第29話 その気持ちの名は一つ
「予想はしていたつもりだったのですが、凄まじいですね……」
たった一人の人間が千近い魔族相手に対等どころか、圧倒する程の勢いで奮戦する。
そんな明らかな異常事態を目にしながら、サーラの顔に浮かんだ驚きは微々たるモノでしかなかった。
それは別に研一の力を無意味に妄信していたからではなく――
圧倒的な力を持っていると確信出来るだけの情報を、サーラは既に掴んでいたからだ。
(ある意味では当然なのかもしれませんね。何せたった一人でフェットの館を制圧した上に、怪我一つ負ってなかったのですから)
それは研一とセンの出会いとなった事件。
そこで魔人の落とし子を捕らえていたフェットは、自分をサーラに次ぐ力を持つ魔法使いだと研一に告げていた。
あまりにも容易に倒せてしまったので、嘘を吐いているか話を盛っているだけだと思い、研一は全く取り合わなかったが、これこそ盛大な勘違い。
単に研一が強過ぎたから解からなかっただけで、間違いなくフェットは、この国においてサーラの次に強い魔法使いであり――
一対一ならばサーラだって苦戦せざるを得ないどころか、状況次第では負ける事さえ有り得る程の実力者であったのだ。
(フェット派閥はアレで我が国一番の武闘派集団。私やベッカが部隊を連れて制圧に向かえば、勝てはするでしょうが、お互いに大きな被害が出るのは避けられなかったでしょうに……)
しかもフェットは王所属の正規兵という訳でもないから、素行などを完全に無視して、実力のある荒くれ者達を多く掻き集め常駐させていた。
ベッカがフェットの事を怪しいと思い、それでも調査を渋っていた理由の一つに、魔族との戦いにおいて、必要な戦力だと思っていたから事を構えたくなかった部分も大きかったのだ。
(それ程の戦力がなければ、そもそもあんな悍ましい事など出来る訳がないですからね……)
今回の戦いで垣間見えたように魔族の力は絶大だ。
それをたった一人とはいえ、生きたまま捕らえる事が容易でないのは簡単に想像が付くだろうし。
例え両手両足を切り落としたからと言って、生かして閉じ込めておく事など、ただの策略家や金や権力しか持たない男に出来る訳もない。
下手をすれば国の正規兵に並ぶ程の戦力こそ、フェット一味の正しい評価であり――
それを散歩でもするような気楽さで叩き潰しただけでなく、一人も殺さずに牢に放り込んだ研一の実力を、どれ程サーラが評価していたかが今なら解るだろう。
――だからこそ、目眩ましなんて奇襲混じりとはいえ、単騎突撃なんていう無謀にしか見えない作戦とも言えない暴挙に踏み切れたのだ。
(それにしても一当てすれば、無理せずに戻ってきてくれてよかったですのに……)
あまりに圧倒的な力を持っているのだ。
魔族軍なんて自分一人で十分だ、なんて思ってしまうのも解らなくもないし。
きっと研一の戦いを見ている多くの兵が、ただ圧倒的な強さを見せ付ける為に、あえて一人で戦っているのだとしか思っていないだろう。
(やはり本当は優しく責任感の強い方、なのでしょうね……)
けれど、サーラは研一をそこまでの悪人ではないと思っていた。
確かに発言や態度だけなら、どう考えたって傲慢で周囲の者なんて自分の欲を満たす為の道具にしか見てないゴミのような男でしかない。
偶に良い人のように見える事があるのは、自分が呼び出してしまったから、良い人間であってほしいという責任逃れのようなもの。
何度も何度も悪人なんだと思い込もうとしてきたサーラであったが――
(もし本当にそんな方なら、むしろ私達に活躍が見えやすいように、魔族達を引き連れてこちらに来るでしょうからね……)
自分達に力を見せ付ける為に近寄ってくるどころか、あえて距離を取るように立ち回っているだけでなく、必要以上に魔族を挑発して引き付けている。
サーラ達を戦いに巻き込まず、一人で全てを終わらせようとするように。
それは今まで積み上げてきたどんな言葉や態度以上に、研一の人柄を物語ってしまっていた。
(これで私にしか手を出さないような方だったのなら、文句の付けどころもなかったのですけれどね……)
そこだけが残念だとばかりに、どこか悔しそうにサーラは溜息を吐き出す。
あくまでサーラは研一の事を極悪非道のどうしようもない悪人とまでは思っていないものの、逆に言えば少なからず悪党だとは思っている。
だから女癖は本当に悪いんだろうし、センやシャロンは好き放題弄んだのだろうなと思っているのだが――
(義理堅い傭兵みたいな考え方なのでしょうね……)
そうやって報酬を先払いのような形で受け取っているからこそ、こうして自分達の為に戦ってくれているのだと解釈していた。
そう考えなければ、そもそも研一が自分達の国の為に、そこまで戦ってくれる理由が全くないから。
――過去に研一が言っていたように、それだけの力があれば、もっと厚遇してくれる国に行けばいいだけの話なのだから。
(もっと私一人で救世主様を満足させられる程の、女としての魅力があれば……)
出会った日の夜。
キスをせがんだあの瞬間、研一を自分に夢中にさせる事さえ出来ていたのなら。
センやシャロンが犠牲になる事もなければ、研一が性処理の相手を探す為に暴れ廻って変に評価を下げさせる事もなかった。
どうして自分は研一好みの女に生まれて来なかったのだろうと考えて――
(はあ。やっぱり自分の気持ちなんて、どう頑張っても誤魔化せないものですね……)
自分の思考の流れの奥底にあるモノを自覚して、サーラは一人で苦い顔をする。
どれだけ悪態を吐かれ酷い事を言われても信じたくて。
他の女に手を出すなんて聞かされれば、自分には触れてもくれなかったのになんて悔しくて憎らしくて仕方ない。
無理やり誤魔化したって、どうしようもなかった。
清めの炎を焼身自殺だと勘違いされた時、あの表情を見た時から自分の心は既に――
(いけません。今は国の将来を分ける大事な戦いの最中なのです)
頭に浮かんできた色呆けた感情を、頭を振って必死で追い出した。
はっきり言って研一が想像すら遥かに超えて強過ぎて、下手に手伝おうものなら却って足手纏いにしかならない状態ではあるが――
だからといって、それで安心して全てを任せきるなんて無責任な真似は出来ない。
「皆さん、救世主様の強さに甘え過ぎてはいけません! 確かに私達の手など必要ない程、救世主様はお強いです。ですが何かあればすぐ動けるよう、気だけは緩めないで下さい!」
(そんな全てを人任せにして自分達は何もしない国なんて、魔族に滅ぼされてしまえばいいなんて言われてしまいますからね……)
とはいえ、自分達に出来る事なんて緊急事態に備える事くらい。
後は精々が研一が全ての魔族を蹴散らした後に、快く凱旋出来るように迎え入れる心構えをしておくくらいしか、やる事がない。
それ程までに研一の力は圧倒的であり、例え魔族の数が今の三倍以上である三千を超えていたとしても、問題なんてなかっただろう。
ただし――
「救世主様!」
あくまで何もなければの話。
その異常は遠くで眺めているサーラにも解かる程、顕著に現れてきていた。
(やはり体調に問題が!)
急激に研一の動きが悪くなってきている。
別に敵に援軍が来た訳でもなければ、何か罠を仕掛けられている訳でもないのに。
遠めに見ても解かる程に圧倒していた筈の研一が、徐々に押され始めているのだ。
まるで急に弱くなってしまったとしか思えない程の勢いで。
「ベッカ!」
「解ってます! 総員、覚悟を決めろ!」
「はい! ここまで救世主様が戦ってくれたのです。覚悟なら既に出来てます!」
ここまで出番がなかったベッカが声を張り上げ。
同じく戦いを見ているだけで何も出来ていなかった王国軍が突撃を開始する。
この世界の希望を守る為に。
そして、自らの国の未来の為に。
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