汗かきの霊
タマコさんは例を見たことがあるそうだ。一応死人が出たわけでもないので話を教えてくれた。
彼女の住んでいる町の中に人通りの少ない交差点がある。普段人があまり通らないだけに車もそれなりに速度を出す場所になっている。当然スピード違反なわけだが、交通量が少ないので警察もあまり取り締まりをしていない。
そんな所でひき逃げが起きたものだから、警察も怠慢を指摘されないように躍起になって操作をしていた。
ただ、ひき逃げは起きたが死者は出ていないということで、被害者は意識が無いまま病院にいると報道されていた。
事件としては重いものなのだが、いかんせんタマコさんには全く関係のない人が被害に遭ったため、冷たいようだがその事件についてそこを通りがかったとき警察に何か見ていないかと聞かれたが適当に見ていないと答えた。死者が出たわけではないので、関係の無いことだとどうしても思ってしまう。
事件が膠着状態になっているとき、友人が話題になっている映画を見に行かないかと誘ってくる。その映画に興味があったので二つ返事でいいねと送る。
そうして映画館に一緒に行こうとなったのだが、待ち合わせ場所があの交差点の近くだった。勝手な考えだが、なんとなく嫌だなあと思いながら待ち合わせ時間にそこへ行くと友人はまだいない。
少し自分が早めについたからだと思ったら、友人から『ごめん、少し遅れる』とメッセージがスマホに届いた。夏真っ盛りに炎天下で待つのは辛いので、近くのカフェに入りアイスコーヒーを注文して席に着くと『カフェで待ってるよ』とメッセージを送った。
そして何気なく外に目をやると、交差点の横断歩道部分にやたらと太って汗をダラダラかいている人が立っていた。この暑いのに大変だなと思いながらスマホに目を戻した。そう言えばログインボーナスをもらっていないゲームがあったことに気がついて、ゲームを起動しログボだけをもらってアプリを閉じた。
通知が何も来ていないのを確認して、友人がまだ来ないのかなと思い窓の方に視線を向けると、さっき立っていた男性がまだ同じ場所に立っていた。ログボをもらっただけとはいえ、スマホでアプリを起動して一通りの操作をしたのだから信号が一度は変わっているはずだ。だからあの汗かきの男が同じ場所に立っているのはおかしい。
あの人も待ち合わせだろうかと思ったが、それでは交差点の中にいるのは説明がつかない。待ち合わせなら歩道で待っているだろう。
なんだか見てはいけないものを見たような気がしてスマホに視線を向けて早く友人が来てくれることを祈った。
幸いにも少しして友人が来て、まだ映画には間に合う時間だったので二人で映画館に向かった。そのとき交差点を渡ったのだが、男はもうおらず、安心しそうになったが、雨など全く降っていないのに男が立っていた場所のアスファルトが濡れていた。汗だろうかと思ったが確かめるのも怖いので見て見ぬ振りをして足早に二人で映画館に向かった。
その後、その交差点で信号機の柱に車が突っ込む事故が起き、その事故を起こしたのがひき逃げ犯だと判明し、事件はあっという間に解決をした。
ただ、その男はひき逃げを起こしたときは飲酒をしていたことを認めたが、信号に突っ込んだときは素面だったそうだ。警察は男の発言に疑問があるということで交差点を調査することをしばし続けた。
その後、男が交差点に現れることは無かったのだが、病院に勤めている友人に、ひき逃げの被害者って太ってなかった? と訊いたところ『何で知ってるの?』と言われたため、やはりあの汗っかきの正体は被害者なのだろうと思うらしい。
被害者は犯人が捕まると同時期に意識を取り戻したのでそれ以降何かが起きたわけでもない。ただ、タマコさんはアレが生霊だったのは間違いないと信じているそうだ。
警察の情報では発表されなかったが、彼女は犯人が起こした単独事故にあの生霊が関わっていると信じているらしい。
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