影より手を伸ばす者
アンダードッグが謎めいた怪物に仕込まれていた機械の解析を終えた同時刻、遺跡の奥深くに突き立てられたレリックの下へ、音も無く忍び寄る人影があった。
遺跡の探索支援の為かそれとも確保した資料の解析の為か、シャーマン達の姿は安置されたレリックの周囲にはどこにも見受けられない。
掠め取るには恰好の機会であり、レリックに近寄るこそ泥も、自らの懐に巨万の富が注がれるのを想像したのか無意識に笑顔を浮かべていた。
……その周囲に張り巡らされた、不可視の警備システムに引っ掛かるまでは。
『侵入者を確認。 我が教団において聖遺物の簒奪は極刑に当たる。 故に死すべし』
ある一定まで近づいた瞬間、スタンバイ状態に入っていたステルス自走地雷やセントリーガンが一斉に起動し、招かれざる客への容赦なき神判を開始した。 連鎖的に発生した銃声や爆発音は静寂が保たれていた遺跡内部の遠くまで響き、別の場所で雑務を行っていた人員を瞬く間に呼び寄せるに至る。
「祭器を握れ信徒達よ! 祝福を簒奪せんとする者を誅すべく、今すぐ聖戦へと向かうのだ!」
神聖な信仰の場を穢さんとする敵への怒りか、極めて荒々しいミッショナリーの怒号がセントリーガンの銃声の合間を縫って響き、事態を把握してなかった信者達までハッキリと届くと、信仰という名の狂気が彼らを瞬く間に殺戮マシンへと変えた。
「殺せ!殺せ!殺せ!」
ガシャンガシャンと石畳を踏み砕く荒々しい足音の群れが最深部へと殺到し、今まさにレリックを手に取ろうとしていた不届き者が衆目の下に晒される。 信徒に化けて潜り込んでいた招かれざる盗人の姿を。
「この不信心者め!我らが名を騙り貶めんとするならば死ぬが良い!」
最深部へ到着早々、ミッショナリーが身を包んでいたローブを勢い良く脱ぎ捨てると、兵器と人体が融合した歪な身体が焔の下に晒される。 否、ミッショナリーだけではない。 彼が率いるシャーマン達は、機械と一体化した肉体を誇らしげに露わとすると、背教者へ容赦ない砲火を浴びせた。
吹き荒ぶ鉄風が遺跡の一部ごと装甲を削り、拡散するプラズマが血肉を灼く。 ただの宗教団体の装備としては、あまりに強大で過剰すぎるが、シャーマン達の認識ではあくまで宗教上の道具であり、振るうことに躊躇いは無い。
「気をつけよ! 不信心者はどれだけ灰にしても良いが聖遺物を傷付けることだけはまかり成らん!」
「ハッ!」
ひとしきり火線を叩き込んで動体反応が消失したのを見計らい、ミッショナリーは攻撃停止の合図を信徒間で共有する戦術ネットワークへ送信する。
普通の人間どころか、そこそこの体格のイミュニティすらも生きてはいられない集中砲火が収まり、濛々と立ち昇る煤煙が彼らの視界を微かに塞いだ。
――刹那、煤煙を引き裂くようにして照射された極細のレーザーが信徒達の首付近を一斉に薙ぎ払い、纏めて斬り飛ばした。 当然、陣頭指揮を執っていたミッショナリーも例外では無い。
「ゴバッ!?」
オイルと鮮血が混じったおどろおどろしい色彩の液体を吹き上げて、機械と有機体が複雑に入り混じった首がロケットのように景気よく飛んだ。
「わざわざ手を汚して神の下へ召して差し上げたのだ。 感謝して貰おうカルト教徒共」
手中にしたレリックをキザったらしい仕草で振り回し、発射したエネルギーの残滓を振り払う盗人。 彼はバタバタと倒れた死体を一つ一つ丹念に踏みにじり、ローブを忌々しげに投げ捨てつつ回線を開く。
「こちら“レプラカーン”無事に最重要目標は確保した。 芋虫共も近くにはいない。 今のうちに帰還ポッドを要請する」
警戒こそ続けながらも、既に仕事は終わったものと高をくくっているのか、小賢しい悪党の表情には高慢な笑顔すら窺えた。
彼の上部に敷き詰められたタイル状の天井が唐突に砕け、スタングレネードが投げ込まれるまでは。
「なっ……」
強烈な閃光がレプラカーンの感覚を一時的に奪うとほぼ同時、天井を破って飛来したミサゴがブレードを大きく薙ぎ払った後、ミサゴと標的の位置情報を共有していたピースキーパーが、パンプした腕を時間差で叩き付けた。
爆発物が炸裂したと誤認するほどの衝撃が迸り、気を抜けば張り倒されるような爆音が煤煙を即座に吹き飛ばす。
「アホが」
「テメェが還るのは墓石の下だよ薄汚い犯罪者が!」
ミサゴの冷徹な殺意とピースキーパーの怒号が、奇襲の被害を抑えつつも吹き飛ばされたレプラカーンを射貫く。
「……何故分かった? まだハイキングの真っ最中だったはずだが」
「教えてやる義理はない。 くだらんお喋りならブタ箱にぶち込まれた後勝手にやれ」
「下品な物言いだな。 だから芋虫共は嫌いなのだよ!」
咆哮するピースキーパーの単純な暴力から辛うじて逃れたレプラカーンは、奪ったレリックの先端をお喋りに付き合わないミサゴへ向ける。 やることは一つ、人体など容易く両断するレーザーの照射だけ。
「レリックの恐ろしさを知れ! あのカルト共と同じ末路を辿れ!」
「それはどうかな? 本当に人様を狙えるかな?」
「何……アガッ!?」
ミサゴの思わせぶりな言葉にレプラカーンが僅かに動揺を示した瞬間、盗人が装着したアンプが一斉に不具合を起こし、振り翳した玩具を強制的に取り落とさせる。
レプラカーンの身を襲ったのは、未だ調子が優れないアイオーン共々付近に潜伏したアンダードッグからのハッキング。
実行されたプログラムは五感と水平感覚の撹乱という極めて単純なものだったが、命の取り合いの場におけるほんの一瞬とは極めて長い。 それが白兵戦の距離であれば尚更だった。
「拿捕するなら今だよピーキーさん、アンタも元公僕ならそれで済ませたいはず」
「犯罪者のブタ野郎なんぞ現場判断で吊してやりたいんだがね!」
「……まぁハイヴで小言を聞かされたいなら御勝手に」
ボキボキと容赦なくレプラカーンの手足をへし折っていくピースキーパーの蛮行を横目で流し見つつ、ミサゴは無惨にも斬り飛ばされたミッショナリーの首をゆっくりと拾い上げた。
「どの道これ以上の調査はしばらく無理だろう。 ここまで一気に犠牲者が出ては……」
「いやぁ全く困ったものですな。 神聖なるバックアップサーバーから一度に生まれ直せる人員には限りがあるというのに」
「うおっ!? 生首がいきなり喋るな馬鹿!」
教団側にどう説明するべきか悩んでいた矢先の事態に思わずミサゴも驚くが、対するミッショナリーの反応は平時と変わらず、さも当然のように首だけのままで戯けてみせる。
「驚きましたかな? これが我が教団が独自に開発した疑似不死技術! 貴方達も十分な寄進があればもしもの時に備えられますよ!」
「保険にかこつけてどこまでメス入れさせる気だ守銭奴。 まだ生体脳の処分を見当するほどボケちゃいない」
「しかし貴方は我らと似た立場だと伺っております。 フラクタスより発掘された超技術により、死をまぬがれた幸運の使徒であると」
「……ッ」
一体我らと何処がどう違うのだと、ジッと見返してくるミッショナリーの首を思わず泣き別れになった身体の上に放って、ミサゴはさりげなく話題から逃れた。
荒事が終わったことを察したアンダードッグがちょうど合流したようで、皮肉屋なハッカーは姫様の面倒は自分で見ろ言わんばかりに、弱々しくへたり込んだアイオーンを親指で示す。
それに導かれるまま、ミサゴは膝をつき、彼女と目線を合わせ不器用ながらも声をかけた。 数多の怪物やサイボーグと命を取り合った兵士の顔は、今そこにはない。
「しっかりしろアイオーン。 あと少しで帰れるからな」
「……うぅ」
慰めにもならない励ましに返事を行う気力すらないのか、アイオーンは大きく肩で息をするばかり。
「……すまない」
苦しむ彼女を前に何もしてやれないことを申し訳なく感じ、ミサゴはアイオーンから目を逸らしてしまう。
だがその瞬間、凪のように穏やかだったミサゴの表情は一変して強張った。
視線の先にあったのは、手足をへし折られた挙げ句ねじ伏せられ、顔を伏せていたレプラカーンの横顔。
最早逃げられる術もないはずが、何故か意地の悪い笑みを人知れず浮かべていたのを、ミサゴは見てしまった。
「ピーキーさん! そこから離れろ!」
「……チッ!」
何らかの小賢しい目論見があるのを悟り、ミサゴが叫ぶとピースキーパーも反射的に跳躍する。
すると、レプラカーンが転がされていた地点を中心に大量の物質が融合を起こし、瞬く間にねじくれたオブジェが造り上げられた。 巻き込まれた命がどうなったかなど、最早誰もが考えるまでもない。
こんなことをやれる存在“ミューテイト”のパーソナリティを、遭遇したメンツは痛いほど思い知っていた故だった。
「うげっ!」
「あのウジ野郎が……」
「ふざけやがって! 今度こそ開きにしてぶっ殺す!」
戦力になれないと即断したアンダードッグが生体ステルスを起動し姿をくらます中、残されたミサゴとピースキーパーは互いに背中を庇いながら周囲を見渡す。
足下かそれとも天井か、敵のやり口を分かった上で2人は少しずつ開けた場所へ動いていく。 何故か物質の融合に巻き込まれなかったピースキーパーはともかく、他の人間は少しでも触られたら終わる。
「さっきから臭いは感じるんだがな……」
「近くにいるのは間違いない。 しかし何故襲ってこない?」
奇襲を仕掛けておきながら立ち回りが妙だと、イヤな予感がミサゴの背中を伝う。 1人は確実に殺せた場面で、何故ワザワザこちらが逃げられるような攻め方をやったのかと。
ほんの一瞬考えた後、ミサゴは見る間に顔を青ざめさせ、反射的に駆けだした。
目的は自分達の全滅ではない。 たった一人の確保でしかないのだと。
「そこから逃げろアイオーン!」
「……えっ?」
『随分と気付くのが遅かったな。 トロすぎてこのまま帰ろうかと思ったよ』
ミサゴが刃を潰したブレードを伸ばすよりも早く、跪いたアイオーンの足下から細長い異形の存在が顕現し、その付近に転がっていたレリック共々瞬く間に絡め取る。
その動きにこの前のような遊びは一切無く、ミューテイトは即座に物体内部へ肉体を沈ませていった。
『この間の借りはこれで返した。 後は私の友人達に磨り潰されて死んでおくといい』
「……んだと!?」
ミューテイトの冷徹な宣告が響くとほぼ同じタイミングで、何の変哲も無い岩の中から大量の中型イミュニティ達が大量に沸き出し、追撃に赴かんとするミサゴの行く手を阻む。
「ふざけやがって……、ふざけやがって……!」
全てはいけ好かない化け物の手の内だった事実はミサゴの心に小さな憎悪の火を灯し、瞬く間に殺意となってその心を焼き尽くした。
自分でも理解しがたい激情が、荒れる焔の中心で共に揺らいでいたことに、今はまだ気付く由もないまま。
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