存在しない本

 氷柱さんは小学生の頃から探している本があるそうだ。ただ、それは未だに見つかっていないし、本当に存在するのかも分からないらしい。では何故そんなものを探しているのか話を伺った。


「どうしてあるかどうかも分からない本を探しているんですか?」


「そうですね……話はまだ小学生だった頃になるんですよ」


 そこから彼女の思い出話が始まった。


 何年生だったかはちょっと覚えていないんですが、アレは夏休みのことでした。課題を一通り終わらせるところまでいっていたんですが、どうしても手を付ける気にならない課題があったんですよ。ええ、読書感想文です。


 いまじゃ多少は書き方を教えているそうですけど、当時は本を与えて『好きなように書きなさい』としか教えられなかったんですよ、いや、教えられてすらいませんね、丸投げと言うべきでしょうか。とにかくそんないい加減な設定の課題にどう取り組むか悩んでいたんです。


 具体名は出しませんが課題図書はいかにもお説教がしたいのだろうというのが透けて見えるタイトルでした。読む気がまったく起きないんですよ、そこでしばし考えたんですが、読書感想文は課題図書を推奨していましたが、必須ではないんですよ。そこで小狡いことを考えたんです。書くような話がないなら捏造しちゃえばいいってね。当時はネットなんてありませんでしたし、本が実在するかどうかなんて調べないだろうと踏んで、本を読んで感想を書くのではなく、感想に合わせてそれっぽいあらすじを捏造しながら感想文を書いていったんです。


 ええ、ものすごく書きやすかったですよ。手が止まったら自分で考えたあらすじを持ち出せるんですから簡単です。そうして感想文のために都合の良い本が一冊、あたかも存在するように捏造されたんです。


 それでどーせ確認なんてされないだろうとそのまま提出しちゃったんですよ。内心怒られるかとも思ったんですが、しばらくの間何も言われなかったんです。そうしてしばらくしてから夏休みの課題が返却されたんです。そこには『よく読み込まれています』と注釈のついた高評価の原稿用紙が返ってきたんです。


 私はしばしポカンとそれを見てからさっさとランドセルに突っ込みました。後ろめたいのもあったんですよ。でも一番不気味なのが、小学生がご都合主義で考えたあらすじを書いているのにどうして評価されたのか分からなかったからです。


 それからというもの、どうにも不気味だなとは思っているんですよ。それで……高校に入った頃でしたか、情報教室が出来てパソコンが使えるようになったんですよ。そこで小学生の頃捏造した本のタイトルで検索をしたんです。一件たりとも引っかかりませんでした。


 一体あの先生は何を読んでいたんでしょうか? 今では先生も学校を離れて別の土地にいるそうですが、詳しくは知らないのであの感想文に書かれていたことの詳細は謎のままなんですよ。未だに据わりの悪い思いをしたまま書店によるとついつい課題図書の欄を見てしまうんですよね。未だに同名の本は見つかっていないんですけどね。


 そう言って彼女の話は終わった。コレは偶然で片付けていい話なのだろうか? 本の名前がたまたま被る、それであれば『良く読んだ』なんて評価はでないはずだ。今でも彼女はアレが何だったのかを時折調べているらしい。

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