第2話 ベッカ登場

「ああ、女神に願いだって叶えさせるぞ。で、それが?」


「そ、それがとは?」


「なんだ? まさか平和に異世界で過ごしてきた人間を友人や家族から無理やり引き剥がして血みどろの争いをしてる世界に拉致してきた挙句、命懸けで戦わせようとしときながら報酬は全部女神に丸投げ。自分達は傷付く事なく高みの見物。そんなふざけた事言う奴の為に戦えとでも?」


 笑かすにも程があると言いたげな研一の皮肉気な笑い声が響いた。


 言っている事自体は別にそれ程は突っ込まれるような内容でもないのだが、研一のふてぶてしい態度に加えて、嘲りを隠せない声に周囲の兵士が苛立っていく。


「も、勿論魔王を倒し世界を救って頂いた暁には相応の恩賞を与えるつもりで――」


「魔王を倒して世界を救った暁には、だあ?」


 話にならないとオーバーアクション。


 実際、この辺に関してはゲームなどで似たような状況を見る度に研一は疑問に思い続けてきた事があるので、考えるまでもなく言葉が口から飛び出してくる。


「それだけの事やれる力があるんなら、富も名声もてめぇなんかに与えて貰わなくても自分でどうとでも出来るんだよ。解かるか?」


「い、いえ。こちらも魔王を倒すまで何も与えないという気はなく、全面的に協力を――」


「そんなのは当たり前の事だろうが。お前等の世界の事なのに、俺に全部丸投げとか言い出すような屑みたいな奴等だったら、それこそ魔族にでも何でも滅ぼされてしまえとしか思わねえよ」


 これは研一が多くのゲームをする中で、ずっと思っていた事だ。


 いくらゲームだからと言って、お前は世界を救う選ばれた勇者だなんてノリで始まって、大した援助も何もなしに放り出されるなんて明らかにおかしいだろう、と感じていたが――


 さすがにその辺はゲームと違って、当たり前のように協力してくれるらしい。


「で、人任せにせず協力するのは当たり前だわなあ。それでもわざわざ俺がお前等の為に命を懸けてやる程の理由になんてならねえんだ、解かるか?」


「それはどういう……」


「察しの悪いお姫様だなあ。わざわざ異世界なんかから呼び出して、王族であるアンタが好き放題言われても、それでも下手したてに出なきゃいけない程の力が俺にはあるんだろう?」


「……はい。異世界から召喚された救世主様は神の加護を受け、その力は万の兵さえも凌駕すると伝えられています」


「だったら人間より強い魔物と命懸けで戦うより、その力で弱っちい人間から奪って好き勝手生きた方が楽だ。そうは思わないか?」


 明らかに敵対の意志を滲ませた言葉を聞き逃す事は出来なかったのだろう。


 周囲の兵士達が一気に殺気立ち、今にも襲い掛からんとばかりの様子で槍を構える者まで出る始末。


(なるほど。これが敵意とか憎悪で強くなるっていう――)


 そこで初めて研一は、自分の身体に何かが流れ込んでくるのを感じた。


 と同時に身体の内から何かが溢れ出しそうな、力が漲ってくるとはこういう事なのかと言いたくなる感覚に包まれる。


 どうやら、このくらい憎まれて初めて効果を発揮する能力らしい。


(いや、待って。ようやく効果が出てきたって事は、今の俺の強さってどのくらいなんだ?)


 異世界転移した時点で貰った能力とは別に、翻訳を含めた色々な加護が掛かるから、この世界の一般人よりは強くなっていると女神から聞かされているが――


 逆に言えば、その言い方だと鍛えた兵士数名と戦えるような強さがあるとは到底思えない。


 ここで兵士達に袋叩きにされれば、案外普通に死にそうだと研一の額に冷や汗が流れる。


「静まりなさい!」


 ひっそりと死の覚悟をした研一を救ったのは、サーラの一喝であった。


「部下共が大変失礼しました。わざわざお伝えして下さるという事は、アナタにそういう行動を取らせない為に労力や危険に見合った報酬を先にお支払いしろ、という事ですね?」


「今度は話が早いじゃねえか」


(セーフ! いや、本当に今ので死んでたかもしれない……)


 憎まれなければ強くなれず、この世界で生きていけなさそうだが。


 下手な段階で憎まれ過ぎたら、今度は即座に殺され兼ねない。


 この能力を女神に聞かされて想像していたつもりではあったものの、自分の認識があまりに甘かった事に気付かされる研一であったが――


「こっちは命懸けで戦ってやるんだ。それに見合ったものを寄越してもらおうか」


 かといって日和って曖昧な態度を取ってたんじゃ、一般人よりはマシ程度の力しかない自分に出来る事なんて何もない。


 虚勢に空元気を加え、必死で悪人面を維持する。


「勿論です。この世界に居る限り不自由な暮らしをさせるつもりはありませんし、我が国で用意出来る限りの宝であれば何でも――」


「はぁー……。これだからどこの世界でも上流階級のボンボンはさあ……」


「えっと、あの?」


 何も解っていないとばかりに溜息を吐く研一の姿に、本当に何でそんな事を言われるのか解かってないのだろう。


 サーラは戸惑いを隠せず視線を泳がせる。


「いいか。俺がぁ、わざわざ身体を張ってぇ、この世界を救ってやろうって言ってるんだ」


「あの、だからそれはどういう――」


「呼び出したてめぇが安全圏から喚き散らすなって言ってるんだよ」


 ここまで煽る気は本当はなかった。


 けれど、事ここに至って未だサーラの目に敵意や嫌悪といった悪感情が浮かんでいないどころか――


 世界を救ってもらえるかもしれない救世主への期待や敬意染みたものを研一は感じている。


「てめぇの身体で払え。解かる、お姫様? 女としてぇー、その身体でぇー、俺を楽しませろって意味ぃ?」


 それがスキルの成長の妨げになっている可能性は否定出来ないし、仮に今は気のせいだったとしても、未来ではどうなるか解からない。


 ここで完全に嫌われておこうと、テンプレの三下悪党でさえ今時言わないだろう下卑た言葉を全力でぶつけてみるが――


「……はい。その覚悟は出来ています。魔族達を討ち滅ぼして下さるというのなら、この身、この心、全て貴方様に捧げましょう」


 それだけの事でいいのなら喜んでとばかりに。


 むしろ安心したような笑みさえ浮かべて、サーラは研一の事を見詰めてきた。


(……聖人か何かですか)


 あまりに予想外の反応に、さすがに困惑せずには居られない。


 物凄く綺麗な子ではあるし、この反応を見るに心の方だって整った見た目以上に魅力的な女なのだろう。


 だからこそ――


 自分なりの人生を送り、満ち溢れた幸せを手に入れるべきだと研一は思う。


 少なくとも真っ当な恋もせず、こんな訳の解からない事に身だの心だのを捧げるなんて間違っているとしか思えないくらいに。


「……その、救世主様。後でお部屋に伺わせて頂くので、この場で御奉仕するというのは許しては頂けませんか?」


 研一の沈黙を、それならば今この場で楽しませてみろとでも解釈したのだろう。


 サーラが恥ずかしさを必死で堪えた様子で懇願するが――


「はっ。よく知ってるぜ、上流階級様の手口はさ」


 ここで引けば全て台無しになり兼ねない。


 半ばヤケクソ染みた気持ちで研一は悪ぶり続ける。


「それでアンタそっくりの替え玉用意するなり、魔法か何かで姿変えた別の人間用意するなりして、自分の身体は汚させないっていうんだろ? ああ、やだやだ。これだから上から見下ろすだけのお偉いさんってヤツはさ……」


 ここでそれなら仕方ないとばかりに、サーラが今から尽くさせて頂きますなんて言い出していたのなら、研一は逃げ出していたに違いない。


 けれど、そうはならない自信があった。


「もう我慢ならん!」


 良い娘だなんて言葉では足りない立派過ぎる王女様が、ここまで馬鹿にされて兵士達が黙っている訳がない。


 研一の期待どおり。


 一人の兵士が怒鳴り声を上げたかと思うと、即座にサーラを守るとでも言いたげに庇うような立ち位置に割り込んできた。


「お、なんだ。赤の他人に頼らなきゃ自分の世界も守れない雑魚が何か用か?」


(そうそう。ここまで言われて、こんな人の好さそうな姫様を誰も守らない国なんて、それこそ魔族に滅ぼされろってもんだしな)


 サーラを守る為に立ち塞がったのは一人だけだが、他の兵達も今にも飛び出してきてもおかしくない殺伐とした雰囲気。


 それが嬉しくて。


 初めて研一の悪人面が剥がれ、心の底からの笑みが零れてしまうのだが――


 この状況で満面の笑みなんて浮かべられても、煽っているようにしか見えないだろう。


「ベッカ、落ち着い――」


「止めないで下さい、姫様!」


 もはやサーラの静止でさえ止められない程に怒り狂い。


 鎧に身を包んだ金髪の女兵士、ベッカが研一を睨み付けながら声高らかに叫んだ。


 ――ちなみに研一は「くっ、殺せ」とか言いそうな人だとか思っていた。


「どの道、ここで私程度に倒されるような奴ならば必要ない! そこまで大口を叩くのなら、その力を見せてもらうぞ!」


 要するに戦って力を証明しろ。


 それが出来ないなら今までの無礼の代償に死んでもらうという話。


「はっ、いいぜ。秒殺、いや、瞬殺してやるよ」


 迷う事無く申し出を受け、それじゃあ戦いやすい場所にでも案内しろだなんて、ふてぶてしく自信満々に答えるが――


(……その前にトイレ行きたいとか言える空気じゃないよね)


 ここまで来たら引けなくなっていただけであり。


 下手しなくてもここで殺されるかもしれないなんていう死への恐怖と、悪態とか色々な事への申し訳なさで胃痛は限界。


 今にも吐きそうなっているのを、必死で表に出さないよう堪える研一であった。

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