第17部 4202年17月17日

 僕は珍しく電車に揺られていた。


 最近は電車に乗ることは滅多にない。もともと移動するのがあまり好きではないし、乗るだけでお金が減るのもあまり良い感じはしない。でも、電車に揺られることだけは好きだから、揺られ揺られて、適当にどこかへ出かけようと考えた。


 出かけた先で、何か特別なものを飲食したり、アミューズメント施設に入場したりという趣味はない。公園にあるベンチや、舗装された川の畔に腰を下ろして、どこでも飲めるような缶コーヒーを飲んでいるようなシチュエーションが好ましい。空を流れる雲や、吹き抜ける風を感じながら、ただぼうっとしているだけで良い。そうしていると、段々と寂しくなってきて、缶コーヒーに追加でチョコレートを食べたりすると、やがて少し元気になってくる。そして、こんなことをしている場合ではない、家に帰ってやらなければならないことがある、というような気分がどこからともなくやってくる。


「hee, sou」


 と隣から声がして、僕はそちらに顔を向ける。


 いつの間にか、彼女がそこに座っていた。


「いつからいたの?」


 僕が尋ねると、彼女は頭に載せていただけの帽子を深く被り直して、脚を組む。電車の中で脚を組むのはマナー違反だが、マナー違反をする人間にそれを指摘するのもマナー違反だろう。


「doko ni iku no ?」


 僕は正面に顔を戻す。


「別に、決めていない」


「naze, sasotte kurenakatta no ?」


「一人がよかったから」そう言って、僕は短く息を吐き出す。僕はもう缶コーヒーを手に持っていた。プルトップもすでに開けてあり、中身は空になっている。「人間、ずっと誰かと一緒にいられるものじゃないよ」


「demo ne, watashi wa, zutto, dareka to issho ga ii」


「それは、君が未完成だからだろう」僕は言った。「二人合わせて一つになるようにできているんだ」


 電車の座席は、いつの間にか公園のベンチと化している。口の中には甘いチョコレートの味がほんのりと広がっていた。


「kaerou」と彼女が手を差し出してくる。


 僕はその手を見る。


 細い手首。


 細い指先。


 僕は、彼女の手を握ってみる。


 握った途端に視界が反転し、反転の反転もして、気づいたときには、僕と彼女は自宅の玄関の前にいた。


 喧噪も何もない、静かな住宅街の一画。


「kyou wa ne, shichuu o tsukutte mimashita」彼女が言った。「suki deshou ?」


 僕は自分で玄関のドアを開く。


「君の帽子の方が好きだ」

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