第21話 プリンのような頬の女の子!

 澄野すみのあい、と言ったかな?

 あの子は先に下りていった。

 千幸子ちさこは、改札のある側のホームのベンチに座った。

 まずメールを送る。

 しばらく様子を見る。

 「それにしても、あいつ、見事に思い出さなかったな」

 千幸子は、ふっ、と鼻を鳴らした。

 「せっかくおんなじような電車の、おんなじような席に座ってやったのに」

 千幸子はこの子に前に会っている。電車のなかで、同じように向かい合わせに座ったのだ。

 箕部みのべのショッピングモールの前で声をかけたのも、そのときのことを覚えていたからだ。

 でも、愛はすっかり忘れていた。

 「優等生のくせに」

 くふっ、と短く笑う。

 ぽろん、とスマートフォンが鳴って、メールが来たことを知らせてくれる。

 千幸子がタッチして開いてみると、

「いやあ、さすがに姉さんの目はごまかせませんね(汗マーク) 少女」

というメール本文に、写真がつけてあった。

 千幸子は、多少どきどきしながら、不鮮明な縮小画像からその写真を開いてみる。

 笑いが漏れた。

 ふふっ、という声に抑えたけれど、抑えていなければもっと大きい笑い声を立てていたところだ。

 それは、あの愛が髪を振り乱しながら雨の歩道を走っている写真だった。

 あの傘泥棒と思われた非行少女の一人、さっき右にいた髪の毛を二つに結んで垂らしているかわいらしい子に、さりげなく今日も何か万引きしただろうと匂わせ、黙っていてやるかわりに撮っていたはずの愛の画像を送れとほのめかすメールを送ったのだ。

 その返事がさっそく来たというわけだ。

 顔のところをアップにしてみる。

 「へーえ」

 自分の前では、おっとりして、鈍くて、おとなしい女子生徒の姿をずっと見せていたあいつが、こんなになりふり構わず追いかけたんだ。

 その頬の線のところを、手で撫でるふりをしてみる。

 あいつの頬はつるんとしてた。

 そうだ。まるできめの細かいプリンのようだった。

 ふと気づいて、千幸子は顔を上げる。

 泉ヶ原の街は駅から海沿いのほうにある。

 だから、あの愛の住んでいる寮や、愛の通っている学校や、自分の住んでいる寮のある山側に行くのはめんどうだ。

 いちど海側の改札を出て、また跨線こせんきょうを渡って山側に戻らなければならない。

 その跨線橋から、傘をさした三人の女子生徒が下り、緩やかな上り坂を上っていくところだ。

 その後ろ姿を、千幸子は注意深く見送る。

 夏服が二人と、上着を着たのが一人、どちらも「敵」の明珠めいしゅ女学館じょがっかんの制服だ。

 上着を着たのは、もちろん、あのプリン好きのプリン女だろう。後ろ姿もいかにもどんくさそうだ。

 夏服で髪の短い子は千幸子にはわからない。たぶん前に回ってもわからないだろう。

 もしかすると、これが、その優とかいうあいつの妹なのかも知れない。

 そして、もう一人は。

 あのプリン女のほうを振り向いたときの横顔を遠くから見て、千幸子はひやっとした。

 そしておもしろいことになったと思った。

 去年、瑞城ずいじょうの女子がここの駅で煙草を吸っていたと大騒ぎし、そして、その女子生徒になんだかおとなげない仕返しをされて、泣いて帰ったという明珠女学館の生徒に違いない。

 それ以来、こいつは瑞城の生徒に半端ではない敵意を持っているらしい。

 それが、雨が降ったというので、あのプリン女を迎えに来た。

 だったら、意地でも奪ってやる。

 あのプリン女を。

 遠ざかりつつある三人のほうを見ながら、千幸子は、猫のように目を細めて、猫のようににんまりと笑った。


 (終)

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