ダンジョンの攻略方法
ダンジョンの核を目指して走ってきたレリアが足を止めたのは、少し開けた空間だった。
八角形に作られたここはこの巨大な住居エリアにいくつかあるちょっとした公園のうちの1つだ。
真ん中に設置されてある噴水がこの辺りの住民たちのシンボルとなっていて、毎日多くの人がこの場を訪れてくる。
いつもの今頃ならば散歩のコースとして通っていくおじいさんや買い物帰りで休憩していく主婦の世間話だったりで賑わっているはずだ。
しかしそんな場所は今、見る影も無く無惨な有様になっていた。
やって来た道沿いの入口から中に入りレリアは周りを見渡す。
「酷い状態ね…………」
ボロボロになって半分決壊している噴水からは水がダダ漏れになって溢れ出しており、噴水孔からは普段と違い勢いがないちょろちょろと流れる水流の代わりに龍脈から漏れ出た魔力が絶え間なく噴き出し続ける。
敷き詰められた石畳の地面は全体的にほとんどが罅割れておりところどころがめくれ上がって地肌が露出していた。そこに溢れた水が入って水たまりを作っている。
住民の憩いの場であるこの場所は何らかのモンスターが暴れ回った傷跡だらけになっていて、倒壊した辺りの建物なども混ざり今や一面水浸しのうえ瓦礫が散乱する廃墟状態となっていた。
この姿が変貌した公園こそがレリアが目指していた目的地であり、ここらの住宅区にできたダンジョンの中心部。
そして噴き出す魔力から分かる通り、このダンジョン中に魔力を拡散しているのがあの噴水の内部で形成されているダンジョン核だ。
つまりは噴水の下にダンジョンを造って維持する為の心臓があるというわけ。
そんなわけでもちろん今からそれを取り出していくのだが…………。
「噴水はもう壊すしかないわね…………」
明らかに噴水が邪魔である。
ダンジョン核が入っている以上取り出す為にはあの噴水を取り壊すしかない。
例えこの辺り一帯のシンボルだとしても核を取り除く為には壊すことはやむを得ないこと。
ギルドや国からも人の住んでいる集落にダンジョンができた場合速やかに攻略して正常化させるべきでありその為には歴史的建築物などであれ破壊が許可されるとの決まりごとが公表されている。
よって多少の躊躇いこそあれど完全に破壊しきって核を掘り起こすのをやめる気はレリアには無かった。
異能【
いつも使っている異能を発動、風を生み出し操る能力で空気を圧縮して広場の噴水を圧し潰す。
最初はなんとか形を保っていた噴水がベキベキと音を立てて砕けていき、瓦礫となるまで力を掛け続けるとその内側から30cm程の石が浮いている姿を見せた。
この石こそがダンジョン核だ。
表面に魔力を帯びているうえ、石そのものも魔力が結晶化したものであり魔石。この核が龍脈から漏れ出す魔力を集約させることによってこのダンジョンを維持し続けている。
これを壊すか取り出せば無事ダンジョンは正常化し元のなんでもない土地に戻すことができるのだ。
しかしいったい何故こんな腕で抱えられるサイズの魔力結晶がダンジョンを作りだせるのかは誰にも分かっていない。
前提としてモンスターを造るだけならば人間にも可能なことであり、実際すでに実験で成功が確認されていたりはする。
ところがそれをただの龍脈から漏れ出た魔力の塊がいとも容易くやってのけ、あまつさえその工程が領域内全てで行われる訳解らない空間を作り出してのけるというのだからどれだけ研究してきた学者達でも原因に皆目見当さえつかないのだとか。
人智のまったく及ばぬ現象が故に、邪神がダンジョンを生み出していると本気で主張しだす者が現れるのも無理はないだろう。
実際人では再現できないのだからあながち間違いとも言い切れない。
(まあとりあえず今はこれを取り出して…………)
「……るんだから邪魔しないでよね」
「ギッ…………!?」
噴水の残骸跡からダンジョン核を取り出そうとレリアは傍まで寄って腕を伸ばす。その時勢いよくこちらに突っ込んでくる影があった。
全身を硬い鱗で覆ったトカゲのモンスター『ロンド・アセルド』だ。
その動きは明らかにこちらが噴水に意識を取られるのを待っていたものだった。おそらくこの公園を事前に壊して瓦礫の山を造りそこに隠れていたのだろう。
レリアが噴水に手を伸ばしている状態での背後への奇襲。周りからはこの奇襲が完璧に彼女の虚をついたものに見えた。
しかしその攻撃はレリアには通じない。異能の風壁を張ってその攻撃を見もせずに彼女は予定調和の如く防いでしまう。
奇襲失敗。レリアはこの攻撃が来る事を読んでいたのだ。
(公園がこんなことになってたのは明らかにモンスターの仕業だったし……)
最初にこの公園を見た時に思った事だ。
これをやったモンスターは今日倒した中に居ないやつだ。つまりまだこのどこかに隠れている……と。
ダンジョンには守護者と呼ばれる他より数段強いモンスターが存在する。
守護者はダンジョンができて最初に産み出されその心臓に値する核をひたすら守り続ける存在……要はダンジョンが自らの防衛機構として作り出したモンスターであり、その性質上一部の例外を除けばダンジョン内の他のモンスターと違い必ずダンジョン核の近くに居る。
つまりこのダンジョン核にも守護者はついているだろうし、見えないということはどこかに隠れて様子を窺っているのだということが分かっていたのだ。
よってレリアには奇襲が効かなかった。
「吹き飛べ」
「ギギャァ…………ッ!!」
そのまま風圧で一歩も前に進めなくなったモンスターを逆に後ろに吹き飛ばして瓦礫の山に頭から突っ込ませる。
ガラガラと崩れて大量の瓦礫がモンスターに降り注いでいく中、しばらくは動けないだろう。
音を立てて多くの廃材や割れたレンガの中に消えていった姿にもはや振り向きもせずレリアは核に意識を向けた。
(さて…………久しぶりだけど上手くいくかな…………?)
今からする作業は、下手をうてば大怪我を負うものだ。
――ダンジョン核を処理する際元々留まっている場所から雑に抜き取ると、瞬間的に核に向かっていた魔力がその場にいる全員に爆発的な勢いで噴き上がってくることがある。
ダンジョンの面倒なところだ。
核はダンジョンを生み出しモンスターを創り出す一次災害だけでなく周囲の大地から魔力を集約させ溜めることによって魔力爆発の二次災害まで引き起こしてくるのだ。
非常に面倒くさい。
このレベルのダンジョンから産まれるモンスターでは脅威にもならないレリアといえど龍脈からのエネルギーの直撃となれば話は別だ。
レリアが本気で防げば死の危険がある大怪我になったりはしないだろうが、それなりの傷を負うことにはなるし体調に不調をきたす事もある。
よって核にはそっと慎重に両手を添えていく。
土地からの力が働いているそれはただ浮いているだけに見えて意外にもこの場に留まる力がしっかりしている。
けれど身体強化した肉体で取れないほどではない。問題はタイミングだ。
フゥーと息を吐いて心を落ち着かせ、魔力の波を感じ取る。
タイミングは数瞬、大地からの魔力波が途絶えた時。目を閉じて集中し、ここだというタイミングで取り出す。
(前はこんなに緊張してなかったのに)
最後にダンジョンを攻略したのは半年は前の事だった。
ブランクの長さに思っていたよりも緊張してしまう。
ほんの少しの時間が妙に長く感じられ、後ろの瓦礫の山で藻掻いている『ロンド・アセルド』に気を取られだしイライラしてしまう。
口の中が渇き唾を呑み込んで喉を揺らす。額にかいていた汗が頬を伝って喉元から落ちた時だった。
――――今ッ!
3秒ほどの魔力の流れが途絶えた時間、身体強化を施した体で引っ張るとあっさりダンジョン核は引き抜けた。
瞬間、地の底を通る龍脈からこの居住区に流れていた魔力が止まりダンジョンが停止した。
辺り一帯を飲み込んだダンジョンは終わりを迎え、モンスターの産出は止められる。
残った魔力はすぐには消えないものの、ゆっくりと時間をかけて大地や空に流れて薄くなり最後にはいつもの空気を取り戻すことになるだろう。
これで今回のダンジョン出現自体は解決ということになる。
「ふぅ…………これでダンジョン攻略は完了。……あとはあなたを倒すだけ」
「グギャ、グギギギ…………ッ!」
そして最後の仕事だ。
瓦礫から這い出てきた『ロンド・アセルド』。
このモンスターを倒せばあとはあの3人組とエルドが終わらせてくれているはず。
今回のダンジョンの範囲と魔力量から見るにモンスターは産まれても同時に小型が30で限界といったところだろう。多少の誤差はあるだろうがどのみちその前後の数を生み出してしまえばモンスター生産はまた魔力が溜まるまでインターバルを挟む必要がある。
故に散々
小型に中型も含めて30以上倒したあとの残りくらい既に倒してもらっていなければ困る。
あの3人は戦闘だけはこの国の平均よりできる側なのだから。
だから今回の騒動はこのモンスターを倒して終わりである。
(久々のダンジョン攻略で緊張してたけど、まあ意外と勘も鈍ってなかったわね)
最後にダンジョンを攻略したのは半年前だったが特に問題なく攻略した事に安堵する。
意外に錆びついていなかった腕前に喜びながら、最後に残った仕上げの為に前へと一歩足を踏み出していく。
「ギャッ、グギャギャギャギャギャギャ」
「逃がすわけないでしょう。今更逃げたって遅いわよ」
『ロンド・アセルド』は死が近づいてくる事に怯えて逃げ出すもののとっくに手遅れだった。
背を向けて全力で走る『ロンド・アセルド』はレリアにとっていっそ悲しいほどに遅い。
5秒と経たずに追いつけてしまうだろう。
「逃げたことは正しいけど、残念ね。わたしも逃がすわけにはいかないの」
そう言ってその背中に追いついてレリアは土の魔術で創った岩剣を突き立てる。それで終わり――
「…………ガラッ……」
――そうなるはずだった。
互いにそう思っていた。
だが運命の悪戯か、最後の最後で世界は1つレリアに嫌がらせをしてきた。
突然耳に飛び込んできた音に、追うものと追われるもの両者は同時に意識を傾ける。
何が起きたのか、或いは何が起きるのか分からなかったが直後視界に映り込んできたそれを見て、互いに全てを悟った。
「――嘘」
「グギャ…………」
久し振りのダンジョン攻略が成功して安心していたからだろうか?
それとも苦戦しようもない相手に油断していたからだろうか?
そもそも核を抜く前に『ロンド・アセルド』を倒して置くべきだったのかもしれない。
いずれにせよ、レリアは気を抜いていた。
そしてその気の緩みが、取り返しのつかない時間を相手に与えてしまっていた。
最後の敵を前にもう全て終わったと考えて逃げ出す『ロンド・アセルド』を少し遅れて追いかけ始めたのが、致命的なミスだった。
「えっ?…………もんすたぁー!!」
走る一人と一匹の先に、避難できず迷い込んだ子どもが出てきたのだ。
瓦礫の上を恐る恐る踏みしめながら歩いてきた少年は、自分に向かって走ってくる『ロンド・アセルド』を見つけてしまい慌てて後ろを向き逃げ出そうとする。
しかしもう遅かった。
その姿を見た『ロンド・アセルド』の顔が悍ましく歪む。
己より小さい人間のメス相手に逃げ出すしか無くそれもすぐに追いつかれ殺される事になると分かっていた彼は、この瞬間死ぬ前に憎き女の心に傷をつける事ができる事を知って歓喜したのだ。
モンスターの本性が曝け出される。
人を殺す瞬間こそが彼にとって絶頂の瞬間であり至福の時。
それで二人の歪む顔が見れるというのなら、これは彼にとって神が与えてくれた最高のプレゼントだった。
(油断して無ければ…………!)
悠長に構えて逃げ出すのを待ってしまった自分が恨めしい。
この距離ではギリギリレリアは間に合わない。
風も使って石畳を踏み壊しながら疾走するが、自分の速度を知っている彼女は絶望的なまでにあと一歩届かないことが分かってしまう。
あのときの7秒が無ければとうに近づいて倒せていただろうに。
しかしどれだけ悔やもうがもうレリアは間に合わない。
「避けて…………!!」
無駄なことを知っておきながらそんな事を叫ぶ。子どもがそんな事できるわけないのに。
彼女の顔が絶望で歪む――。
そんな瞬間だった。
「えっ…………?」
レリアの視界の端に、ある二人の姿が映り込んできた。
「見えたぁあああああああああああ……! あそこだぁ!!」
「んなもん分かってらぁ!!」
大声をあげて前からこちらに向かってくる。
片方はここに来ていると思っていたから驚きは無かった。しかしもう片方が問題だった。
「リベル…………!?」
「テメェレリアさっきはよくも置いてってくれやがったな!! ブッ飛ばしてやる!!」
そこには、先ほどレリア自らがダンジョン前で家に戻したはずの男が居て全力でこちらに走ってきていたのだ。
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