12
夕食が終わり、僕とガイルは僕の部屋にいた。母さんが既に布団を用意してくれていて、ガイル用の布団が部屋の隅で綺麗に畳まれて置かれていた。
それを見てガイルは、「ありがたいな」と一言だけ呟いた。
僕は何となく学習机の前の椅子に座り、椅子を回して彼の方を向いて言った。
「で、何の話をする?」
彼は心持ち下に目線を向けながら、「何を話すべきかな」と言った。彼からはお酒の匂いがした。夕飯が終わっても、二人は中々食卓から離れようとせず、随分話が弾んでいたようだった。
僕はそれを話題に出してみる。
「父さんと話が弾んでたね。何の話してたの?」
徐に彼は畳まれている布団の前に立つと、黙ってそれを広げ、その上に横たわった。横たわりながら、何故か鼻をひくつかせている。
明かりを見ながら、彼は言った。
「お前の父さんはいい奴だな。これまで色んな人間と出会ってきたが、その中でも抜群に闊達な人間だ。嫌なところが少しもなかった。そういう奴は珍しい。特にこういう、不安定な世界の中では」
「不安定な世界?」
僕の脳裏に、禁書庫の本の内容が蘇ってきた。彼が言った。
「ああ。俺たちがいるこの世界が、一人の『女王』の存在によって統治されていることは知っているだろう? 色々な民族、種族がいる中で、それらをたった一人の存在が、不思議な力で、管理している。……まあ、それも俺が聞いた範囲じゃ、表の世界に限った話らしいが……。これまで、色々な国や街を旅してきた。その度に危ない目や親切な人間に出会ってきたが、その中でも共通しているのは、皆驚くほど、他の国やこの世界について知らないということだ。
皆、知識がない。自分がどういう世界で、どういう国で、どういうシステムの内で生きているのかという知識が。理解が。
多くの国や街を回っているうちに俺は思うようになった。これは意図的に情報が隠されているのだ、と。その証拠に、俺のような飛行機を使って旅をすることは、殆どの国で禁止されている。見つかれば処刑されることも珍しくなかった。俺は目立たないようにする術を持っているから、捕まることはなかったがな。
今回が実質、初めてだ」
そう言いながら、彼は僕の方に目を向けてきた。何だか照れ臭くなって、僕は頭を掻いた。
彼はふん、と鼻を鳴らすと、再び話し始めた。
「ここに来たのは、何ヶ国目になるのか……とにかく俺は、迷っていた。コンパスが利かなくなっていたんだ。そしてそれが、『時の網』のせいだと知った。俺はいつの間にか、過去から未来へと時空を飛んでいたという訳だ。
おまけに相棒も壊れて、帰れるかどうかも分からない。知り合った坊主は話をして欲しい、などと脅す始末だし、俺はどうしたらいいんだろうな」
時の網、というもののせいで、彼は未来の国に来てしまったということらしい。そんなものが世界にはあるのか。
僕の胸が内側で熱く疼くようだった。
僕は少し考えてから、気になったことを尋ねた。
「ねえ。時の網っていうのが時間を先に進めたんだとすると、今も『女王』が統治しているとは限らないよね?」
彼は黙り込んだ。まるで僕の言葉が自分の頭の中に染み込んでいくのを期待するみたいに。
暫くしてから彼は、「ああ」と言った。その瞳は何故か揺れている。それから彼は言った。
「そうか……確かに、それはそうだな。どうりで変だとは思っていた。雷の壁が極端に薄かったのも、そのせいか。機械都市カザンは数千パルス前から存在しているが、俺が前に来た時には、こんな田舎町じゃなかったし、何より……検問があった。飛行機で入ることを許可されなかった。情報統制のためか……その頃から奴らは戦争を仕掛けていたからな。
つまり……」
僕はさらに聞いた。
「ねえ、ガイルは具体的にどの時代から来たの? 女王統治歴何年?」
彼は少し考える素振りを見せた。飛行機で飛んできたというのなら、それ程昔でもないのかもしれないが。
「俺は……」
その時、突然ふすまが開いた。驚いたことに、そこに立っていたのは母さんだった。
母さんは普段通りの、静かな空気を纏いながら、お腹の辺りに下ろしている手に、何かを持っていた。
「どうしたの? 母さん」
母さんは消え入るような声で、これ、手紙。とだけ言うと、僕にそれを手渡してきた。そして襖を閉める前に、「ごゆっくり」とガイルに向けて言った。
襖が閉まり、沈黙が訪れる。僕の手には謎の白い封筒が収められている。
椅子へと戻り、僕はそれを彼の前でひらひらと振った。彼は腕を組んで、「早く読め」と言った。
僕は言われるまでもなく鋏を手に取り、封筒を切った。封は呆気なく切れ、中には小さな紙が一枚だけ入っていた。
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