殺人街の漆黒と殺さずの誓い
ふわり
一章 異世界の鍵と最強の殺し屋
ep1 code name 漆黒
昨夜は騒がしかった。
そもそも殺人街であるこの街に平穏などはないのだが。昨夜は特に酷かった。それもそのはずあの男が動いていたからだ。
【殺人街の漆黒】
この街において、この名を知らぬものなどいない。金さえ払えば何でもする。超凄腕の殺し屋だ。昨夜のターゲットはいったい誰だったのだろう。同情する。
「漆黒よ。ここに一千万ある。」
太った男が、漆黒にそう言って金の入ったケースを渡した。
「また偉く大層な金額だな。何を殺させるつもりだ?」
「今回の依頼は殺しではない。とある屋敷の娘を攫って来てほしいのだ。」
「はぁ?」
漆黒はそれだけ言って席を立った。
「俺は殺し屋だ。人攫いじゃねぇ。他を当たんな。」
「まぁまずは話を聞いてくれ。」
太った男はそう言うと、漆黒に席に着くように促した。漆黒はとりあえず座って出された茶に口をつける。
「この娘は特殊な能力を持っていてな。我々はそれを欲している。しかしここの主人はよほど箱に閉じ込めておきたいようで。表に出すことがないんだ。」
「それで?」
漆黒は茶を飲み干してからそう聞いた。
「これは手付金だ。成功報酬として、もう一千万用意してある。」
額を聞いて、漆黒は少し驚いた。
「いったい何者なんだ?その娘。」
「それは聞かないでほしい。ただ連れてきてくれればいいんだ。」
(簡単すぎる仕事だ。それで二千万とは。いったい何を考えてやがる。)
漆黒は心の中でそうぼやいた。
「受けてくれるかね?」
「あぁ。今日中に終わらせてやる。」
漆黒はそう言うと、金の入ったケースを手に持って退出した。
漆黒は馴染みの店の隠し部屋に住んでいる。一度そこに金を置きに帰り、いつも通りの黒い服に着替えて外に出た。持っている武器は銃一丁と短刀一本、爆弾一つのみ。
目的の屋敷に着いた。当然の話だが、漆黒の正体は誰も知らない。知られたら殺し屋としての人生は終わりを迎える。何者にもバレず、何者にも悟られず、事を終わらせる。それが漆黒の仕事だ。
屋敷には見張りが二人。目を凝らしてよく見ると、中には護衛が五人ほどいる。正面突破で全員を殺すのは簡単なことだが、事が大きくなりすぎると肝心のターゲットが逃げてしまうかもしれない。
(大事なものを隠すとしたら。あの部屋だな。)
漆黒は三階の右から二番目の部屋に目星をつけた。
(娘を捉えてから、全員を殺して脱出だ。)
漆黒は闇に紛れながら、屋敷の庭へと侵入する。そしてワイヤーロープを巧みに使い、一気に三階まで駆け上がった。目星をつけた部屋の上に立ち、中の様子を優れた聴覚で確かめる。
(人間は一人。猫が一匹か。)
漆黒は、屋敷の反対側の庭に爆弾を投げた。大きな音がなり見張りの気がそちらに向いた隙に、ガラスを割って中へ侵入する。
「誰?」
娘は怯えた表情でそう聞いた。
「そう怯えるな。殺す気はない。」
「だったら何をしに来たのですか?」
娘は震えていた。
「人攫いだよ。」
「あなたも私の能力が目的なのですか?」
「それ狸も言っていたな。何なんだ?おまえの能力って。」
狸とは漆黒に仕事を依頼した太った男のことだ。
「知らないのに、私を狙っているのですか?」
「あぁ。知らねぇよ。」
「異世界に行くことが目的ではないのですね。」
娘のその言葉に漆黒の動きが止まった。
「異世界だと?」
「えぇ。私は現実世界と異世界を繋ぐことができる存在。だからお父様は私をここに隠しているのです。」
漆黒は言葉を失った。
漆黒がこの世界に足を踏み入れた理由。それはある日突然病室から姿を消した妹を探す手掛かりを見つけるためだった。裏社会の人間からならその手の情報が集まりやすい。そしてそこで手に入れた情報が、この娘が言う異世界だった。ここ現実世界とは異なるもう一つの世界。そこに妹が連れられた可能性がある。それを知った日から漆黒は異世界に行く術を探し求めていた。
「おい娘。おまえ名前は?」
「ルイン=スペルゲードです。」
娘は震えながらそう答えた。
「そうか。ルイン。俺は狸からの依頼でおまえを拉致しに来たのだが、気が変わった。」
ルインは黙って聞いていた。
「俺は異世界に妹を探しに行きてぇんだ。手伝え。」
「妹さん、ですか?」
「そうだ。」
「あなた思ってるほど悪い人ではないのですね。」
「人攫いに来てんだ。悪人は悪人だ。」
漆黒は笑って答えた。
「でも異世界は異能力を持った人たちの世界。あなたではどうすることもできないと思います。」
「やってみなければわかんねぇだろ?俺はそのために裏稼業で力を磨いてきたんだ。」
「殺さないと。殺さないと約束できますか?」
ルインは強い意志を持った目でそう聞いた。
「あぁ。おまえのことは殺さねぇよ。」
「違う。私だけじゃない。現実世界の人も、異世界の人も。誰も殺さないと誓えますか?」
「おいおい。それは無茶だろ?向こうが殺しにくるかもしれねぇだろ。」
「だとしても。殺すことはいけないこと。それが誓えないなら私は手を貸さない。ここで死を選びます。」
漆黒は少し考えた。
(困ったお嬢ちゃんだこと。)
心の中でそう言って、持ってきた銃と短刀を窓から捨てた。
「分かったよ。殺さねぇ。」
「それなら妹さんを探すこと、私も手伝います。」
「ありがとよ。」
(さぁて。どう脱出するかな。)
漆黒が考えていると、護衛が異変に気づいて上がってきた。数は五人。
(やれやれ。)
「異世界に行きます。」
ルインは何やら呪文を唱えた。
「シュテインベルクホウトゲート。」
その言葉と同時に空間にゲートが出現した。
「急ぎましょう。」
見惚れる漆黒の手を引っ張ってルインはゲートを通った。そして二人が通った後すぐにゲートは閉じる。護衛が来た時には窓ガラスの破られた誰もいない部屋となっていた。そして退屈そうに猫が転がっている。
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