田んぼの中の空き地
ユキナさんは農業の盛んな地方から上京してきたのだが、実家でいろいろあって上京することになったらしい。その事情を話してくださるそうなので伺った。
「私の実家は田んぼを持っていたんでお米というものを買ったことがなかったんです。それでもまだ売れるくらいには収穫できたんです」
しかし、彼女が体験したのはあまり後味のいい話ではないそうだ。
田んぼを見る度に思う、あの真ん中の荒れ地は無駄なのでは無いだろうか? あの部分があるせいであそこはコンバインで刈ることが出来ない。そもそもどうしてあんな歪な形の田んぼになってしまったのか? 不便すぎると常々思う。
「おじいちゃん、あそこは耕さないの?」
何度目か分からない問いかけを祖父にした。
「いいか、あそこには絶対に近寄るんじゃない。出来れば話題にも出さない方がいい。あそこはそういう場所なんじゃ」
はぐらかされているような気もしたが、あそこが何か事情のある土地であることはうかがえた。いちいち危険に飛び込むこともないと思い、同意の意味で頷くと祖父はしわがれた手で頭を撫でてきた。ゴツゴツした感触が機械化されていない農業に従事したのを感じさせる。
何があるかなんて分からない、ただ近寄らない方が良い場所であることくらいは分別の付いていない歳でも分かった。だから友達にあそこで遊ぼうといったこともないし、たぶん立ち入っては行けない場所なのは本能的に理解できた。ただ……誰もが理解できたわけではないようだ。
「ねえユキちゃん、ウチのお父さんがあそこを買いたいっていってるんだけどどう思う?」
当時の友人はそんなことをユキナさんに言った。近寄らない方がいい、そんなことは分かっていたのだが、理由の方はさっぱりなので説明は出来ない。ただ、ユキナさんも本心でその友人に恨みが会ったわけではないが、その土地を引き取ってくれるというのはなんとなく魅力的だった。
「良いんじゃないかな」
ついそんなことを口走ってしまった。言っていいことだったのかは分からない。ただ、あそことは関わりたくないし、関わりを立てるなら歓迎するべきだとなんとなくそう思った。
「そっか、ユキちゃんがどう思うかってお父さんに聞かれたんだ、よかった」
今にして思えば探りを入れていたのだろうが、その事を祖父に話すと友人の祖父が亡くなったんだったなと言い、『よく言ってくれた』と褒めてくれたが全く嬉しくはなかった。
そして更に『絶対に買い戻すんじゃないぞ』と強く言って、両親が部屋に入ってきて何やら話し合っていた。たぶんあそこを売り払う算段なのだろうと予想はついた。
どうしようかと思ったが、子供に土地を売り買いする能力などありはしない。あまりにもスムーズに土地の売却は終わった。そこから先は急転直下だった。
友達が慢性の難病にかかる、それを介護していた両親が次々に倒れる、その子の祖父母はとっくに鬼籍に入っていた。
そんなことから彼女は引っ越しを余儀なくされた。そのため土地をこちらに売ろうかという話も湧いたそうだが、祖父が断固拒否ということで、結局その土地の所有権は市の所有になった。
それからしばらくして、いろいろ分かってきた高校生の頃に、もうすでに鬼籍に入っていた祖父が話してくれた事情を両親から聞いた。
「いいかユキナ? 禁足地って分かるか? 要するに立ち入っては行けない場所なんだ。あの家はそこを買い取って田んぼの一部にしようと手を入れたんだ。だから祟られた、他所で言ったりするなよ? ただな、お前もどうなったか知っているだろう? 世の中には手を出すべきで無い場所があるんだよ」
始めは事情を知って売ったのかと憤りもあったそうだが、かなり強く売却してくれと友人一家は主張したらしい。ウチが快諾したのは予想外で、あっという間に売却が決まった。
それから起きたことはさっきの通りだ。
「と、これが私が昔経験したことです。偶然で済ませるには出来すぎていることが多すぎるんですよ。あと、隣に住んでいるのが私の友人なのを知った上で禁足地を売った事にも腹が立ちますね。もう亡くなった人のことを悪くはいいたくないんですけどね」
『そうですか、そろそろ夏休みでしょう? 大学の長期休暇くらいしか帰省するのは難しいでしょう、言ってはなんですがご両親に顔を見せるのも親孝行では?』
辛辣な彼女に両親と和解する気は無いのかと尋ねたが答えはシンプルだった。
「私が中の良かった子を生贄同然に扱うとこに帰ろうとは思いませんね」
彼女はそう断言する、どうやら意志は硬いようだ。
彼女は元気に生きているが、そのときの友達がどうなったのかは知らないそうだ。ただ『生きてても私と笑顔で会えることはないでしょうね』ときっぱり言っていた。
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