第15部 4202年15月15日
彼女は毎晩のように出かけていく。「毎晩のように」という表現をしたとき、人は一般にどのくらいの頻度を想定するのかと少し興味を抱いたが、今はそんなことを考えている場合ではない。
空は茶色かったり、紺色だったりした。玄関のドアに鍵をかけながら、僕はそんな空の様を観察する。電線に遮られているのに、そんなことはちっとも気にならない。この国からすべての電柱と電線を排除したとき、僕達は見上げた空に何を思うだろうか。何も変わらないだろうか。
かちっ、と、鍵がかかった音が聞こえたのを確認して、僕は真夜中の住宅街を歩き出す。
周囲には似たような家が立ち並んでいる。屋根には、梟が、蝙蝠が留まり、不審に動く僕の姿をじっと見つめていた。目が合うとぎゃあと鳴く。梟も蝙蝠もどちらもぎゃあと鳴くのだ。だから、きっと、それらは梟でも蝙蝠でもない。僕にとって、動物は鳴き声によって分類されるからだ。
それでは、人間という分類は、どのように成されることになるのか。
幅の広い道を少し行ったところで、彼女の姿を見つけた。数メートル上の方。電柱の頂上に腰を下ろして、一人で本を読んでいる。
「yaa. kita no」
僕の姿を目に留めるなり、彼女が言った。片手にビスケットを持っている。
「何してるの、こんな所で」僕は尋ねた。「寒いよ、大分」
「sou ka na」
「危ないよ」僕は彼女に向かって手を伸ばす。もちろん、届かない。「下りてきなよ」
「kimi ga, kochira ni kinasai」
彼女に言われて、そういえば、どうやって空を飛ぶのだったかな、と僕は少し考える。長い間……、ひょっとすると、この世界に生まれたときから飛ぶことをしていなかったから、その仕方を忘れてしまっていた。
想像してみる。
空へ上る、その様を。
背中からではなく、首の付け根辺りから白い翼が生えてきて、彼女のいる所まで僕を導いてくれた。ほんの一二回羽ばたくだけで、あっという間に電柱の頂上に辿り着いてしまう。
彼女の隣に腰を下ろし、僕は彼女が読んでいる本を覗き込む。本当は、電柱の頂上に並べるほどのスペースなどない。
相変わらずの昆虫図鑑だった。
「hitori de, me ga samete shimatta no ?」
「そう」僕は頷いた。「君がいないと、寂しいんだ。離れられると、なんとなく波形が変わるんだよ」
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