第34話 作戦(さくせん)

 わたしたちは、まだ病院の駐車場にいた。


「だから!」


 イザナミさんが耳にスマホをあて、声をあらげている。


緊急事態きんきゅうじたいだっつってんだろうが!」


 イザナミさんがかけているのは、おそらく裏神社本庁だ。


「くそっ、あほっ。おまえらなんかこえだめに落ちて死ね!」


 こえだめって、いなかにはまだあるのだろうか。それはともかく、 イザナミさんは背中をむけて電話をかけているので顔は見えない。顔は見えないけど、イザナミさんが怒っているのはわかる。


 電話を切ったイザナミさんが、がっくりと肩を落としたのもわかった。


「イザナミ」


 やさしく声をかけたのはヒナちゃんだ。


「無理だって。本庁を動かすのは」


 ヒナちゃんの言葉にイザナミさんは答えず、天をあおぐかのように空を見あげた。


「うむ。しかもいまは六月じゃ」


 腕をくんでうなずいているのはハナちゃんだ。


「鈴子さん、六月ってなにかあるんですか?」


 となりにいた黒いワンピース美人に聞いてみた。


「はい。おもての神社界では、六月は『大祓式おおはらいしきという年に一度の行事があります。出雲大社いずもたいしゃをはじめ、いま全国の神社は、おおいそがしですわね」


 なるほど。


「イザナミ、ウチら五人いるんだから」

「いや、おまえらはいい」


 ヒナちゃんの言葉を止めたイザナミさんは、まだ空を見あげたままだ。


「いざとなったら、警察のほうでなんとかする」

「いや、無理でしょ。どう説明すんのよ。この町に呪いがかかってるって説明すんの?」

「おとなが、なんとかする」

「でた、おとな!」


 ヒナちゃんの鼻で笑うような、怒ったような口調だった。


「そのおとなの巣窟そうくつが、神社本庁だったり、警察だったりするじゃん!」


 中学生の巫女、ヒナちゃんの言うことは正しく思えた。


「では、子どもは子どもで、勝手にいたします」


 さらりと。そう言ったのは鈴子さんだ。


「ワタクシはまず、自身の部屋へもどり、このうるしりのクシを調べます。京都のものであるのは、まちがいありません。ネットでわからなければ、地元の知りあいなどにも画像を送り調べてもらいます」


 天をあおいでいたイザナミさんがふり返った。


「おい、鈴子……」

「そして、ハナさん、ヒナさん」


 鈴子さんはイザナミさんの呼びかけには応じず、双子の中学生へ顔をむけた。


「学校へいき、むかしのアルバムを調べるのです。イザナミさま、あのおばあちゃんの名前はわかりますか」

「わかるけどな、おい……」

「鈴子、わらわたちは中学じゃ。翁女おみなが申したのは高校ぞ」


 ハナちゃんの言葉づかいってすごい。『おばあちゃん』って『翁女おみな』っていうのか。


 それはともかく、ハナちゃんの指摘は正しい。ハナちゃんたちが通っているのは中学校だ。あのおばあちゃんは『高等科の同級生』と言っていた。


 鈴子さんがうなずいたので、勘ちがいに気づいたと思った。ところが勘ちがいしてたのはこっちだった。


「むかし国民学校と呼ばれたころは、初等科が六年、高等科が二年ですの」

「そうなんですか、鈴子さん!」

「カヤノさんも、ご存じありませんでした?」

「初めて知りました!」

「なんとな。では高等科というのは」

「はい、ハナさん。いまの中学です」


 鈴子さんはヒナちゃんのほうへも顔をむけた。


「おふたりで中学校へいき、あのおばあちゃんの同級生を調べてほしいのです。むかしの卒業生名簿は保管されているはず」

「りょうかい。あんた頭いい」


 言ったヒナちゃんが感心したような顔をしている。


 最後に鈴子さんは、わたしを見た。


「カヤノさん」

「は、はい!」

「カヤノさんだけが、この町にふりかかっている呪いを見つけることができそうです。町を歩いて、気になったところなどを調べていただけますか」


 もちろんだ。わたしはおおきくうなずいた。


「だめだ!」


 声をあらげたのはイザナミさんだ。


「なにがおこるか、まったくわかってないんだぞ。危険だ」

「ワタクシたちは巫女です」


 鈴子さんがイザナミさんへとふり返った。


「巫女は、人々の無病息災むびょうそくさい、そして田畑の豊作を祈るのが役目。ですわね」

「そのとおりだ」

「であれば、人々のために戦うのも、ワタクシたちのつとめでは」

「えらそうに言うな。人を助けるのも巫女のつとめ。そう言って暴風雨のなか、でかけた母は死んだぞ」


 怒った顔でイザナミさんは腰に手をやった。鈴子さんはうなずき、そしてほほえんだ。


「イザナミさまのご両親は、たったふたりでありました。いっぽう、子どもではありますがワタクシたちは四人。しかもワタクシたちは強い母に守られております」


 鈴子さんの言う『強い母』とは、イザナミさんにほかならない。


「あぶなくなったら助けてくださいますでしょう?」


 そう言われたイザナミさんは、茶色い髪をがしがしとかいた。


「あんまりかしこい子供はきらわれるぞ、鈴子」

「むかしから母にはきらわれております。でもワタクシ、こちらの母には好かれていると感じております」


 ふたりが見つめあった。


「とにかく、イザナミさまは警察署へもどる必要があるでしょう?」

「呼びだしくらってるからな」


 イザナミさんは、すこし下に顔をむけ、しばらく考えこんだ。


 そして顔をあげ、わたしたちの顔を順に見た。


「四人の娘にまかせてみるか」


 わたし、鈴子さん、ハナちゃんヒナちゃん。四人ともがうなずく。


「では、のちほど」


 まっさきに歩きだしたのは鈴子さんだ。


「おい、鈴子。うちの神社までは遠いぞ。アタシが車で」

「おかまいなく。タクシーひろいますので」


 黒い髪をなびかせて、黒いワンピースの鈴子さんが去っていく。


「中学までは、ここから近い。徒歩じゃな」


 ハナちゃんとヒナちゃんも歩きだした。


「わたしも、歩いて探します!」


 歩きだそうとしたところ、イザナミさんに肩をつかまれた。


「カヤノ、おまえには、まだいろいろと教えていない」

「はい」

「邪気がかたまっているような場所があれば、手を二回たたけ」

「二回ですか」


 二回手をたたくというのは、神社を参拝するときみたいに思えた。


柏手かしわでというやつでな。そのあとこう言え『はらえたまえきよめたまえ』だ」


 なるほど。わたしが手にしている小刀で呪いは切れたけど、あの『時空回廊』のときのように全体が呪われているときもある。


「そして、ほんとうにヤバいと思ったら」

「はい、全力で逃げろ。ですね」

「そのとおりだ。おまえ自分で気付いてないだろうが、ずいぶん足が速くなったぞ」


 それは神社の階段を毎日走ったおかけだ。


「なにか見つけたら、すぐに電話しろ」

「はい」


 五人それぞれ、するべきことは決まった。わたしは病院の駐車場をでて、とにかく児島の町を歩いてみることにした。

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