第60話:事前準備本格化……

 一典かずなりが薬局係に加わって約半月。3月に入り改装まで残り1か月になり、売り減らしが本格化した。改装に伴う他店舗への商品の受け入れ――いわゆる振り出しのリストと取引先への返品リストのデータが目に見える形で嘉穂かほが印刷して、持ってきた。


「これから発注量には気をつけて。ケースで頼まないといけないものは無理にしなくていいかな。最悪他の店から少し貰う形を取るかもしれない」


リストの整理がひと段落した後、嘉穂は羽那はなを呼び、今後の発注についての説明を行った。


「特にマスクかな。1回頼んで来る量が50個とか60個とかだから、あと1か月で最小限まで減らせるならいいんだけど、深琴みことさん自身で判断できないなら発注しなくて放置でいいよ」


「はいっ」


 その後、リスト掲載の商品の棚札に分かるように目印をひたすら書いていく嘉穂と羽那。他店舗への振り出しは中旬から少しずつやっていくとのこと。しかし取引先への返品は量が多いため、折を見てやっていく方針であると嘉穂から説明を受けた羽那であった。


――しかし。


 3月10日土曜日。嘉穂の方針なら週明けから振り出し作業が行われることになっているが、いつも通り一典かずなりが開店作業をやり、羽那が荷物を積んで持ってきたが、朝9時になっても嘉穂の姿がなかった。


〈コトハちゃん、嘉穂さんから電話来てるわー〉


幸乃さちのからインカムで言われ、返事をした後電話に出る羽那。


「お電話代わりました。お疲れ様です、深琴です」


「お疲れ様ですー。本当に申し訳ないんだけど、熱出ちゃって。これから検査受けに行って結果待ちになるかなー。もしコロナ陽性だったら、改めて店の方に電話かけるから、薬局コーナーどうするか店長と相談して、決めてほしい」


「はい……」


柳本やなぎもとさんにも、そのように伝えといてー」


その後週末に必要な発注について、羽那は嘉穂から説明を受け、そのまま電話が終わった。


「柳本さん、本山もとやまさん熱出してお休みです。これから検査を受けて、もしコロナ陽性だったら改めて店の方に電話かけると言ってました」


だが、羽那はどこかショックを受け落胆していた。


「……しょうがないな、5類になっても誰がかかってもおかしくない。責任重大で大変だろうけど、今、深琴さんがこの状況を乗り越え、成長できる時だよ」


その様子を見た一典は肩を落とす羽那を励まし、2人での仕事が始まる。


 正午になり一典、羽那の順で休憩が終わると、生活用品係をまとめる社員さんより、嘉穂がコロナ陽性だったという連絡を受けたと言われてしまう。


「……まじ、ですか……。とりあえずあのリスト内の商品の値札に目印はつけたので、後は振り出ししたり、返品したりするだけなので……」


「それは本山さん復帰してからでも間に合うので。次の発注日……深琴さん休みになってますので、前日の日曜のうちに欲しいもの少しでも取ってもらった方がいいと店長より言われておりますが……深琴さんがどうするかに任せます」


それは、翌日月曜一典が1人でやることを意味する。2か月に及ぶ試用期間中のワンオペは、万が一何かあった場合一典1人で処理し切れるのか、羽那自身が不安である。


「……いや、月曜出ます。その代わり、どこか休みにしてください」


「分かりました。後でシフト変更するので確認してください」


結果、羽那は月曜代打で出勤し、翌日火曜を休みにし薬局コーナーを1日休みにせざるを得なくなった。しかし、そのお知らせを店長が作成してくれず、ただ閉まっているだけの薬局コーナーを前にし、お客さんからの問い合わせが相次いだと、水曜に出てきた際に友麻ゆまから聞かされた。


(そりゃあ、そうなるだろ。何で不親切なのよ店長は……)


 羽那が怒りを覚えるのも束の間、木曜の発注も通り過ぎ、嘉穂がコロナ感染から復帰した。


「2人とも、長々とごめんね。そして深琴さん、月曜の分の発注も見てくれてありがとう。改装の事前準備がストップしちゃったけど、週開けたらどんどんやっていくから、忙しくなるよー」


復帰後も鼻の症状が残る嘉穂だが、指揮を取り順番に振り出し、返品作業が本格化。そして商品の陳列の整理も少しずつ行われた。


☆☆☆


 3月末。返品作業が残すは2カ所の取引先宛。量が多く、嘉穂と手分けしてはいるが慌ただしくしており、羽那は今自分が何をやっているのか分からなくなるほど、頭が回っていなかった。


――そんな中だった。


「コトハちゃん」


「……は、はいっ」


幸乃が羽那に声をかけてきた。


伊原いはらさんの旦那が、今度オープンする新店の店長になるんだって。それで嫁、ついていくんだって。工事で皆休みの間に送別会やるんだけど……」


日程を聞き、何も考えず行くと返事してしまう羽那。


(……あっ、しまった……)


返品作業が終わり、深呼吸し冷静になる羽那。ようやく朱巴あけはがいなくなる喜びと共に、出席すると返事してしまったことへの後悔で頭がいっぱいになってしまった……。

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