第34話 誰が君を憎んだか?
「ぐっ―――」
くぐもった鈍い音がサーラの元から聞こえてきた。
それが音ではなく声だと気付いた瞬間、研一は慌ててサーラの傍に駆け寄る。
(よかった、生きてる……)
鮮血が飛び散ったように見えたが、どうやら剣で切られた髪の毛だったらしい。
背中はザックリと切られて酷い事になっているが、それでも今すぐに死ぬような傷ではなさそうだった。
「勝負ありだな。もうその女は動けまい。お前達二人だけで、俺と後ろの奴等を相手には出来んだろう?」
もはや勝負は付いたとばかりに、ジュウザは追撃する事もせず。
けれど、反撃や奇襲に備えて悠然と構え直した。
――ここまでくれば援軍が到着するのを待ち、逃げ切れないように取り囲んで仕留めた方が確実だからだ。
「何で俺なんか庇った……」
ジュウザが攻めて来る雰囲気がない事を察して、倒れたサーラに寄り添うように跪く。
口元に耳を近付け、一言も聞き逃さないように。
「好きだったからです。ずっとずっと貴方の事を愛してました」
ぼんやりとした焦点の合わない目で研一の方に顔を向けながら、うわ言のようにサーラは言葉を紡いでいく。
「そのお伽噺に出てくるような黒い髪と目が好き。言葉は乱暴なのに節々で見える優しさが好き。私と違って口だけじゃなくて正しく責任感を持ってるところに憧れてました」
「……ねえだろ、俺に責任感なんて」
「ありますよ。私は初めての戦は怖くて逃げ出したのに、貴方は体調がどれだけ悪くても逃げなかった。それだけじゃない。今だって一人で逃げれば自分だけは助かったのに、戦い続けてくれてます」
「逃げて一人で戦うよりは、まだ一緒に戦う奴が居る時に迎え撃った方がマシなだけだ」
「嘘吐きですね。さっきだって連携する気なんて一切ないみたいな素振りしてた癖に、一番危険な初撃だけは、ずっと貴方が担当してくれてましたよね?」
(……無意識だった)
サーラの指摘どおり。
突撃は自分が担当しており、サーラ達にサポートさせるのが当たり前のように感じていて、一度だってベッカを突撃させなかった事に、言われて初めて気付かされた。
「私は悪趣味でも変態でもないんです。ただ好きになった人が、かなり解り難い人だっただけ」
けど、その解り難い優しさを。
自分は全部全部解かっているとばかりに、サーラは楽しそうに微笑んで。
「最期に一度だけでいいんです。お姫様じゃなくて、サーラと呼んでくれませんか?」
ずっとずっと心に秘めていた願いを口にする。
姫や救世主と言った立場なんて全て捨て去って、隣に居たかったという甘い願い。
「うるせえ、寝てろ。この勘違いお姫様」
それを迷いなく踏み躙り、研一は拳を強く握り締める。
絶対に満足して死なせてなんてやらない。
生き抜いて、あんな状況なんだからお願いくらい聞いてもいいじゃないですか、なんて文句を百でも二百でも言わせてやると心に決めて。
「全く、こんな時だっていうのに……」
もう意識を保っているのが限界だったのだろう。
こんな時まで優しい言葉の一つも掛けてくれない研一の態度に。
そして、その裏に隠された優しさを正確に読み取ったサーラは呆れたように笑って――
「本当に貴方のそういうところが――」
凄く憎らしくて、だけど大好きだった。
そんな言葉にならない声を残して、意識を失う。
「ベッカ。サーラを連れて逃げろ。ここからは俺一人でやる」
(お姫様抱っこ、か。本当にお姫様相手にやる事になるなんて思わなかった)
せめて起きてる時にやってやれれば良かったのに、なんて自嘲しながら抱き上げたサーラを丁寧にベッカに預けた。
「……死ぬ気か?」
「そんな訳ないだろ? お姫様が好き放題言われても頭の上がらない救世主様だぜ?」
実際、研一に死ぬ気なんて一切なく。
どう見ても演技じゃない自信に満ち溢れた姿に、ベッカは一つ頷くと――
「それでは姫様は私に任せろ! 絶対に死なせなどしない!」
振り返る事もせず一目散に走り出す。
研一ならば絶対に生き残ってくれる筈だと、自分に言い聞かせて。
「有難いな。わざわざ終わるまで待っててくれるなんてさ」
凄まじい勢いで遠くなっていくベッカの背中に、あの人も実は物凄い人だったんだなって今更に思いながら。
研一は振り返ってジュウザ達に向き合う。
「言ったであろう。我々の目的は、お前の命。邪魔者が居なくなるのなら、望むところよ」
そこには既に魔族達の援軍が勢揃いしており。
ジュウザを含めた全ての魔族が勝利を確信したように佇んでいた。
けれど――
「そうか。うん。それなのに本当に悪いな」
研一の表情は、それ以上に余裕に満ち溢れたものであった。
本当に申し訳なさそうに静かな声で呟いたかと思うと、憐れむような視線を魔族達に向ける。
まるで、これから死ぬのはお前達の方だと決まっているかのように。
「もう魔力も禄に残ってねえくせに、粋がってんじゃねえぞ!」
研一から放たれている言い知れない圧迫感に耐え兼ねて、魔族の一人が怒号と共に襲い掛かる。
長であるジュウザには劣るものの、中々の強さを持つ魔族の男だったが――
「……ごめん、こんな情けない男が相手で」
研一が無造作に手を突き出した。
それだけで突撃してきた魔族の男は、塵一つ残す事無く、この世から消滅した。
「は?」
戦場だというのに間抜け面を晒して棒立ちになったジュウザを含む、全ての魔族を責める事など誰にも出来ないだろう。
何故なら先程までの研一なら、間違いなく犠牲者の一人も出す事無く討ち取れていた筈。
それがここまで急変して、驚くなという方が無理な話だ。
「気付けば簡単な話だったんだよね。またテレパシーでも出来る魔族が居たら困るから、内容は教えてやれないんだけど……」
独り言のように呟きながら、驚き過ぎて動けない魔族達に研一が無造作に襲い掛かる。
拳を振るう度に衝撃波が放たれ、その衝撃波が掠るだけで腕が消し飛び、直撃しようものなら問答無用で消滅。
無論、拳そのものが直撃しても一撃で消し飛ばされる。
「化け物め!」
それでも気合と根性で衝撃波を交わして、別の仲間が倒されている隙に、決死の覚悟でジュウザが大剣を叩き付けるが――
「そんな馬鹿な……」
研一に傷の一つも付ける事も出来ずに、大剣の方が砕け散った。
もはや魔族側には、どうやっても勝ち目がない。
それは既に戦いと言える対等なものではなく、一方的な虐殺であった。
(俺を少しでも強くしていたのは、サーラからの憎しみなんかじゃなかったんだ……)
魔族達を蹴散らしながら、研一は申し訳なさと共に想いを馳せる。
そもそもサーラはこの戦いが始まってから今まで、一瞬たりとも研一の事を憎んでなんていなかった。
力が上昇した瞬間、偶々タイミング良く現れたから勘違いしていただけの話。
――実際、研一はどこから憎しみを向けられているか方角が解るが、サーラの方角から憎しみを感じた事なんて、この戦いの中では一度だってなかった。
(人に憎まれる程に強くなるスキル、か……)
それならば研一を憎み、嫌悪した人間とは誰なのか。
――研一に何か事情があると気付いており、愛の告白までしたベッカではない。
(俺だってスキルを貰って調子に乗ってるだけの、ただの人間でしかないんだよな……)
その答えこそ、スキルを持っている研一自身であった。
中途半端な甘さのせいで精強な魔族達を呼び寄せて、兵士達を全員死に追いやり。
アレだけ酷い事を言い続けてきたのに助けに来てくれたサーラに、弱くなる事を気にして礼の一つも言えなかった挙句――
庇われて危うく死なせてしまうところだった。
(こんな反則めいた強さのスキルを貰っておいて、情けないにも程がある……)
そこまでしてくれたサーラの姿を目にして、ようやく研一は自覚する事が出来たのだ。
ずっとこんな糞みたいなスキルが悪いだとか、ここまで恨まれるような事をしているのに恨んでくれないサーラ達がおかしいだとか。
無意識に言い訳して他人のせいにしていたが、なんて事はない。
上手く使えばこれだけ圧倒的な強さを発揮出来るスキルを全く扱えてない自分こそ、どうしようもない間抜けな無能だっただけ。
――もっと早く気付いていれば、サーラにあんな傷を負わせる事もなく、兵士達だって助けられたのにという想いが、更に自己嫌悪を加速させていく。
(……本当に悪いとは思ってる)
そして、スキルを上手く使ったところで結局は女神からの授かり物の力で、懸命に生きてきたこの世界の住人を踏み躙るゴミ屑でしかないのだ。
サーラやベッカは言うに及ばず。
殺された兵士や自分が今殺している魔族達だって、こんなイレギュラーな存在に振り回されて、好き勝手踏み躙られていいような生き方なんてしてなかった筈だ。
(それでも、どうしても叶えたい願いがあるんだ……)
自分こそ、この世界における異物で、生きている価値なんてないと本気で思いつつ。
それでも個人的な願いの為だけに、相手を踏み躙る。
全てを自覚しているからこそ――
研一はこの世界の誰よりも自分自身を憎み嫌悪し、圧倒的な力で魔族達を蹂躙していくのであった。
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