第65話:健闘を祈る

 3連休が終わり、土日は主に棚板や什器の設置が行われた。連休の間に床が張り替えられ、あちこち剥がれていたり穴が開いていたりの状態が修復されていた。週が明け16日、羽那はなが出勤すると商品の陳列が本格的に始まっていた。多方面から改装応援で多くの社員さんが来ており、かなりのペースで進んでいた。


(通路狭くなったなぁ……)


できあがっていく店内を見て、以前より棚が高くなり通路が狭くなった感じがしていた。この日はひたすら商品の陳列をやりながら、手伝いに来た生鮮メンバーの商品の場所探しを手伝ってあげたりしているうちに、あっという間に退勤時間になってしまった。


 翌日。出勤のタイムカードを押すのに長蛇の列に並んだ羽那の2、3人後ろに朱巴あけはがいた。


「それでね~、旦那が私の好きなビーフシチューを振る舞ってくれたの~」


などと人に自慢げに喋っているではないか。


「ふーん……それはそれでよかったですねぇ~」


聞こえないふりをしたかったが、耐えきれず朱巴の方を向いて睨みつける羽那。


「コトハもさっさといい人見つけたら? そんな怖い顔する暇あるなら」


「楽してる朱巴に言われたくないわ」


喧嘩状態になり、周囲が静まり返り心配そうに羽那と朱巴の様子を見る。


深琴みことさん。伊原いはらさんも、改装期間中で色んな所から社員さん来てる間にそんな些細なことで喧嘩しないで。空気悪くなるよ」


止めに入ったのは嘉穂かほだった。


「……すみませんでした」


すぐさま羽那は反省の言葉を述べたが、朱巴は固く口を閉ざしたままだった。その後朱巴は事務所に引きこもり現場に出ることなく事務作業ばかり。休憩も事務所で取っていた。


(さっさとGW終わってくれないかなぁ)


リニューアルオープンまで、あと1週間。そこからGWが終わるまでプラス2週間を要する。この3週間は、羽那にとって嫌気でいっぱいの毎日になりそうだ。


☆☆☆


 その翌日。この日は生鮮メンバーが全員出勤になっておりどうしたものかと思っていたが、どうやら制服が変わることで本部の新店改装課の社員さんより説明会があるからだそうだ。それが行われるのが朝11時頃。羽那は様子を見つつ、この日手伝いに来た生鮮メンバー2人へ作業指示を出し、自身は事務所へゴミ袋を取りにその場を離れた。


「……おや、深琴さんではありませんか」


向かう途中でばったり会ったのは、はるかだった。


「……井田いださん、お久しぶりです」


「お久しぶりですー」


遼によると、改装応援でA店にやってきたのだという。羽那が休みだった月曜にも、C店よりもう1人の社員さんが応援で来てくださったようだ。


「店内、だいぶできあがっているみたいですね」


「そうですね、一昨日の時点でかなり陳列進んでましたし」


 遼と共に薬局コーナーに向かうと、手伝いに来ていた生鮮メンバーの1人が次なる作業指示を待っていた。


「羽那ちゃーん、次何やったらいいー?」


「えっとですねー……これ、組み立ててもらっていいです? 私が作った見本がそこにあるので、それを見ながらどんどん作ってもらっていいですか?」


「りょうかーい」


終わればいい時間になるだろう――という考えのもと、指示を出した羽那。


「そういえば新しい人が入ったと聞きました。ご年配で経験豊富な方であると」


「はい、そうです。落ち着いたら、色んなことを教わりたいと思っています」


「人が入ることを長く望んではいたものの、深琴さんもようやく先輩になりましたね。かなり様になっていて、去年よりも更なる成長を肌で感じてます」


 遼からそう言われてみるとくすぐったいが、自分で考え自分から指示を出せるようになった羽那自身も成長したんだなと感じた。昼食を挟んで再開した作業がひと段落した頃、ある社員さんが遼を探して声をかけてきた。何を話していたかは所々しか聞き取れなかったが、遼と奥さんの間に子供が生まれ、毎日可愛くて仕方ない……みたいな話をしていたか。


(……去年そんな話してなかったよな? 井田さん)


と思いながらも、薬局コーナーのレジ周りの整理をしていた羽那であった。


 夜6時になり、夕方から来た人たちを残し一斉に退勤ラッシュ。


「井田さん、今日は色々とありがとうございました。本山もとやまさんにも、よろしく伝えておきます」


「はい、お願いします。ではまた……いつかお会いする機会があれば、その際はよろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


お互いに一礼し、A店の駐車場付近で別れる羽那と遼。


「深琴さん」


「はい?」


遼に呼び止められる羽那。


「リニューアルオープンセール、頑張ってください。健闘を祈ってます!」


「ありがとうございますっ!」


いつかまた、仕事で会う日まで。それまでとことん、仕事に打ち込むのみ――


……そして翌週、A店のリニューアルオープン当日を迎える。

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