外に立つ人
ムラキさんには未だに答えの見つかっていない不思議な体験があるそうだ。
「答えは見つからない方がいいのかもしれないと思っているんです」
彼の話になる。
夏のインフルエンザは辛い、冬ならワクチンを接種して備えることも出来るが、毎年インフルエンザのワクチンが推奨されているように、ワクチンはその季節流行るであろうものを狙って作られている。だから数の少ない夏のインフルエンザはノーマークなのだ。冬のワクチンの効き目も弱った状態でもろにインフルエンザで学校を休むことになった。
当時はまともな薬がなく、解熱鎮痛剤をとりあえず与えるのが正解という雑な治療がされていた頃だ。ご多分に漏れず適当に家にあった解熱剤を与えられ両親は働きに出てしまった。
薬を飲んで朦朧とする意識のまま寝転んでいるとコンコンと何かの音がした。しかし意識がはっきりしていないのでなんの音か分からない。ひとまず枕元に水と一緒に置いてあった解熱剤を一錠飲んで寝ようとした。するとまたコンコンと音がした。今度は少し熱が下がったせいか、それが窓の方からしている音だと分かった。朦朧としながら窓を見ると、何か赤いものが窓の外にあった。それが何なのかははっきりしない、また寝込んでしまった。
わずかに寝てから起きると相変わらず窓の外に何かが見た。今度ははっきりとそれが人だと理解できた。首だけ向けてそちらを見ると、綺麗な女性が深紅の着物を着て窓の外に立っている。誰だろう? 誰だかは分からないが、なんだかその女と目を合わせてはいけないような気がした。首を反対に向けて狸寝入りを決め込んだ。狸寝入りのつもりだったのだが、熱でうなされる頭が再び眠ってしまった。
次に目が覚めたときには太陽が傾きつつあったが、ギリギリで夕焼けではなかった。窓の外には相変わらずあの女が立っている。ただ、今度ははっきり理解できた。あの女の動きは手招きをしているのだ。誰かは分からないが、この部屋に向けて手をクイクイと招く動きをしていた。
何故かそのとき本能的にその女が恐ろしく感じてカーテンをしゃっと閉めた。そう言えばいつカーテンを開けたのかと思ったが、そこまで考える余裕もなく意識は落ちた。
次に目が覚めたときは母親が自分の部屋で氷嚢を自分に置こうとしているところだった。目が覚めたのに安心したのか『目が覚めないかと思った』などと物騒なことを言われた。どうも布団から出て、窓付近で倒れていたのを布団に運んで氷嚢を置いたところだと言う。
不思議とそのときはスッキリとしていた。熱も下がっているのでは無いだろうか、頭も意識もスッキリとしていた。
結局両親にあの女のことを訊くのはやめた。どうせ心配をするだけだろうし、なにより頭がスッキリして気が付いたのだが、この部屋は二階で窓の外は僅かな窓枠の他は壁だった。あの女が壁歩きでも出来ないかぎりはあの姿勢で手招きするのは不可能だ。結局、そのときはアレは朦朧とした自分の頭が生み出した幻だと決め、話すことはしなかった。
「それでですね、今悩んでいることなんですが……あの女は私の病気を治すために立っていたんでしょうか? それとも自分が死に近づいたせいであの世に手招きをしていたんでしょうか? どちらだったのかが気になって仕方ないんですよ。ただ……もう今後あの女に会うことは無いような気がするんですけどね。コッチは自分の勘でしかないんですが、なんとなくそう思うんですよ」
彼はそれだけは確信を持っている様子だった。私はきっと真相はずっと分からないのだろうなと思いつつも『終わったことでしょう』と月並みなことしか言えなかった。
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