夏の清掃

 夏というのは生ものが傷むものだ。キヨタさんは清掃の仕事をしている。と言っても特殊清掃などではなく、あくまで汚部屋を片付けたり、夜逃げした家を崩す前に掃除をしたりと清掃を生業としているが、時にはスズメバチの駆除も頼まれるほとんど何でも屋のようなものだそうだ。


「怖いというかなんというか、とにかく気分の悪い案件でしたね」


 夏の日、アパートで連絡が取れなくなった居住者がいるから契約をもう切ったので次の入居者のために部屋を綺麗にして欲しいと言う依頼だった。少し気が重かった、何しろそういったものには部屋の中が荒れ果てていて生ものが腐っていることも多い、夏場なら尚更だ。


 上司に受けるのかと聞いたが、ウチは仕事を選ばないと言われ、問答無用でその部屋に派遣されることになった。夏の日はそういったものでなくても、生ゴミでさえも臭うことを考えると嫌気がさす。


 断るわけにもいかないので渋々そこの担当になった。職場で冷遇されるよりはマシだと無理矢理自分を納得させてのことだ。


 それから週末、アパートの大家さんの立ち会いの下でその部屋のドアチャイムを鳴らし、反応がないのを確認してドアをノックする。呼び声に反応がないのを確認してからドアを開けた。


 部屋の中には足の踏み場もないほどガラクタや残したまま失踪した家具などが残されていた。幸いあの嫌な臭いはしない、本当に夜逃げであって、最悪の事態が起きたわけではないようだと一安心した。ただ汚いだけの部屋ならどうとでもなる。


 キヨタさん一行はさっさと清掃にかかった。大家さんに捨てていいものを確認しながらごみはさっさと片付けていく。それなりに時間はかかったものの、強烈な物体が存在したわけではないのでメンタル面では時間がかかるだけで済んでありがたいとさえ思った。


 そんな時、大家さんが声をかけてきた。


「困るんですよねえ……こういうのも片付けてもらえるんですかね?」


 大家さんは箪笥の上に置いてあるものを指さして言った。そこには簡易的な神棚が作られており、大家さんは決してそんなものを備え付けてはいないので入居者が作ったのだろうということだった。


 この時点で敷金が帰ってこないのは確定だが、夜逃げした入居者に敷金を返す義理は無い。そんなわけで神棚を片付けてくれと言われた。


 よく観察したのだが、素人が適当にそれっぽいものを並べただけにしか見えない。この程度なら片付けても問題ないだろう。ただ、験を担ぐところがある社長がどう答えるかは分からないので、現場にいる人たちで内々に片付けることにした。


 並んでいるのは小さな丸い鏡とお供え用の台とコップだけだった。はっきり言って雑に作ったなと思う。


 それでも一応神棚には違いないので一つ一つ確認しながら片付けていったのだが、始めはコーヒーでも祀っているのかと思ったコップがあった。


 その中身は真っ黒で、危険が無いか臭いを嗅いでみたのだが、どうやら酒の類いらしい。もちろん飲めたものではないがおそらく日本酒だなと思った。それも流してコップも要らないということなので片付けた。


 それで清掃は完了ということで大家さんもきちんと満足してくれたので帰った。ただ、その部屋には新たな入居者は入っていないと聞いた。


 果たしてあの黒い液体が不吉を知らせるために濁ったのか、それとも雑な神棚を作った神様の怒りなのかは分からない。ただ、時折そのあたりを通るとカーテンの付いていないその部屋が、まだ入居者がいないことを物語っていた。

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