もし君がイエスと言ったら(28,000字)赤い靴11

源公子

第1話 義足が人を殺したーーウィル・ヘイワードの証言

この作品は一部未完成です。タンゴシーンの資料が手に入らなかったからです。それでも、この作品がゴミではないとおもわるれ方だけ、お読みください。


*******

 2019年9月28日AM9:32 コネチカット州ハートフォードシャー緊急電話(録音)


 オペレーター 911緊急電話です。どうしました?


 男性の声―― 事故です、救急車を急いで。女の子がけがをして、あと一人死んでます。


 オペレーター お名前と住所をどうぞ。


男性の声―― ウィル・ヘイワードです。住所はウエストエンド地区のメモリアルロード通りCT06103で――違う!これは俺の住所だ。

わたし隣に住んでるものでして、怪我をしたのは、お隣のカーレン・パーマーさんなんです。 私の娘のドナが付き添ってます。腰の骨が折れたかもしれないんです。急いで来てください。  

 

オペレーター 救急車を向かわせました。亡くなった方は、死亡を確認されましたか?        


 男性の声―― 確認はしてません、怖くて近寄れなくて……

 十分くらい前までは痙攣してました。でもあんな風に首が曲がってたら、もう無理だと思います。


 オペレーター 亡くなられた方の名前は分かりますか?


 男性の声―― アルナス・ファーガソン義足を作る技師です。

 見ていた娘のドナが言うには、カーレンの右足の義足を装着中に、突然義足が暴走して、アルナスを蹴り殺したというんです。


 オペレーター 義足が人を蹴り殺したんですか?


 男性の声―― 義足といってもロボットに近いんです。筋肉の電気信号読み取って、人の思い通りに動くとかで、凄いんですよ。膝上から下の無いないカーレンが踊れたんです。先月の、全米社交ダンス(モダン部門)地区予選のエキシビョンで、タンゴの中のタンゴ、「ラ・クンパルシータ」を完璧に踊って見せたんです。本当です、録画もしてあります。


 オペレーター では、これは殺人事件なんですね。パトカーを手配します。


 男性の声―― 違います、事故です!カーレンとアルナスは愛し合ってて、今日彼はカーレンにプロポーズをしに来たんです。カーレンの返事は「イエス」でした。

だからカーレンは、義足が彼を蹴るのを止めようと無理をして大怪我をしたんです。「誰か、止めて!」と何度も叫んでました。

きっと義足がバグを起こしたんです。カーレンは悪くない。事故なんですよ――




 9月28日AM10:25ウェストエンド地区メモリアルロードCT10614 ターナー邸(録音)

 

 これ、録音されてるんですか?緊張するな。あーわたしの名前は。ウィル・ヘイワードデニス・ブライソンってペンネームで物書きをしてます。知りませんか?賞を取ったこともあるんだけど。まあ、正直売れてません。

 女房にも逃げられて、娘は足の悪い幼馴染のカーレンの家でハウスキーパーをして、生活出来てる有様で。娘には苦労かけっぱなしです。

 だから、いつも一日中うちに居て、日銭仕事で書いてるんです。事件のあった日もいました。



 アルナスとカーレンが出会ったのは、私の甥のハリーがマサチューセッツ工科大学(MIT)で人工義肢の研究をしていたアルナスに、右足のないカーレンが高校の文化祭でキャスターに乗って歌劇「カルメン」を踊ったと言う雑誌の記事を見せたからなんです。

 それでカーレンに「踊れる義足」を作りたいと、アルナスが言い出したんです。


 アルナスのお父さんは社交ダンスのダンサーで全米チャンピオンになった程の人だったけど、交通事故で右足をなくして踊れなくなったんです。周りの人が義足を勧めても、「踊れない足なんて要らない」と言い続けて死んだんだそうです。

 カーレンも、ミュージカルスターになるのが夢だったんですよ。

 11歳の夏休み前にオーデションに受かって、秋にはミュージカルの「アニー」をやることが決まってました。

 それなのにその夏にある事件に巻き込まれて、右足を失いダメになったんです。


 アルナスの夢は、お父さんのように足を失った人に「踊ることのできる義足を作ること」でした。

 カーレンは承諾して、アルナスと、ハリーとともに協力して義足作りが始まりました。

 それで二人に死んだ母の部屋と、ガレージを貸すことにしたんです。

 カーレンの家の方がひろいんですが「結婚前の男女二人を同じ家に泊めるなんて、絶対ダメ」と、ドナが譲らないし、下宿代払ってくれたらうちも助かりますんで。


 初めは週末に来るだけだったけど、作業場にしたガレージに泊まり込む日が多くなって、とうとう二人とも大学に休学届を出して、うちに下宿して研究を続けたんです。


 アルナスは、癖の多い男でしてね。ドナは私の母に仕込まれたから、料理は絶品なんです。だのにアルナスは、何出してもただ口に放り込むだけ。味がわからないんです。

 かえって、ハリーの方が喜んじゃって、あの二人、結婚することになりました。

「男は胃袋さえ掴んじゃえばイチコロよ」って母が言ってたの、本当でしたよ。


 アルナスは、おじいさんと二人暮らしだった時、家政婦さんが出してくれる料理が美味しくなくて、食事は命をつなぐために義務で食べるもんだと思って生きて来たと言ってました。

 だから味ってものがわからないって。

 でも、ある時カーレンがママに教わったスコーンを焼いて出したんです。

 レモンの皮を入れるスッキリ味で美味しいんですよ。

 カーレンの死んだお母さんの味で、ドナも「これだけは勝てない」と常々言ってました。

 食べたアルナスが「美味しい」って言って泣き出しちゃったんです。それからです。アルナスとカーレンが恋に落ちたのは。お似合いの二人で、ドナは大喜びでした。


 アルナスは仕事の鬼で、ほとんど義足を作るか、カーレンとダンスの練習をするかだけの生活でしだ。そのダンスが素晴らしいんです。(描写未完)


 足のないカーレンがピンヒールでタンゴを完璧に踊る姿を見たとき、私は感激のあまり二人のことを小説に書いていいかと聞きました。

「この義足を世界に普及する宣伝になるから」とハリーやドナも応援してくれて、二人は快く許可をくれました。


 二人のダンスを横で見ながら私も「これは私の代表作になる」と確信して書き進めました。


 そうやって一年、ついに二人は先月の全米社交ダンス地区大会のエキシビジョンで、タンゴの中のタンゴと言われる「ラ・カンパルシータ」を観衆の前で踊り切りました。

 同時に私の小説も完成、会心の出来でした。今度こそピューリッツァー賞を取れると出版社も太鼓判を押してくれたんです。



 アルナスの夢は叶い、カーレンはもう一度ミュージカルに挑む夢を取り戻し、ハリーとドナは結婚。アルナスとカーレンの結婚も時間の問題でした。

 あの時、みんなの夢が叶って幸せだったんです。


 だから、ドナがハリーから電話で「明日アルナスがカーレンにプロポーズに来るって」と聞いた時は、二人して大喜びしました。

 いつかピューリッツァー賞を取った時に飲もうと用意してあったシャンパンを開けようとドナがいい出し、私もOKしましだ。


 それがこんなことになって…。小説の結末を描き直さなきゃならない。いま出版社に輪転機が回ってるの止めてもらってるんですよ。




 次の日の朝9:00。真っ赤な薔薇の花束抱えて、アルナスが隣の家のチャイムを鳴らしました。

 すぐに、携帯がなって、「パパ、シャンパン冷やしてある?」水音がして、花瓶にバラを入れようとしてるんだと思いました。

「急がないでも、大丈夫。今義足を装着してるところなの。最終チェックを兼ねてたっぷり踊ってから乾杯になるはずだから」


 その時、携帯電話の向こうで物が潰れるようなドスンという重い音がしました。

 続いて、女の悲鳴と人の倒れたような音がしたんです。


「カーレンどうしたの!」

 花瓶の割れる音、水の飛沫音が遠ざかり、ドナの悲鳴とガタン!という衝撃音。携帯の落ちた音だと思います。

「カーレンなんてことを!」「ドナ、義足を止めて、アルナスを助けて」

 二人の悲鳴が続いて、その合間にも、あの物が潰れるような、ドス、ドス、と言う音が続いているんです。


 ただことじゃない――私は、慌てて庭を突き切って隣家に走りました。ドナのいる時はキッチンの方のドアが開いてますから、そっちの方が家から近いんです、そこから入りました。


 キッチンは水浸し、ドナとカーレンの悲鳴が玄関ホールの方からから聞こえます。

 割れた花瓶を避けてホールに走りました。

 目に飛びこんで来たのは、床中に飛び散る真っ赤なバラと、ゴンゴンと音を立てて、カーレンのダンス用の真っ赤なピンヒールブーツの義足が、床に倒れたアルナスを蹴っている姿でした。


 ドナはドアノブに掴まり、カーレンの右手を引っ張っていました。カーレンも左手で鏡台の脚にしがみついて、アルナスから離れようと必死でした。


「パパ、何とかして」

 私を見つけたドナが叫びました。


 私は焦って何か無いかと周りを見回し、義足の入っていたケースを掴むと、それでカーレンの義足を押さえ付けようとしたんです。

 でも弾き飛ばされて、ケースは真っ二つ割れてしまいました。物凄い力でした。


 もっと硬い物じゃ無いと駄目だと、次に使ったのは消化器でした。


「パパのバカ!火事じゃないのよー」


 ドナの抗議の声がしましたが、消化器ってのは結構硬いんです。

 思いっきり振り下ろすと、嫌な金属音がして、義足の足は一度動きを止めました。壊れたと思ってホッとしたんですが、直ぐに又アルナスを蹴り出したんです。

 慌ててもう一度打とうとしたら、義足が逃げるんですよ!信じられませんでした。

 何度振り下ろしても床に当たるばかりで、逃げながらなおもアルナスを蹴るんです。それも首ばかりを狙って! 


 ついにアルナスは手足を痙攣させて、動かなくなりました。


 すると、義足は高々と足を上げ、ぴたりと止まったんです。

 まるで蛇が鎌首を立てて、獲物が間違いなく死んだかを確認してるような感じでした。

 そして義足の中で、何かパチンとスイッチが切れたような音がして、カーレンの義足は、バタンと倒れてやっと動かくなったんです。


 私とドナは動けなくなったカーレンから、義足の固定ベルトとソケットを外し、解放しました。


「アルナスは?」と聞くカーレンに

「見ない方がいい」としか私は言えませんでした。


 半狂乱になってアルナスの名前を呼び、泣き続けるカーレンを、娘と二人でソファーに運び、九一一に電話しました。後は、見ての通りです。カーレンに殺意はありませんでした。それは保証します、絶対に殺人なんかじゃありません。


 でもこれ……本当に事故なのかな。自殺って事は有り得ませんかね?


 だって、あの義足、よく見たら、ヒールのトップのゴムの所が外れて、アイスピックみたいになってたんです。そんなヒールなんで義足につけるんです?


 あの義足を作ってプログラミングしたのは、アルナスなんです。彼なら義足に「自分を殺せ」と命令できますからね。


 いや電話した後で、アルナスの死亡を確認した方がいいと思ってそばに寄ってみたんです。そうしたら、その顔が笑ってたんです。

 安らかでこの上なく幸せそうで、まるで「満足だ」って言ってるみたいでした。


 人間って死んだらみんなあんな顔になるもんなんですか? 


 でもこれがもし、自分で選んだ覚悟の自殺ならあるのかなぁって思って。

 いや、何の根拠もないんです。小説なんか書いてるんでつい、あらぬ想像をしてしまうんです。




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