第31話 ベッカの献身
「それで原因に心当たりはあるのか?」
兵士達を置き去りに、たった二人で戦場を抜け出した研一とベッカ。
サーラの元へ向かう道すがら、逃げる足を止める事もせずベッカが静かな声で研一に言葉を投げ掛けた。
(答えられる訳がない……)
スキルの詳細を話しても、ベッカなら今まで一人で苦労したなと同情するだけ。
ただでさえ弱体化が激しいのに、これ以上そんな想いを向けられては完全に戦えなくなるかもしれない。
兵士達が必死に逃がしてくれたのに、それだけは絶対に嫌だった。
「原因は解っているが取り除くのは難しい、か。解った」
研一の表情を一瞥しただけで、かなり厳しい状況であり、こんな状況でも自分には伝えられない事情があるのだとベッカは察する。
初めて撤退の為に動かし続けていた足を止めたかと思うと、真っ直ぐに研一の目を見詰めて言い放った。
「この国を捨てて逃げろ。お前まで死ぬ意味はない」
「いきなり何を言って……」
「最初に出会った頃に言っていたな。お前等の世界の事なのに、『俺に全部丸投げとか言い出すような屑みたいな奴等だったら、それこそ魔族にでも何でも滅ぼされてしまえとしか思わねえ』だったか。そのとおりだ、言い訳のしようもない」
「おい、ベッカ――」
「神様の加護を貰っただけの戦士でもない男が、一人であれだけの魔族を倒してくれたんだ。十分過ぎる。後は、この国の人間で片を付けるべきだ」
「話を聞け!」
どれだけ遮ろうとしても話し続けるベッカの肩を掴み、無理やり話を止めさせようとする研一であったが――
「お前を省けば、この国で一番強い姫様が後ろで控えている理由が解かるか?」
無駄口を叩いている時間も惜しいとばかりにベッカは止まらない。
質問しておきながら、研一の返事も待たずに話を続けていく。
「魔力を溜める為の隙があるから前線に居辛い、そういう面があるのは否定しない。だが、魔法というのはアレで不便でな。距離が離れた分だけ威力が急激に落ちる。今回みたいに強過ぎる敵相手に援護効果を期待するなら、もっと近くに居ないとあまり意味がないんだ」
だからこそ、研一達にも魔族から追撃の魔法などが放たれていない。
無駄に魔力を消耗するだけで、足止めにならないと知っているからだ。
――実際、サーラの魔法が容易く掻き消された理由の一つが距離が遠過ぎたのもある。
「もし何かあった時の為にお前だけは絶対に逃がしたい、と姫様は仰っていたよ。元の世界に返すような大掛かりな魔法はさすがに無理だろうが、別の国にお前を飛ばすくらいなら何とかなる筈だ」
「なん、で……」
ベッカの言葉に研一は驚きで何を言っていいか解からない。
アレだけ好き放題喚き散らし、我儘放題やってきたのだ。
(今までの狼藉分くらいは精々働け。それが無理ならそのまま死んでしまえ、だなんて思われるのが普通だろ!)
あまりの衝撃に、言葉は音になって喉から出る事も無く。
ただ研一の頭の中だけで声にならなかった想いが炸裂して消えていく。
「相変わらず色々と鈍い男だな。そういう悪ぶった態度の裏に隠れた可愛らしいところも、好きな理由の一つだったよ」
(普段は演技だと解っていても悪党にしか見えないのに、動揺すると顔に全部出るトコロが可愛いんだよな)
けれど、ベッカには研一が何を思ったのか、ある程度は理解出来ていた。
下手をすれば聞き逃しかねない程に静かな告白と共に、覚悟を決めたように研一に背を向けるように振り返る。
自分達に迫る脅威を迎え撃つ為に。
「逃がすと思ったか、救世主! 魔族の未来の為、お前だけはここで死ね!」
ジュウザが巨体を唸らせ、凄まじい勢いで向かってきていた。
相当に無理をして兵士達の囲いを突破してきたらしく、さすがに無傷ではない。
だが、それ以上に全身を染め上げている返り血の量が多過ぎて、この僅かな間にどれほどの人間を殺したのかという想いに――
研一の目に恐怖と共に、怒りに似た何かが入り交じる。
「ここは私が食い止める! お前は早く姫様のところへ行くんだ!」
研一が立ち止まった気配を感じたベッカは振り返りもせず、逃げるように急かす。
振り返らなかったのは、ジュウザから目を離すのが嫌だったのもあるが――
(揺らぐな。覚悟を決めろ……)
振り返って研一の顔を見れば、またさっきみたいな強さを見せて自分を救ってくれるのではないかと縋りそうで怖かった。
あるかどうかも解からない希望に頼るより、戦士である自分の力で出来る事をする。
覚悟を固めるように、持っていた槍をベッカが強く握り締めた。
その時だった。
「待つがいい、優しい優しい救世主様よ」
どこかで聞いたような言葉が研一の耳を叩いた。
それは瞬時に脳を駆け抜け、どこで聞いた言葉なのか即座に思い出させる。
(何でセンちゃんのお母さんが死に際に言っていた言葉をコイツが?)
あの場には自分以外に誰も居なかったし。
仮にこの魔族が隠れていて話を聞いていたというのなら、仲間である魔族の女があそこまで酷い事になる前にどうにかしていただろう。
「貴様が最期を看取ってくれた我らの同胞の女は、遠くの者に意志を伝える魔法を何よりも得意にしていてな。魔族の存在そのものを脅かす程の強者が人間の元に現れた、と我々に伝えてくれたのだ」
「…………」
研一の背を嫌な汗が伝う。
この後に告げられる言葉が、きっと自分にとって禄でもないモノであろう事は間違いなかったから。
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