第37話 太陽ですわ

「それにしても、残念でしたわね、アビス様。念願の太陽復活が……」

「構わん、他にも手段はあるだろう。アイツが残していった魔術書も我が野望の足しになる」


 言いながら、アビス様は黒いイカタコ風から、いつものカッコいい魔王様に戻った。


「戻ってしまいますの?」

「ああ。あの格好じゃどこの口で好きな女に口付ければいいかわからん」


 なんて言うので、私も素直に目を閉じた。


 ○


「お城の方は大丈夫でしょうか」

「あの程度の人間共、俺様が手を下すまでもない。部下共が加減なしでやってないかの方が不安材料だ。見せしめは必要だが、やりすぎても人間の反感を買って面倒だ。城下の被害も後々の事を考えると最小限で済む方がいい」


 改めて、結構恐ろしいところに連れて来られていたのだなぁと実感。そもそも花嫁になるのだけれど。


「ボンボーンが連絡を寄越すまで待っている方がいい」

「じゃあ、それまで二人きりでのんびり出来ますわね」

「あ、ああ……」

「レオナルド様が置いていった本、読んでみてもいいですか?」


 好きにしろ、とぶっきらぼうに言うので、二人並んで座って、アビス様の肩に頭を乗せた。


 流石代々光魔法の有名な使い手を輩出し続けているレオナルド様の家の本、魔法の成績が悪いわけではないけれど、学校の規則勉強だけじゃお手上げなくらい、高度な事がいっぱい書いてある。


 それでも「ソフィアは勉強家で偉いな」と言わんばかりに頭を撫でてくるアビス様の手に応えるように、一生懸命読み進めていると。


 突然、頭の中の絶対に開かなかったドアにピッタリの鍵がハマった感覚。錆びついたドアがギギギと開いて、断片的な秘蔵の知識と結びつき、


 私は全てを理解した。


「──アビス様、レオナルド様から貰った宝石、頂いてもよろしいかしら?」

「? まあ、興味が無いから構わんが……」


 許しを得たので、私は持って来ておいたアビス様のプレゼントの宝石と一緒に、レオナルド様が持って来た宝石を身に着けた。あっちはジャラジャラ、こっちはキラキラ。魔界の赤い月が宝石まみれの私を咎めるように照らす。今が一番、イヤミで趣味が悪い悪役令嬢っぽい。


「ど、どうした……宝石がお前を侵食したみたいになっているぞ……」


 アビス様すら褒めてくれないドン引き! そりゃそうよ、ベタな成金ってレベルじゃないわ、宝石モンスターよコレじゃ!! コレでトドメにアビス様の盛りすぎ婚約指輪までつけるんだから、どれだけ宝石にご執心なのよ、この悪役令嬢。


「気づいたんです、私の家名と魔法の意味に」


 宝石メガ盛り指輪で重すぎる左手薬指を右手で支えながら、祭壇に向かう。


 念じる。ゴテゴテ盛りに装備したマジックアイテム全部に頼り切った、特大級の傘召喚だ。


 いつもは簡単に、ほとんど魔力消費もなしにボロボロ大量に出せる謎傘だけど、今回はキツイ! 装備した宝石がバリンバリン割れていくのを感じるし、身体の回路みたいなもんが、酷使し過ぎてオーバーヒートして熱いし焼き切れそう! というか痛い! 熱い!


「ソフィア!」

「大丈夫、ですわ!!」


 異常事態に気づいてしまったアビス様が駆け寄ろうとするのを制止して、特大魔法に集中する。目の前に特大級の傘が形作られ始める、ガシャンガシャン魔力を帯びた宝石達が割れて砕けて、最後にアビス様のくれた婚約指輪だけが残る。


(アビス様……)


 この指輪をくれた時の、一連の不器用な反応を思い出す。あの一生懸命な愛情表現に、私も応えたい!


「でぇえええええい!!!」


 掛け声とともに、婚約指輪の宝石たちも砕け散って、私自身も後方にぶっ飛んだ。頭から地面に突き刺さる前に、アビス様が背中から支えてくれる。


「ソフィア、一体何を……」

「アビス様の……欲しいものをお出ししました」


 指さす私の先には、やたらにデッカイ傘が、眩しく発光していて──、それはそのまま空に打ちあがり、遠く、小さくなっていく。


 青空が、永遠の夜を裂いて広がっていく。温かな日差しが、世界を照らす。


「これはどういうことだ!?」

「私の名前は、ソフィア=アンブレラ……」


 ムチャクチャな魔法を無理矢理アイテムで強行したので、気絶しそうだけれど。アビス様を困惑させたまま意識を飛ばすのも嫌なので、なんとか口を開く。


「アンブレラは雨傘。傘にはもう一つ、日よけ、太陽避けのパラソルがあります。つまり私は傘なら二種類出せて、突き詰めれば太陽そのものを出せる……そういう事らしいですわ」


 ソルファンタジアは好きなシナリオライターさんがほとんど単独で作り上げようとした世界だけれど、流石に今回の仕掛けは強引すぎやしないかしら? 確かに傘の、露先を太陽のように光らせる事は出来たけれも……。


 言うべき事を言い切った瞬間、私は愛する推しの腕の中で意識を失った。温かい日差しが、アビス様の美しい黒髪をキラキラ照らして最高の死に方でしたわ……(死んでない)。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る