいません、死体にタキシードを着せて、他人の遺体に見せかけるっていう部分なんですが、、、DNA鑑定をしたら、『胴体がスグシヌンジャナイ氏のものじゃない』って、すぐにバレるんじゃないですかね? 今回はたまたま、捜査員が駆けつけるのが遅れて、犯人側はラッキーでしたね。」
「いや、そこは、やっぱりほら、嵐の日を狙ったんじゃないかな。」
メイタンテーヌが、前髪を人差し指でかきあげながら言った。
「彼らはこの島に住んで、だいぶたつ。天候が悪いと、この島全体が周囲から隔絶された環境になってしまうことを、二人は知っていたんだろう。、、、いわゆる、『クローズド・サークル』ものだ、これは」
メイタンテーヌが満足そうに、頷きながら言った。
「なんですか? クローズド・サークルって、なんかの用語ですか?」
「それにしても、屋敷を改築したのは、人を殺すために好都合な環境を作るためだった、、、ということかね。」
ボンクラー警部補が、まゆをひそめて言った。
「、、、金持ちの考えることは分からん。わざわざ隠し扉まで作って、どこまで事前に想定していたのやら。」
「まあ、『殺人に最適な間取りの家』というのが登場する小説も近年、人気を集めたわけですし。」
メイタンテーヌが、微笑みながら言った。
「、、、こういうのは、世間的にOKであると、ある種、実証済みなのですよ、警部補。」
「さっきから、なんの話をしているんですか?」
「ともかく、スグシヌンジャナイは屋敷の様々な仕掛けも利用して、どこかのタイミングでフメイナルの首無し遺体を、始末してしまう予定だったに違いない。しかしその計画は、もろくも崩れ去った。ーーひとりの名探偵の登場によって。」
メイタンテーヌが、大いに得意げに言った。少し鼻の穴がひろがっている。
「でも、これは、考えたら分かる話だったのかもしれませんね。」
フラグミールが、牛乳瓶の底のようなメガネを光らせて言う。
「首なしの死体や、損傷の激しい遺体を見たら、すり替えを疑え。ーーこれは、ミステリーファンの間では、『鉄則』として知られていると聞きます。今回も、首なしの死体が出てきた時点で『すり替えフラグ』が立っていた、、、と見破るべきだったのでしょうか。私としたことが、、、これを分かる人は、何割ぐらいいたのでしょうか、、、」
「おや、またアルバトロスが飛んでいる。」
メイタンテーヌが、青空を舞う大型の海鳥を見上げた。
「、、、名前なんてのは、本来どうでもいいものだ。それでいて、とても重要なものでもある。変な名前だと、当然バカにされるし、『キラキラネーム』だったりすると、親の品性とか、家庭環境までも疑われてしまう。かといって、あまりにも豪華な名前をつけると、今度は『名前負けしている』とか、からかわれることもあるし、、、」
悠然と、気持ちよさそうに空を飛ぶ鳥。
その目線で見てみるなら、多くの人間たちは、あまりにもちっぽけな存在に見えるのかも知れない。
「ーー名前なんかにまどわされず、本質を見破る力を身に着けることができたなら、、、この世の中の多くの謎は、解決するのかもしれないな。」
メイタンテーヌが、誰に言うともなくつぶやいた。
気持ちの良い潮風が、三人の間を吹き抜けていった。
(終わり)
※作者あとがきにつづく
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