祖父のすき焼き

 イイヤマさんは小学生の頃、父方の実家と母方の実家に帰省するのが夏休みのお決まりだった。両親ともに多少引け目はお互い感じていたようだが、二人とも相手の家にも行くと言うことで納得はしてくれていたそうだ。


 この話はイイヤマさんが子供時代に父方の実家に行ったときの話だそうだ。


 祖父母共に孫である彼には優しかった。田舎だったので遊ぶ場所も無ければ友人もいなかったのだが、そこにあったマンガ本を読んで暇を潰していたそうだ。後から聞くと『こんな田舎で退屈だろうから』という理由で買ってくれてきていたらしい。祖父母は全くマンガを読んでおらず、全て彼のために買っていたものだそうだ。


 そんな環境なので少し退屈ではあったが楽しむことは出来た。ただ、困ったのは食事だった。


 老人特有の味が薄く、健康に気をつかったのであろう食事が出てきて、時には普段スーパーに並ぶ食材ではないようなものが、お裾分けされたからと食卓に並ぶこともあった。


 当時は一部の田舎には昆虫を食べる習慣のある場所もあると知っていたが、少なくとも見た目はなんとか食材と言えるレベルのものだった。


 ただ、色味がきついものもあり、時折食材から出たであろう緑色の液体が更に見えたときはゲンナリとした。


 数日の我慢だからと毎年無理して食べていたのだが、ある年には祖父が『今日はご馳走だぞ』と張り切っていたことがあった。


 また何か怪しいものが出てくるのかとうんざりしていたら、台所から美味しそうな匂いが漂ってきた。時々家庭でも出てくるすき焼きの割り下の匂いだ。これは本当にご馳走なのでは無いだろうかと期待してしまった。


 その晩出てきたのは本当にすき焼きで、少し疑っていた自分を恥じて手を付けた。早速肉を卵につけて食べると味の濃い割り下と合わさって肉汁が溢れてきた。美味しかったのでガツガツ食べてしまったのだが、こういう時に少しは遠慮しろという両親が自分を見て肉を箸でつまんでは皿に置いて『お前のためのご馳走だからたっぷり食べろ。おじいちゃんがせっかく用意してくれたんだからな』と言い好きなだけ食べさせてくれた。


 祖父も同じように自分に肉を入れてくれたので心ゆくまで肉を食べ、気が付くとすき焼きから肉が無くなっていた。思わず食べ過ぎだと叱られるかと思ったのだが、他の皆は何の不満も言わず一緒に入っていた野菜を食べていた。


 叱られなかったことにホッとして、肉ばかり食べて満腹になり先に寝るといって用意された寝室に入って布団で寝た。


 翌日、早朝に父親にたたき起こされた。有無を言わせず『帰るぞ』と言われ、手を引っ張られて車に押し込まれた。


 帰っている間、父も母も無言で黙々と運転をしていた。挨拶もせずに帰っていいのか疑問だったが、それを訪ねられる雰囲気ではなかった。


 自宅に帰るとしばらくの間食事に肉が出ることはなかった。当時はヴィーガンなどという概念は知られておらず、両親ともにそう言った思想は一切無かった。それなのに肉は全く出ず、卵も出ない生活が一週間ほど続いた。夏休みも終わり頃になりようやく食卓に肉野菜炒めが並んだときにはホッとした。


 しかしそれを食べたのだが、久しぶりの肉のせいか、実家で食べた肉とはまた違う味がした。まあ豚か牛かなんてタレで分からなかったし、味付けのせいだろうと思っていた。


「でもね、今に至るまで何度も肉を食べたんですが、あの肉だと思える肉とは出会えないんです。両親の反応もおかしかったですし、俺は一体何の肉を食べさせられたんでしょう? その後父方の実家に帰省することはなくなって、今では祖父母共に鬼籍に入っているのでもう確かめようが無いんですよ。ただ……時折あの肉の味が突然思い出されて食べたくなることがあるんです。アレがなんだったのか、出来れば正体を教えてから逝って欲しかったですね」


 彼は今でも肉が美味しいと効けば焼き肉でもしゃぶしゃぶでもすき焼きでも食べにいくが、未だあの肉とは出会えていないとのことだ。彼に渡した謝礼も、近くに美味しい焼き肉屋があるからそこで食べるのに使うそうだ。私は彼がその肉の正体を知って後悔するのか喜ぶのかは分からないが、出来れば謎のままの方がいいのではないだろうかと思う。

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