第34話 振るう剣の重み

 私に剣の事はわからないけれど(典型的なファンタジー世界なので、学園でも女子の武術授業なんてなかったし)、アビス様の剣の腕前は素人目線でも違う。


 好きな人だから、なんて贔屓目でもない。本気で相手の急所を狙い、傷つけ、膝を折らせ。場合によっては殺す、そんな捌き。その全てを受け止めて防いでいるレオナルド様もすごいのだけれど、気迫というか、殺意というか、そこからして違う。


 ──多分。アビス様は誰かを斬った事があって、レオナルド様は実践の経験がないのだと思う。


 ソルファンタジアのレオナルド様ルートでは、レオナルド様は王国の危機のたびぶっつけ本番で剣を振るい、王子としても、ヒロインのクララちゃんを護る騎士としても成長していくのだけれど。


 多分、学園の武術で一番という事以外の、もっと根本的に必要な、剣士として成長をさせるイベントが起こっていない。


 クララちゃんとフラグは立っていたはずだけれど……。私がアビス様のソル王国ちょっかいルートを潰したせいで、バタフライ効果的にレオナルド様の成長イベントを潰してしまったのかもしれない。


 レオナルド様は、攻略対象の中でも一番、クララちゃんにかける言葉も、見えるお心も優しい方だったから。「本当は剣を振るうのなんて嫌だ。僕の攻撃で誰かが傷つくのなんて、自分も痛い思いをするなんて怖い」とクララちゃんに本音を漏らすシーンもあったっけ。


 それでも大切な人と場所を守りたいから剣を振るう、典型的な成長ヒーロータイプのキャラクター。


 アビス様への愛してるのような強い感情じゃないけれど、私は乙女ゲーマーとして、確かにこのキャラの事も好きだったんだ。アビス様に勝てる可能性を潰してしまったらしい事に痛む、胸とお腹を抑えながら、今更のように感じる。


 ──ごめんなさい、レオナルド様。私も好きな人を守りたいだけだったの。 魔王愛しい人の結界の中で守られながら、せめて二人の戦いから目を反らさないでいたけれど。


 アビス様とレオナルド様の根本的な気迫の違い、明確な技術の違いは、的確にレオナルド様の弱みを抉り出したし、剣で防ぐのが一瞬遅れた隙をついて、鎧の胸当てごとレオナルド様を切り裂いた。


 鎧が砕けて下の肉が裂ける生々しい音に、思わず一瞬目を反らしてしまう。おそるおそる視線を戻すと、斬られてうつぶせに倒れるレオナルド様と、それを無傷で見おろすアビス様。


「素直に降参しろ。伏兵もなく単身、堂々と勝負を挑んできたその心に免じて、命までは取らん」

 

 王らしい寛大さ、そこに魔の冠を乗せた称号。アビス様は間違いなくラスボス級の実力者だった。こんな人がなんでゲーム本編で無残な扱いに……開発が頓挫しちゃったからだろうな……。


「……いん、だ」

「むっ?」

「僕は! こんなところで、負けるわけにはいかないんだ!!」


 集中を欠き、消え失せかけていた、レオナルド様の魔法剣の輝きが戻り、縮んでいた剣の刀身も長く伸びあがる。


 立ち上がったレオナルド様の光が、アビス様の身体を斬りつけた。

 

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