第3部:めでたくない知らせと薬局のピンチ
第38話:無力なまま……
9月から10月にかけて、パートさん勢に4回目のワクチン接種の案内が来たことで話題になってきている。だが、『副反応で辛い思いを2度としたくない』という声が多く、実際に受けに行く人は、
2022年10月――あと半年後の2023年4月には、羽那は1人立ちしなければならない。だが現状、今月から薬局係以外の各部署の時給が上がり時間調整の必要性に合わせ、再び起きたレジ係の人員不足により、羽那がレジ寄りのシフトで動かざるを得なくなってしまった。夜の納品に回る時間はどうにか確保されているものの、発注の時間の確保はまちまちになっていた。
「
「はい?」
羽那が発注を終えた後、薬局コーナーのレジにいる嘉穂が手招きする。
「……あと半年間なんだけど、ここのところレジに傾き過ぎてる。
「はい……」
「このままコトハちゃんを1人で立たすのは、こっちとしては無理な話なのよね。これは3人とも考えが一致してる。時間的な問題もあるけど、知識と経験値が足りないと『さあやってこい!』なんて言えない」
羽那の不安要素は、レジ寄りのシフトになっていることだけではなかったのは自身でも重々分かっていたから、頷くことしかできなかったのだが……。
「私はまだ、無力なまま……なんでしょうか……レジばかりだから……」
知識の量はまだまだ足りない。それはこれから少しずつ積み重ねていける。だけど、レジという壁は、羽那の力だけではどう足掻いても高過ぎて乗り越えられそうになかった。そのせいで接客の数をこなせない、こなせてもらえない……と、自信をなくしてしまった。
「コトハちゃん。コトハちゃんが1人で立てるようになったら、レジの方も大募集するなりして何とかするって話も出てるから、今自分がやるべきことをしっかりやっていこう。前に比べたら喋れるようになったから、もう1段階ステップアップしていかないとだね」
恭子が羽那の背中をポンポンと叩く。それは、羽那に期待してやってくれたことだった。
「は、はい……。これからもご指導のほどよろしくお願いします。……では、レジ行ってきます」
1から教育し1人立ちさせるということは、ボキューズにとって初の試みであるし、
☆☆☆
休みの日、羽那は自宅のパソコンを立ち上げ、大手の通販サイトを開く。市外の大きな本屋さんに行って探したい気持ちもあったが、A店でコロナ感染者がぼちぼち出てきているため遠慮することにした。
(新人……の方がいいかなぁ)
検索すると、新人登録販売者向けの書籍がいくつも出てきた。研修中だが1年半勤めているから新人とは言い難いのだが、1から勉強するつもりで新人用の書籍を2冊、購入した。次の休みの日の午前中に届き、早速勉強に取りかかった。
届いて1週間後、買った書籍のうち1冊を読み終わった羽那。資格勉強をしていた頃以来の集中勉強は、彼女にとってかなりのプラスとなった。
「すみません、料理で手をちょっと火傷しちゃって……何かありますか?」
(軽度の火傷なら使える塗り薬を選ぶ――ちょうど勉強したところだな……)
主婦と思われる女性のお客さんが羽那を尋ねてきた。勉強したことが役に立つ時が来たと、自信を持って自分からお客さんのもとへ向かう。
「あらら……どんな感じか見せてもらってもよろしいでしょうか?」
「はい、右手のこの辺が……」
お客さんがそっと右手を見せる。小範囲で、腫れたように赤くなっていた手の甲の方を見せてくれた。
「……ありがとうございます。こちらの塗り薬を火傷しちゃった所に塗っていただいて、その上にガーゼを貼って、これ以上酷くならないように傷を保護した方がいいかと思います」
「分かりました。ガーゼなら家にあるので、おすすめしてくれたこの薬だけ買っていきますね。親切に教えていただき、ありがとうございました」
「いえいえ。お大事にしてくださいね」
お会計後、そのお客さんは一礼してその場を去っていった。
「よくやった!」
背後で見守っていた恭子が、小声でお褒めの言葉を羽那に送った。
「ありがとうございます。少しは、勉強の成果が出たと思います」
それでも、羽那は謙虚な姿勢のままだ。認めてくれるまで、回数をこなして自信をつけるしかないのだから――
羽那のこの接客を褒めた恭子は、11月から週4の4時間勤務に切り替えることになった。でき上がったシフトには既に反映されているが、悠葵が生活用品側に駆り出されているばかりで、恭子にとっては、今後の薬局コーナーの運営が大丈夫なのかと心配しながらの仕事になりそうだ。
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