第13話 魔人の落とし子センちゃん

「ひっ……」


 魔族の女の言葉に従い、扉を開けた研一を待っていたのは、怯えた様子の女の子、センであった。


 見た目だけなら十歳前後くらいに見える幼い子で、下着姿だった他の子ども達と違い、あまり上等でなさそうな布切れで作ったような質素な服に身を包んでいる。


 ――肌の色は病的に感じる程に白いが、これは魔人の落とし子の特徴だ。


(目と髪が黒いのって救世主だけじゃないんだな……)


 研一の目を惹いたのは自分によく似た瞳と頭髪の色だった。


 自分の物に比べれば薄い色合いではあるものの短い黒髪が印象的な少女であり、幼いながらも整った顔立ちは本来なら見る者に好印象を与えていたのだろうが――


「ご、ごめんなさい。言う事聞くから殴らないで……」


 今にも泣き出しそうな表情で研一の様子を伺っているせいで、元々兼ね備えていただろう愛らしさは発揮される事無く影だけを生み、ただ痛々しさだけを見る者に与えていた。


「俺は――」


 自分には害意はない事を示そうとして口を開こうとしたものの、ある事に気付いて口を閉ざしてしまう。


(この子はスキルの対象に入るんだろうか……)


 人と魔族の混血だ。


 普通に考えるのならば半分くらいは効果がありそうだが、第一子は魔族としての力を色濃く受け継いでいる。


 それならばスキルの対象外なんじゃないのか、なんて都合の良い事を研一が考えた瞬間――


『魔人の落とし子は人でも魔族でもありません』


 また頭の中に無機質な声が響いた。


 それに酷く怖がられている割にスキルが全く成長している気配を感じないので、声の告げた言葉が正しいのだろうと確信する。


 ――この声が何なのかは気になったが、今は気にしている暇がないと必死で無視した。


「怖がらせてごめん。俺は闇野研一って名前なんだ。センちゃんって言うんだよね? 君のお母さんからさ。君の事を頼まれたんだ」


 不用意に近付いても、怯えさせてしまうだけだろう。


 研一はその場でしゃがんでセンと目線を合わせて、出来るだけ優しい声で語り掛けていく。


「そ、その。何をすれば怒らないですか?」


「実は俺さ、あまり人と話せない事になっててね。だから話し相手になってほしいんだよ」


 この怯えた態度から想像するに、無条件で助けに来ただなんて言っても警戒心を強めてしまうだけ。


 それならばセンに他愛ない役割を与える事で、居場所を作ろうと画策する。


 ――それにスキルを気にせず話せる相手が欲しいというのは、心の底からの願いでもあった。


「あ、あの……」


「なんだい?」


「私がちゃんとお話を聞いていたら、私の腕や足は切り落とさないでくれますか?」


 その言葉を聞いた瞬間、研一は怒りで拳を握り締めるのを抑えられなかった。


(子どもが見ている目の前で実の親の腕とかを切り落としたっていうのか!)


 先程の言葉が真っ先に出てきた事と、強い怯え方から嫌でも予測出来てしまう。


 このセンという少女は先程の魔族の女。


 実の母親の四肢が切り落とされる光景を知っているのだ。


「…………」


 頭の中が煮えたってしまったように熱い。


 今すぐにでも引き返して、男達を殺せという想いが身体中を駆け巡っていく。


(ああ、そうだ。今の俺には力がある)


 何の力もなかった大学生なんかじゃない。


 今の自分は救世主。


 フェットのような権力者やサーラみたいな立場のある人間だって逆らえやしない、絶対的な強者。


(大体、悪党共を殺す事の何が悪い)


 どうせ生きてたところで反省なんてしないんだ。


 今すぐ殺しておく事が、新しい被害者を生まない最善の方法なのだと男達の所へ向かおうとしたのだが――


「ご、ごめんなさい! ちゃんとお話聞くだけにします! 余計な事は二度と訊かないです! だから――」


 悲鳴のようなセンの声が耳に届いて研一は我に返る。


 声に導かれるままに視線を向ければ、泣いてないのが不思議なくらいの追い詰められた表情で、センが自分の事を見ている事に気付いた。


「……ごめん、違うんだ、センちゃん。君に怒ったんじゃない。君は何も悪くないんだ」


(ったく。何を馬鹿げた事を考えてるんだ。今は目の前のこの子だろうに……)


 自分に言い聞かせるように猛省し、暴れ狂う心を無理やり押さえ付けて笑顔を作る。


 相当にぎこちない顔になっているのが自分でも解るが、それでも努めて穏やかに語り掛けていく。


「センちゃん、聞いてほしい。これから赤い髪をした女の人が来る。その人はきっと俺にたくさん悪口を言うだろう。そして俺も凄く酷い事をたくさん言う。まあ俺の方は事情があって酷い事を言うだけで大体嘘。君や他の子ども達に酷い事をする気はない」


「は、はい。ちゃんと聞いてます」


「それで女の人は自分がセンちゃんの面倒を見るって言うと思うんだ。けど、俺が君の面倒を見たい。だから俺を選んでほしい。いいかな?」


「い、言うとおりにしたら殴らないでくれるんですよね?」


(また小さいし、こんな環境に居たんだ。自分で考えて選べって方が酷か……)


 選ぶとは自分で行動を決めて責任を持つという事。


 きっと今のセンに本当の意味で何かを選ぶなんて出来ないだろう。


「ああ、約束する。言うとおりにしてくれたら殴らないし、君を殴ろうとする奴等から全力で守ってみせるよ」


 それならば研一が選び、責任を負う覚悟を持つだけ。


 そして、センの面倒を見ていく覚悟なら魔族の女を自らの手で殺した時に済ませている。


「はい。ありがとうございます」


 感情の込められてない乾き切った御礼の言葉。


 殴られたくないから頷いただけで、欠片も信用されてないのは明らかだ。


(ま、今は仕方ない)


 いつか年相応な無邪気な姿が見られるようになればいい、なんて人知れず研一が思ったところで――


「救世主様!」


 随分と聞き慣れたように感じる声が響き渡った。


 慌てて立ち上がると同時に即座に声の方へと向き直る。


「この騒ぎは何事ですか! それに囚われていた子ども達は一体どういう事です!」


 この国の王女であるサーラが戸惑い混じりに叫んでいた。


 どうやらこの地下室がどういう目的の場所なのか、完全には把握していないらしい。


 ――ちなみに今日は露出の少ない普通の服装に杖を持っている恰好だった。


「何って。ベッカから聞いてねえのか? 性処理用の道具の調達さ。それ以外に、ここに来る用なんてあるかよ」


「せ、性処理用の道具、ですか? そのような物は見当たりませんが……」


 研一の言葉を受けてサーラは周囲を見渡して探し始める。


 どうやら本気で解っていないらしい。


「カマトトぶってんじゃねえよ。来るまでに散々見てきたんだろう? 檻に放り込まれてるガキ共の姿をさ」


(さすがにそれは王女として駄目だろう……)


 上に立ち人々を導いていかなければならない者は、清らかなだけでは務まらない。


 闇を知らなければ気付く事すら出来ない悪というのは確かに存在するのだから。


「本気で解らねえのかよ。ここはな、捕らえた魔族の雌を孕ませて、労働力とか性処理用のガキを製造してた場所なんだよ。それで生まれた魔人の落とし子なら多少雑に扱ったところで、人間じゃねえから文句を言う奴なんて居ねえからな」


「ま、まさか。そんな……」


 説明を聞いて、初めて自分が居る場所の悍ましさを理解出来たのだろう。


 酷くショックを受けたといった様子で、頭痛でも堪えるようにサーラは自らの頭を押さえる。


「それでさあ、商品見に来たのはいいけど実際に使ってみねえと具合って解らねえじゃん? だから要らない奴だけ後で返すから一旦全部寄越せって言ったら襲ってきやがってさあ。鬱陶しかったから全員ぶちのめして部屋に突っ込んどいたんだけど――」


「ええと、その、待ってください。色々と言いたい事が多過ぎて何を言えばいいか……」


 子どもを商品扱いしていいと思っているのか、と怒るべきなのか。


 それとも理由はどうあれ悪党共を捕まえてくれている事に、感謝の言葉を述べるべきなのか。


 次々に飛び出してくる新しい情報にどう反応すればいいか解からないから、少し考える時間を欲しいと訴えるサーラであったが――


「どうせ真面目な真面目なお姫様は、あの男共を牢にでも入れちまう気なんだろ?」


 冷静に考える時間を与えて、余計な事に気付かれても困る。


 サーラの戸惑いを無視して更に話を進めていく。


「当然でしょう。こんな悪逆非道の者達を許す訳にはいきません」


「だから見付かりたくなかったんだよなあ。商品なんて整備する奴が居ないと、すぐ薄汚れて痛んじまうじゃねえか」


「ま、待ってください! 貴方はあの子達に淫らな事をするつもりなのですか!」


「そりゃそうだろ。何の為に俺がここに来たと思ってるんだよ?」


「そのような非道な行い、救世主様であっても認める訳にはいきません!」


「うるせぇなあ。今まで気付きもせず放置してきた分際で正義面してんじゃねえよ」


(本当にベッカが言ってたとおり、か……)


 どうやらアレだけ暴言を言ったにも拘わらず、まだ実は救世主様なんだから根は善人な筈だと思っていたかったらしい。


 どれだけ自分が苦労して悪態吐いてるんだという、努力をないがしろにされた気分になり苛付きのようなものを覚える。


 ――完全に言いがかりの逆恨みのようなモノでしかないのは、研一自身も解っていた。


「別にこのガキ共は俺が攫ってきた訳じゃねえんだぞ? 俺がこの世界に来る前から、他の奴等が用意して好き勝手使ってたんだぜ。この世界の、この国の他の奴がな」


 サーラが口うるさいから面等臭くなったという流れにして、子ども達を城で預かってもらう流れにするべきだと頭で思っているのに――


 それでも色々な想いが渦巻いて、言わなくてもいい事まで口走ってしまうのを止められない。


「もう何人のガキが売られたと思ってんだよ。売られた先じゃゴミみたいに扱われて、くたばってる奴だって居るだろうよ。王族って立場なら、それを自分で察知して防ぐ努力が出来てから正義を語れよ」


「あ、う……」


 何か言い返そうとして、それでも反論の言葉が出て来ないだろう。


 口を開いては閉じてを繰り返すだけで、サーラの口から意味のある言葉で出て来ない。

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