捻じくれた者の葬列
『原始人の分際で無駄な足掻きを……』
「臆するな! 血を流す相手ならば必ず殺せる! 息の根が止まるまで撃ち続けろ!」
ミューテイトが放射する奇想天外な光彩に呑み込まれた兵士達が奇妙なオブジェと化して絶命する中、反撃で一斉に放たれた重榴弾の雨が、ミューテイトの身体を激しく打ち据えヒビを入れる。
意外にも、強大なイミュニティ単騎と歴戦の秩序だった軍隊の戦いはほぼ拮抗していた。 ミューテイト曰く原始人らしく使い古された野蛮で単純なやり方だが、単純に強い衝撃を数え切れないほど食らって、無事でいられる者はそう多くはない。
おまけに物体の中に潜って爆発や直撃から逃れようとも、周辺の物体ごとまとめて吹き飛ばされては無意味。
結果、賊共が落とす命の量と比例して、ミューテイトの強固な甲殻にも確実にダメージは蓄積し続けていた。
「我慢比べだ宇宙人、テメェが死ねばすぐ終わる」
『小癪ッ! 走狗共々残らず滅せよ!』
怒号と皮肉を浴びせ合い、しのぎを削るコロッサスとミューテイト。 その衝突の具合は凄まじく、主戦場から程遠い他階層においても、彼らが放つ強大な火線や閃光がハッキリと垣間見れる。
その合間にも、地下空洞中に散らばっていた兵士達が戦術ネットワークを介して指図された位置へと着いていくが、一部の部隊は主戦場には一切目もくれず、ミューテイト謹製である要塞の奧へと潜っていた。
他の部隊が文字通り命を賭して戦いに臨んでいるにも関わらず、お使いを命じられた兵士達は気楽そのものである。
「しっかし探索任務を続行していいってのはラッキーだったな。 おまけに例の宇宙人が手放したレリックを回収次第、地上拠点へと帰還せよだと」
「ヤツが連れてた女は?」
「恐らく死んでるだろうが、もし捕らえたら好きにしろとさ」
「へっへぇ、ありがたすぎて涙が出らぁ」
「別の汚ぇ汁しか出てないだろアホ」
一般的なイミュニティの戦闘力を侮り、確証の欠片もない正常性バイアスに酔いしれたまま、大声でお喋りをしつつ闇の中を降りていく兵士達。
彼らは気付かなかった。 何気なく通り過ぎた大岩の影に、レリックを胸に抱くアイオーンが息を潜めて隠れていたことを。
「……助かった」
足音と間抜けな話し声が完全に消えたのを察すると、彼女はゆっくりと岩の影から這い出し、彼らがやって来た方向を慎重に遡る。
「あの人達は言ってた。 帰る手段があるんだって」
飛ぶことも出来ない今、彼らがここに来るまでに使った何かしらを利用して帰るほか無い。 アイオーンは短絡的にそう考え、拾ったレリックを強く握りながら上層階を目指した。
道を遡るに従って人の手が入った痕跡として、取り付けられた灯りが行く先を明るく照らし、簡易的な目印がちらほら目立ってくる。 しかしそれは他ならぬ、他の人間と遭遇する確立が劇的に高まる証明。
そうとも知らず、アイオーンは身を隠す物もない長い直線へ足を踏み入れようとした。
「えっ……キャッ!?」
――その瞬間、握っていたレリックが自ら意志を持つかの如く勝手に動き出し、アイオーンをグイグイ引き摺って勝手に移動し始めた。 壁面に開けられた穴を無理矢理通って危険な箇所を回避し、狭い暗がりの中をアイオーンを先導するように急かしていく。
「おい、なんかさっき聞こえたか?」
「いいや、動体センサーも反応してないし気のせいだろ」
完全に闇の中へ潜り込む直前、兵隊の話し声がボソボソと響き、極めて危険な状況下であったことをアイオーンは否応がなく知らしめられた。
「私を助けてくれたの?」
人知れずホッと一息つきながら、アイオーンは己を導いてくれたレリックを改めて眺める。 当然、何かしらの言葉が返ってくるワケでもない。
分からないことが増えたことで再び考え込んだアイオーンだったが、ふと見上げた先に置かれていたものを見て、思わず立ち上がった。
壁にはめ込むような形で設置されていたのは、長い間清掃されていない古い鏡。そこに浮かび上がった鏡像は、彼女を驚きと困惑の底へと叩き込む。
くすんだ鏡面に映り込んだのは、本来映るべきアイオーンとは全く姿の異なる別の存在。
宵時の空色をした長い髪に蒼い肌を持ち、黒い白目の中に黄金の瞳を浮かべ、優美な曲線を描く肢体が蠱惑的な乙女。
淫魔よりも凄艶で、女神のように美しい何者か。
彼女は無意識のうちに鏡へ触れていたアイオーンの掌と重ねるよう自らも手を伸ばすと、何も言わずただ眦を緩めた。
「あなたは……誰……?」
『私は貴女で貴女は私。 身体から伸びる影法師のように、生涯決して別たれることのないもの』
「あなたが私? そんなこと有り得ないわ」
難しい言い回しをする何者かの言葉が信じられず、反射的に己の身体と比較し出すアイオーンだが、そんな彼女を鏡の中の何者かはただ微笑ましく見つめている。
『今は信じてくれなくてもいいわ。 重要なのは、私が貴女の味方だということだけ。 ちゃんと助けて上げたでしょ? 貴女を強引に引っ張って』
「私を引っ張ったのは貴女じゃなくてこの杖じゃ……」
『こっち側から上手く働きかけられる物が他にないからしょうがないの。 貴女だって勝手に自分の身体を乗っ取られたら腹立つでしょ』
「う……うん……」
細かいことを納得できず口答えするアイオーンを強引に黙らせながら、鏡の中の何者かは満足げに頷くと、鏡の裏側へ来いと身振り手振りでアピールする。
『分かってくれたらよろしい。 ともかく、ここを出るまでちゃんと私がサポートしてあげるから』
「サポートって……、今の私には何も……」
『大丈夫よ、戦うのは何も貴女である必要は無い。 人様の命を玩んだ報いを、あのムシにはちゃんと受けて貰いましょう』
鏡の中の何者かに導かれるがまま、アイオーンは何やら血生臭い闇の中を慎重に歩く。
やがて、足下に何かぬるついた感触を覚えて足を止めると、ゾッとするものが大量に打ち棄てられていることに気が付いた。 有機体と無機物、すなわち生命体とただの物体が乱暴に融合させられた、グロテスク極まりない死体がばらまかれていたのを。
「…………ッ!!!」
思わずあげそうになった悲鳴を必死に呑み込み、辛うじて姿勢を維持するアイオーン。 それと同時に、鏡の中の何者かが語っていたことを察する。
「……ごめんなさい」
痛みと苦しみに顔を歪めたまま動かなくなった死体を見つめながら、アイオーンは手にしたレリックを固く握り、床に突き立てる。
誰に習ったワケでも無い。 ただ今はこうするべきなのだと、アイオーンは本能の赴くままに、再び身体の底から湧き上がってきた超自然的力を、骸散らばる部屋全体に注ぎ込んだ。
「お願い力を貸して……!」
アイオーンの稚拙な頼みが死者に通じたかは分からない。 しかし地に転がっていた無数の死骸は注がれた力へ確かに応え、大小問わず次々と立ち上がり、歩き始めた。
光無き眼窩の奧に、極めて昏い憎悪を燃やして。
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