【SF短編小説】星空に囁く無限の記憶の中で、永遠の瞬きを追って……

### 「時のない人間」実験の詳細記録（レポート）

#### 実験の目的

「時のない人間」実験の目的は、人間の時間認識を制御し、過去や未来の意識を持たない存在を創り出すことにあった。この実験は、死の恐怖から解放されることが人間にどのような影響を及ぼすのかを探るためのものであった。カミングス博士とリナは、時間の認識が人間の心理や行動に及ぼす影響を詳しく調査するために、この挑戦的なプロジェクトを開始した。

#### 準備段階

　実験の第一段階は、被験者の選定と遺伝子編集技術の準備だった（※被験者らは、この実験の意味と意義を十分理解したうえで、自ら望んでこの実験に参加した）。被験者は、健康で精神的にも安定した成人から選ばれ、厳格な倫理審査を経て参加が決定された。カミングス博士とリナは、最新のCRISPR-Cas9技術を用いて、被験者の脳の特定の神経回路をターゲットにした。この回路は、時間の認識に関与しているとされる部位であり、遺伝子操作によってその機能を抑制することが目標だった。

#### 実験の開始

　手術は慎重に行われた。まず、被験者の脳に微細なナノロボットを導入し、CRISPRシステムを用いて遺伝子の編集を行った。手術が成功すると、被験者は回復期間を経て、リハビリテーションと観察のための特別な施設に移された。この施設は、外部の時間の影響を最小限に抑えるように設計されていた。

#### 時間のない世界

　最初の数週間、被験者たちは自分たちの変化にまったく気づかないようだった。しかし、徐々に彼らの行動や思考に変化が現れ始めた。時間の概念が薄れると、彼らは過去の出来事や未来の予定を意識しなくなった。日々の生活は「今」という瞬間の連続となり、彼らはその瞬間に集中するようになった。

　被験者たちは、時間に追われるストレスから解放され、リラックスした状態で日々を過ごしていた。彼らは食事や睡眠、運動などの基本的な活動を、時間の概念に縛られずに行うようになった。驚くべきことに、彼らの幸福度は著しく向上し、精神的な安定感も増していった。

#### 副作用と懸念

　しかし、時間の認識が完全に失われたことで、いくつかの深刻な副作用も明らかになった。

　まず、被験者たちは計画性を持たなくなり、長期的な目標を設定することができなくなった。その結果、個々のプロジェクトや仕事に対する集中力が低下し、生産性が大幅に落ち込んだ。また、過去の記憶を共有することで形成される人間関係が希薄になり、社会的な繋がりも失われがちになった。しかし彼らにそれを気にする様子はなかった。

　さらに、彼らは自分自身のアイデンティティに対する認識も曖昧になった。時間の流れの中で築かれる自己認識が失われたことで、自分が何者であるか、何を目指すべきかがわからなくなったのだ。観察の結果、彼らは自己と他者との境界を曖昧にしか認識できていないことがわかった。

#### 倫理的な葛藤

　カミングス博士とリナは、この実験の成果に対して複雑な感情を抱いていた。確かに被験者たちは死の恐怖から解放され、ストレスのない生活を送っていた。しかし、彼らの人間性が失われていることは明白だった。過去と未来を持たないことで、彼らは単なる「存在するだけの存在」となり、豊かな人間経験を享受することができなくなっていた。

　リナはある晩、研究所のラボでカミングス博士に語りかけた。

「博士、私たちがしていることは本当に正しいのでしょうか？　彼らは確かに幸せそうですが、それは人間として本当の意味での幸せなのでしょうか？」

　カミングス博士は深く考え込んだ後、静かに答えた。

「私たちが今見ているものは、人間性の一部を切り取った存在だ。彼らは確かに死の恐怖から解放されたが、それと引き換えに多くのものを失ってしまった。これは、人間が生きる意味を考え直す機会なのかもしれない」

#### 実験の終了とその後

最　終的に、カミングス博士とリナは「時のない人間」実験を中止する決断を下した。彼らは被験者たちに対する遺伝子操作を逆転させ、時間の認識を回復させるための治療を施した。治療が成功し、被験者たちは徐々に元の状態に戻った。

　実験の結果は、学術界や社会に大きな衝撃を与えた。時間の認識が人間性に与える影響についての新たな洞察が得られ、生命の本質についての議論が活発化した。カミングス博士とリナの研究は、死の恐怖と向き合いながらも、時間の有限性を受け入れることで人生の価値を見出すという新たな視点を提供したのだった。

　その後、カミングス博士とリナは、時間の認識を深めることで人間の生活を豊かにする研究を続けた。彼らは、人間が過去から学び、未来に希望を持ちながら現在を生きることの重要性を説き、多くの人々に影響を与え続けた。

　そして、彼らの研究は、生命の意味と人間の本質を問い続ける人類の終わりなき探求の一部として、未来の世代にも語り継がれることとなった。