第34話 作戦(さくせん)
わたしたちは、まだ病院の駐車場にいた。
「だから!」
イザナミさんが耳にスマホをあて、声をあらげている。
「
イザナミさんがかけているのは、おそらく裏神社本庁だ。
「くそっ、あほっ。おまえらなんか
電話を切ったイザナミさんが、がっくりと肩を落としたのもわかった。
「イザナミ」
やさしく声をかけたのはヒナちゃんだ。
「無理だって。本庁を動かすのは」
ヒナちゃんの言葉にイザナミさんは答えず、天をあおぐかのように空を見あげた。
「うむ。しかもいまは六月じゃ」
腕をくんでうなずいているのはハナちゃんだ。
「鈴子さん、六月ってなにかあるんですか?」
となりにいた黒いワンピース美人に聞いてみた。
「はい。おもての神社界では、六月は『
なるほど。
「イザナミ、ウチら五人いるんだから」
「いや、おまえらはいい」
ヒナちゃんの言葉を止めたイザナミさんは、まだ空を見あげたままだ。
「いざとなったら、警察のほうでなんとかする」
「いや、無理でしょ。どう説明すんのよ。この町に呪いがかかってるって説明すんの?」
「おとなが、なんとかする」
「でた、おとな!」
ヒナちゃんの鼻で笑うような、怒ったような口調だった。
「そのおとなの
中学生の巫女、ヒナちゃんの言うことは正しく思えた。
「では、子どもは子どもで、勝手にいたします」
さらりと。そう言ったのは鈴子さんだ。
「ワタクシはまず、自身の部屋へもどり、この
天をあおいでいたイザナミさんがふり返った。
「おい、鈴子……」
「そして、ハナさん、ヒナさん」
鈴子さんはイザナミさんの呼びかけには応じず、双子の中学生へ顔をむけた。
「学校へいき、むかしのアルバムを調べるのです。イザナミさま、あのおばあちゃんの名前はわかりますか」
「わかるけどな、おい……」
「鈴子、わらわたちは中学じゃ。
ハナちゃんの言葉づかいってすごい。『おばあちゃん』って『
それはともかく、ハナちゃんの指摘は正しい。ハナちゃんたちが通っているのは中学校だ。あのおばあちゃんは『高等科の同級生』と言っていた。
鈴子さんがうなずいたので、勘ちがいに気づいたと思った。ところが勘ちがいしてたのはこっちだった。
「むかし国民学校と呼ばれたころは、初等科が六年、高等科が二年ですの」
「そうなんですか、鈴子さん!」
「カヤノさんも、ご存じありませんでした?」
「初めて知りました!」
「なんとな。では高等科というのは」
「はい、ハナさん。いまの中学です」
鈴子さんはヒナちゃんのほうへも顔をむけた。
「おふたりで中学校へいき、あのおばあちゃんの同級生を調べてほしいのです。むかしの卒業生名簿は保管されているはず」
「りょうかい。あんた頭いい」
言ったヒナちゃんが感心したような顔をしている。
最後に鈴子さんは、わたしを見た。
「カヤノさん」
「は、はい!」
「カヤノさんだけが、この町にふりかかっている呪いを見つけることができそうです。町を歩いて、気になったところなどを調べていただけますか」
もちろんだ。わたしはおおきくうなずいた。
「だめだ!」
声をあらげたのはイザナミさんだ。
「なにがおこるか、まったくわかってないんだぞ。危険だ」
「ワタクシたちは巫女です」
鈴子さんがイザナミさんへとふり返った。
「巫女は、人々の
「そのとおりだ」
「であれば、人々のために戦うのも、ワタクシたちのつとめでは」
「えらそうに言うな。人を助けるのも巫女のつとめ。そう言って暴風雨のなか、でかけた母は死んだぞ」
怒った顔でイザナミさんは腰に手をやった。鈴子さんはうなずき、そしてほほえんだ。
「イザナミさまのご両親は、たったふたりでありました。いっぽう、子どもではありますがワタクシたちは四人。しかもワタクシたちは強い母に守られております」
鈴子さんの言う『強い母』とは、イザナミさんにほかならない。
「あぶなくなったら助けてくださいますでしょう?」
そう言われたイザナミさんは、茶色い髪をがしがしとかいた。
「あんまりかしこい子供はきらわれるぞ、鈴子」
「むかしから母にはきらわれております。でもワタクシ、こちらの母には好かれていると感じております」
ふたりが見つめあった。
「とにかく、イザナミさまは警察署へもどる必要があるでしょう?」
「呼びだしくらってるからな」
イザナミさんは、すこし下に顔をむけ、しばらく考えこんだ。
そして顔をあげ、わたしたちの顔を順に見た。
「四人の娘にまかせてみるか」
わたし、鈴子さん、ハナちゃんヒナちゃん。四人ともがうなずく。
「では、のちほど」
まっさきに歩きだしたのは鈴子さんだ。
「おい、鈴子。うちの神社までは遠いぞ。アタシが車で」
「おかまいなく。タクシーひろいますので」
黒い髪をなびかせて、黒いワンピースの鈴子さんが去っていく。
「中学までは、ここから近い。徒歩じゃな」
ハナちゃんとヒナちゃんも歩きだした。
「わたしも、歩いて探します!」
歩きだそうとしたところ、イザナミさんに肩をつかまれた。
「カヤノ、おまえには、まだいろいろと教えていない」
「はい」
「邪気がかたまっているような場所があれば、手を二回たたけ」
「二回ですか」
二回手をたたくというのは、神社を参拝するときみたいに思えた。
「
なるほど。わたしが手にしている小刀で呪いは切れたけど、あの『時空回廊』のときのように全体が呪われているときもある。
「そして、ほんとうにヤバいと思ったら」
「はい、全力で逃げろ。ですね」
「そのとおりだ。おまえ自分で気付いてないだろうが、ずいぶん足が速くなったぞ」
それは神社の階段を毎日走ったおかけだ。
「なにか見つけたら、すぐに電話しろ」
「はい」
五人それぞれ、するべきことは決まった。わたしは病院の駐車場をでて、とにかく児島の町を歩いてみることにした。
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