シーン7 〜ミスリードの秘密〜

メイタンテーヌは、この屋敷にとどまるべきだという演説をしながら、大広間に集まった人間を油断なく見渡していた。


現在、屋敷に残っているのは次のような人物だ。



・メイタンテーヌ・マヨエルホー:

自称・名探偵。


・ジョシュヤ・フラグミール:

メイタンテーヌの助手。


・ボンクラー警部補:

たまたまバカンスで訪れた島で、事件に巻き込まれた警部補。


・イロケスゴイ・コヤーツ夫人:

殺害されたスグシヌンジャナイ氏の妻。


・ミスリード・ヨウイン氏:

美男のエリート弁護士。


・シン・ハンニン神父:

いかにも善人そう。まったく、あやしくない。


・ツギノーギ・セイナル氏:

中年の画家。


・ユクエ・フメイナル氏(?):

行方不明だが、屋敷のどこかに潜んでいる可能性あり。



停電の瞬間に屋敷にいた客は、これだけだ。あとは屋敷の使用人が数人いたが、いずれもモブキャラのような、きわめて特徴のない顔をしていた。ーーさすがにこれは、どう考えても、使用人の中に犯人候補はいないーーと、メイタンテーヌは判断した。


「ここで一つ、全員の安全のために提案があります。たがいに身体検査をしてはどうでしょうか?」


メイタンテーヌが得意げにいった。何人かが、けげんな表情をする。


「犯人は、スグシヌンジャナイ氏を殺害した際に使用した、凶器を持っている可能性がある。身体検査をして、刃物を持っていないか確認する必要があるでしょう。さらにいえば、犯人は停電になった際に、スグシヌンジャナイ氏の頭部をどこかに移動している。その際、衣服に血痕が付着した可能性も考えられる、、、。」


メイタンテーヌは、前髪を人差し指でかきあげると、声を少し大きくして言った。


「これから、屋敷の使用人の方も含め、男性チームと女性チームに分かれて、それぞれ服を脱いでチェックしあうのがいい。もちろん、誰も何も持っていない、というなら、やはりフメイナル氏があやしいのであって、『ここにいる人間は危険人物でない』という可能性が高まります」


「ふむ、、、確かにそれは、やっておいた方がいいかもしれませんな」


ボンクラー警部補が同意したが、次の瞬間、叫び声をあげたものがいた。


「ぼ、僕は反対だ!」


あまりのけんまくに、皆が振り返った。


声をあげたのは、ミスリード氏だった。


「そんなのは、、、そんなのは横暴だ! 僕は、身体検査を拒否する。」


「なぜですかな、ミスリードさん。理由を聞きましょう」


ボンクラー警部補が、小太りの体をぐいと押し出して、ミスリード氏に向き合う。


「なんでって、、、なんであろうと、です。僕は弁護士だが、法的に何の権利があって、あなたは身体検査を要求しているのですか」


これはあやしい、という顔つきを、ボンクラー警部とメイタンテーヌが同時にした。


「ミスリードさん、もしもあなたが凶器を持っておらず、衣服も血で汚れていないなら、身体検査を嫌がる理由がないはずじゃありませんかな」


「しかし、、、」


「それとも、何か他の問題でもあるのですか?」


メイタンテーヌが穏やかに尋ねる。内心では、不倫疑惑と関係があるのでは、、、と考えていた。身体検査をしたら、イロケスゴイとの不倫関係が白日のもとにさらされるような、そんな決定的証拠が出てくるのではないか。


一方でボンクラー警部補は、「これは早くも犯人が、しっぽを出したかもしれないぞ」と考えていた。村の女性はミスリード氏と、イロケスゴイ夫人との不倫関係を噂していた。もしそれが本当なら、恋愛の炎が間違った方向に燃え上がり、ミスリード氏が『邪魔者』であるスグシヌンジャナイ氏を、殺害した可能性もある。ミスリード氏には、「殺人の動機」があったわけだ。


「、、、ミスリードさん、場合によっては、あなただけ別の部屋で、身体検査することも可能ですが」


メイタンテーヌの提案に、ミスリードはがっくりとうなだれて、しぶしぶ返事をした。


「承知しました、では別室でお願いしたい、、、」


ボンクラー警部補が、くいとあごを向けた方向に、メイタンテーヌとミスリードは歩いて行った。後ろからボンクラー警部補も続く。それから三人で小さな部屋に入ると、警部補がバタン、と後ろ手にドアを閉めた。


「それでは、両手を肩の高さにあげて、広げて下さい」


メイタンテーヌが指示すると、もはや観念したらしく、ミスリード氏は言う通りにした。


上着をゆっくりと脱がせて、服の裏地が血で汚れていないか入念にチェックする。


それからメイタンテーヌは、ミスリードの脇のあたりをぽんぽんと叩くと、念のためワイシャツのボタンをはずしてみた。


「こ、これはッ、、、!!」


「ミスリードさん、あなたまさか、、、!!」



2人の男は驚きのあまり、息を飲んだ。


そこには、警部補も名探偵も、推理がおよばないものがあった。



ミスリード氏の筋肉質の体には、明らかに女性ものと思われるセクシーな黒のブラジャーが、ぴったりと装着されていた。


それだけではない。下半身には女性ものの黒の下着と、さらにはガーターベルトまで装着されていたのである。


「あなた、いつもこんな格好を???」


メイタンテーヌが困惑して聞くと、ミスリード氏は、やぶれかぶれといった調子で言った。


「趣味でして! これが!! 僕はちょっと、女装癖がありまして!!」


「な、なるほど、、、」


これほどの美男子でありながら、風変りな趣味を持ったものだ。


聞けば、少し前から女装にハマり、誰にも内緒で続けていたが、ある時イロケスゴイ夫人に目撃されてしまったという。


「その時の彼女は、まるで女神のようだった。。。妻にも明かしていない、僕が秘密にしていた女装癖にドン引きするかと思いきや、、、目をキラキラさせて、『男性がそういう姿をするのは、それはそれでアリ。』と言ってくれたんです。。。それからというもの、彼女は色々と、僕におすすめの下着を教えてくれまして、、、積極的に、女装趣味の沼にはまるように、導いてくれたんです、、、」


それからミスリード氏は、身に着けているガーターベルトをいとおしそうになでた。


「この黒のガーターベルトも、彼女がおすすめのブランドのものでして、、、実に、シルキータッチな肌触りが、絶品で。。。」


うーむ、と眩暈を感じながらメイタンテーヌは考えた。


我々は、黒のガーターベルトを着けた男と、何を話しているのだろうか。


初めてミスリード氏を見たとき、彼はイロケスゴイと仲良く話し合っていた。それを見て、フラグミールが言ったセリフが、ぼんやりと思い出される。


ーー「これはなんというか、女の勘ですが、、、『何か秘密を共有しあった同士』というような雰囲気がありますね」


ミスリード氏とイロケスゴイ夫人は、確かに秘密を共有しあっていた。


しかしそれは、世間が思っていたものとは、少々異なるようだった。

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