暑がりと寒がり

 九月、暦の上では秋に分類される、昨今ではまだまだ十分に暑い頃にヌマタさんが体験したことだ。


 暑いのでまだまだ冷房が必要で、冷房をかけたまま寝た。設定を夏のままにしていたので、九月にしては多少寒いような温度までなっていた。


 その翌朝目が覚めると汗は全くかいていなかったのだが、多少肌寒いなと思った。そんな時、部屋の隅に置いてあるカラーボックスに目が行った。


 その上には、生前大変お世話になった祖母の遺影が立てられていたはずだ。見当たらなかったのでそちらへ近づくと、カラーボックスの上に遺影が倒れている。


 揺れたりもしていないのにどうして倒れたのかと思い遺影を立ててから出社した。会社の冷房は省エネだのエコロジーだのをガン無視した設定温度になっていたが、それが逆に心地よい。蒸し暑いくらいなら多少寒気を感じようが冷房が強力な方がマシだ。


 幸い送風が直にあたらない位置に席があるので丁度いい空気を感じながら作業をこなしていった。


 ただ、いかんせんその空気に慣れてしまったので、アパートの自室までの道で結構な汗をかいた。部屋に駆け込むと、蒸し暑い部屋を冷やすためにエアコンを冷房モードでフル稼働させ、部屋が涼しくなるまでにシャワーで汗を流した。


 そうして部屋に戻ってくると、部屋はすっかり冷えていて過ごしやすい環境になっていた。褒められたことではないのだが、この建物は光熱費込みの定額になっている。なら多少はエアコンを強くしても電気代は変わらない。そのためいつも冷房は強めにしていた。


 疲れた体をベッドに投げ出して、スマートスピーカーから流行の音楽を再生するように指示を出してゴロゴロしていた。するとやはり部屋の隅に目が行ってしまう。そこではやはり遺影の写真立てが倒れていた。おかしい、倒れていたならさっき気が付くはずだ。ということは部屋に入りエアコンをかけてからシャワーを浴びる僅かな時間に倒れたことになる。


 さすがにおかしいと思い考えをめぐらせた。泥棒の仕業ということはないだろう。盗みに入ったにしては部屋も荒れていないし、金目のものもそのままだ。そもそも同じ部屋に複数回侵入してわざわざ写真立てを倒しただけで出ていくなど聞いたことが無い。


 そこで思い至った。祖母は生前結構な冷え性で、冬は炬燵に入っていた姿ばかりが思い浮かぶ。昔のことではあるが、エアコンのかけ過ぎは良くないと神経質にエアコンを使うべき時も扇風機ですませていた。


 そう考えて、もしかしたらと思いエアコンの設定温度を適温くらいにしてそのまま寝た。


 翌朝にはうっすらと汗がにじんでいたのだが、遺影の方はきちんとそのまま写真立てに入って立っていた。


「そういやばあちゃんは寒いの苦手だったもんなあ」


 そう独りごちてから、エアコンの温度は適温かそれより一二度下までで我慢しているそうだ。それから遺影が倒れたことは無いという。彼は懐かしそうな目をしてその思い出を語った。

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