入学-4

 ヤーレが案内してくれたお店は、<永遠亭>という名前らしく、だいたい30席くらいだろうか、それでなかなか席が埋まっている。まあいい時間ではあるものな。

 「こういう店は久しぶりですわね」

 「私も。朝は屋台だったしね」

 入口でお店を見渡していると、慣れた様子でヤーレが店員さんに挨拶をして、空いている4人席に進んでいく。

 「ほら、みんなも」

 振り返ると別のお客が来ていた。少し慌てて椅子に座る。


 全員が揃ったところでちょうど店員さんがやってきて、お水と一緒にメニューをもらう。

 「こちら今日のメニューです」

 えーっと……選べるのは5つかな。こういうお店の料理っていろいろ選べるものだと思ってたけど。

 「この店、これだけしかないんですの?」

 ナリスさんが少し不満げにメニューをなぞる。ああ、やっぱり少ないんだな。

 「ここのシェフは大丈夫なんですの?」

 「大丈夫大丈夫。味は確かだから。たしか、毎日メニュー考えてるから何個も考えるのが面倒とか言ってたかな。だから、ほんとうに作れる料理はいっぱいあるし」

 5つしかないのは、迷いがちな私にとっては助かる話だ。……うーん、葉のものの炒めか、根菜類の煮物か。

 ふと顔を上げると、ケラマさんはゆるやかにお店の内装を見ているようだった。

 「ケラマさんはもう決まった、ですか?」

 尋ねると、小首をかしげて小さく微笑んだ。これは、どっちだ?

 「そういうミルは大丈夫なの? 朝ご飯も結構迷ってたけど」

 ヤーレに突っ込まれた。……まあ、ケラマさんの方はなんとなく自信ありげだし大丈夫なんだろう。

 よし決めた! 今日はやっぱりお肉の気分! 顔をもう一度上げれば、ヤーレに伝わったのか店員を呼んでくれた。

 「すみませーん、注文いいですか?」

 「はーい」

 店員が持っていたお皿を下げて伝票を取りに行っている間、ケラマさんが口を開いた。

 「あの、なにを頼むのでしょう」

 なんというか、子供が「どうして空は青いの?」って聞く時みたいに、ただただ不思議だという眼をこちらに向けてくる。頼む? 私はなにを頼むんだっけ?

 私とヤーレが止まっている間、ナリスさんがため息をついてケラマさんに話しかける。

 「姫様は、このメニューの中からどちらを召し上がるおつもりですか?」

 「どちらを? すべて食べるのではないのですか?」

 すべてって、全部か!? 5つしかないとはいえ、安くても3ルベーグほどはするものを? 全部頼んだら、私だったら4日分くらいの食費にはなるんだけど。そもそも、どうしてそう思ったんだ?

 私の疑問に答えるように、またナリスさんがため息をつく。

 「あのですね、こちらのメニューはコースメニューじゃあないんですの。こちらから、1つを注文するものなのですのよ」

 ケラマさんは手を口に当てて驚いている様子。

 「それでは、少ないのではないのですか?」

 「想像の10倍は盛られてるはずだから、問題ないのですよ、姫様」

 それでケラマさんがメニューに眼を戻したところで、店員さんがやってきてしまった。

 「ご注文は?」

 「私は焼き鶏肉。ミルは?」

 「あ、私は葉のものの炒めで」

 さらっと答えてしまったけど、ケラマさんのために時間を稼いだ方がよかったのでは? いや、まだナリスさんがいる。

 「私はマッシュポテトで」

 しかし、ナリスさんも続けて答えて、少し挑戦的な眼をケラマさんに向ける。やっぱりちょっと意地悪な人なのかもしれない。それでもケラマさんはすぐにメニューから目を離し、

 「ナリスさんと同じものを、お願いしますね」

 店員さんに微笑みを向けて、やさしくそう答えたのだった。

 ……「ナリス」が誰か分からず少し困った店員さんに、ナリスさんが手を上げて自分だと伝えていても、微笑みを絶やさないのは強いなと思った。


 *****


 ヤーレの紹介通り、なかなかおいしいご飯が食べられた。みんなも満足した様子で、そろそろ空になるかなといったところだ。

 そんなとき。ケラマさんが口を拭いて、こちらを見た。こちらを向くだけで、注目してしまう存在感。そうしてまた、ゆっくりと口を開いた。

 「やはり、ミルさんとヤーレさんには、謝らねばならないと思うのです」

 なんのことだろう。ヤーレの方を見ても首をかしげている。出会ってまだ昼2つほどだというのに、謝られるようなことあったかな。

 「あの、お名前の」

 「あ、私達の名前をみんなの前で言ったことです? 別に気にして――」

 ふと昨日のヤーレを思い出して言葉に詰まった。

 「――わ、私は気にしてないです。ね、ヤーレ」

 ヤーレの方に振る。ヤーレは、少し口をとがらせて、ちょっとしてから口を開いた。

 「やっぱり、私はちょっとむかついた」

 う、やっぱりダメだった。目線をヤーレの方に向けるけれど、細い目はやっぱりどこを向いているのか分かりにくかった。

 「だって、私はパパとママから名前は大事にしなさいって、小さい頃から言われてたんだよ。魔女の才能があるから、魔女になるなら簡単にフルネームを教えてはいけないって」

 「もしかして、ヤーレのご両親は」

 ナリスさんの言葉にヤーレが頷く。

 「どっちも魔女。だからアカデミアに入るまでにもいろいろ教えてもらってた。もちろん、知られても困らないことも知ってたけど、でもそういうことじゃないじゃん」

 思っていた以上に気にしていたらしい、ヤーレの怒るでもない、淡々とした言いようは、怒鳴り散らすよりももっと責めているように聞こえた。ケラマさんもいつもの笑みもどこかに消えて、静かにヤーレの言葉を聞いていた。

 ヤーレは少しケラマさんの様子をみて、それでふっと息を漏らした。それから水を飲む。その間も、ケラマさんは真剣な眼差しを外さない。そのあまりのまっすぐさに、ヤーレはちょっと照れるように頭を掻いた。

 「あの、さ。ケラマさんみたいな立場の人にとって魔女になるってどういうことか、分かってるよね?」

 ケラマさんは少し困惑したような顔を見せた後に、小さく頷いた。

 「魔女の社会には家柄も階級も関係ないと、そう聞いています」

 そういえば、朝も「家を捨てた」とか言ってたっけ

 「私も人のことをあまり言えませんが、産まれてこの方家名に守られてきたこともあったのでしょうね」

 ナリスさんの言葉に頷きながら、ヤーレがまた口を開いた。

 「お姫様だって聞いたからちょっと動揺しちゃったけど、もう関係ないんだもんね。だからもう遠慮しない。言葉だって、別にかしこまる必要だってないし。だからはっきり言う。勝手に人のこと調べたりするのってどうかと思う」

 「……はい」

 まっすぐとケラマさんの方を見るヤーレに対して、ケラマさんは少し困ったような、あるいはなにかを諦めているような笑みを浮かべていた。

 しばらく二人は見つめ合っていたけど、やがて根負けするみたいにヤーレが小さく笑った。

 「でも、まあいいよ。気にしてないからいいとかじゃなくて、実害がないからいいとかでもなくて。知らなかったからしょうがないとかでもなくてさ。でも、まあいいかって」

 期待していなかったのか、ケラマさんは少し驚いた顔を見せて、1拍遅れて言葉を出した。

 「ですけれど――」

 「だって、友達なんでしょ? 私達。友達相手なら嫌なことは嫌って言うし、友達が反省してるなら、許してあげようかなって」

 遮られて出てきた言葉に、ケラマさんは少し驚いたような顔を浮かべた。それから、ゆっくりと頷くように顔を下げて、そうしてとびきりの笑顔をヤーレに向けた。

 「はいっ。私たちはお友達です」

 その目尻が少し光って見えたのは、錯覚ということにしておこうかな。

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