第1話 北の空がまだ暗いうちに

 太陽の光が地上を照らし始める頃に僕は目が覚める。


 といっても僕に宛てがわれた北側の部屋の窓を覗いてもその暖かな光を見ることは叶わない。


 ソファで寝ていたせいか凝り固まってしまった体を叩き起こし、身だしなみを整えるために鏡に目を向ける。


 そこに映るのはこの世で最も憎むべき顔。


 恐怖の髪色に悪魔の瞳、昨日の夜遅くまで魔術書を読んでいたせいか目の下には隈ができていた。


「はぁ…」


 思わずため息がでる。


 いくら望んでもこの髪と瞳がどうなるわけでもない。


 それはたった八年間の人生で嫌と言うほど学んだことだ。


 クヨクヨしてても仕方がない!


 そう思い服を部屋着から着替えて部屋を出る。


 毎朝早くに館の中庭で剣術の練習をするのが僕の日課だ。


 貴族たるもの国王の剣として剣術は体得するべき…と本に書いてあったからだ。


 中庭に続く廊下を歩いていると侍女すれ違う。


 侍女は僕を見つけると顔を歪めた。


 名前は確か…メイだったっけ?


 僕は侍女に声をかけた。


「おはよう、メイ!今日もいい朝だね!」


「……」


 侍女は何も言わず、ただ僕を睨んでいた。


 僕は一応、大貴族ヴァリアルト家の長男のはずなんだけど…


 名前、間違えたかな?


 人と仲良くなるには挨拶が基本と本にかいてあったんだけどなぁ…


 庭先に出ると、木刀を拾い上げ早速練習を始めた。


 剣術といっても誰かに習ったわけではなく、本で見た知識を真似てるだけだ。


 三十分ぼどすると、北の空も徐々に明るみを帯びてきた。


 この時間になると、多くの人間が仕事を始める。


 会ってもどうせ嫌な顔をされるだけなので僕は水で汗を流してさっさと部屋に戻る。


 服を着替え、憎らしい髪を誤魔化すような白いフード付きのローブを深く被る。


 そして僕は僕の唯一の居場所に向かう。





 ∆ ∆ ∆





 私はメイ。


 ただのメイ。


 貴族じゃないから家名なんて大層なものは持っていない。


 一月ほど前にヴァリアルト公爵家の侍女見習いから正式な侍女になった新人だ。


 今日も朝早くから廊下の清掃の仕事。


 侍女と言っても旦那様や奥さま、ご子息様達に直接お仕えになれるのは気に入られたものか、ベテランの侍女だけだ。


 それ以外は基本雑用しかできない。


 私もいずれは…なんて思っていると、廊下の奥から人が歩いてきているのが見えた。


 私はそれを見て思わずゾッとしてしまった。


 白髪に碧色へきいろの瞳。


 片方だけでも恐ろしいのにそれが両方となると…


 それが近づいて来るにつれて私の胸の鼓動が早くなる。


 それは私の顔をジッと見つめると口を開いた。


「おはよう、メイ!今日もいい朝だね!」


 思わず顔が引きつる。


「……」


 何も言わなかった。


 いや、何も言えなかったのほうが正しいだろう。


 恐怖のあまり口を開くことすらできなかったのだ。


 そんな私を見てそれはいかにも不満気な顔をしていたが再び声をかけることもなく行ってしまった。


 その瞬間私は恐怖から開放された。


 そして自分を恥らしく感じた。


 たった八歳の子供に怯えたことにたいしてではない。


 侍女としてあるまじき行いだったからだ。


 私はしばらく立ち尽くしてしまった。


 そんな私を見てか、同期の侍女が私に近づき声をかけてきた。


「大丈夫だった?怖かったよね?もういないから安心して」


「う、うん」


 心配してくれている彼女の目はどこかあの子を攻めているようだった。


 違うのに、悪いのは私なのに…


 なんだか心にモヤがかかったような気がした。

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