燃え広がる懐疑
突然のブラックアウトに驚いた住人達が街に溢れ、静まりかえった闇の中にざわめきが戻り始める。
企業が張り巡らせた下品なネオンの灯りどころか、小さな街灯の瞬きすら見当たらない通りには、通行人が各々持った携帯端末の光が、人魂の如く朧気に浮かんでいた。
「なんだ? 停電か?」
「それにしては規模が大きすぎるな……」
「権限持ちは都市電力管理室に連絡を取ってくれ! 居住区だけ電気通ってないのは嫌がらせかってよ!」
戸惑いの声やら品のない罵声やらで街が騒然としていく中、電気工事士らしき面々がライトを片手に大急ぎで闇の中を駆け回り、PCPDのパトカーがけたたましくサイレンを鳴らしながら、大通りを疾走していく。
「すぐに解決しますから皆さんは自宅にお帰り下さい! 治安維持のためご協力願います!」
「戻りなさい! 今すぐ建物の中へ戻りなさい!」
PCPDに配属されたての新米警官から、犯罪者滅殺と物騒な文言が書かれたパトカーを乗り回す重武装不良警官まで、緊急招集されたお巡り達は予期せぬ事態に浮き足立っていた。
人手が足りないなら至急ハイヴに協力を要請するというのが、市が打ち出している方針であるが、縄張りを荒らされているという意識があるせいでPCPDの腰は極めて重い。
既にハイヴ所属の人員が闇の中を跳梁していると勘付いていながらも、犬も食わない組織のプライドとやらが、事態の早期解決を遅らせていた。
建物の外に出ている市民を一人、また一人と警官らが屋内へ追い立てていく最中にも混乱は野火のように広まり、遂には武装したゴロツキ連中が大通りを占拠し、通りかかったパトカーへ向けて発砲を開始。
低級イミュニティならば容易く貫ける重金属弾を不意に浴びせられては、そこそこ値の張るアンプを埋めた戦闘員であっても為す術無く、瞬く間に数台もの武装パトカーが廃車となり、乗り込んでいた警官達がミンチ肉と化する。
「このチンピラがぁばっ!?」
「おい皆聞いたかチンピラだってよ! これだから小金持ちの座敷犬は救えねぇなぁ!」
爆発したパトカーから転がり出た瀕死の警官に銃弾を浴びせ、死体の山を築きながらゴロツキ共は朗らかに笑う。 そして逃げ遅れた民間人達を目ざとく見つけると、腰に吊していた拡声器に向けて怒鳴りつけるよう、一方的に宣言し始めた。
「我々は民自連に属する歩兵連隊である! パンドラシティが企てた、我らが将校を標的としたテロ行為に対する懲罰に来た! 死ねヒツジ共!」
「そ……そんな……!」
私達は関係ないと、哀れにも銃口を突きつけられた住人達は泣き叫ぶが、そんなものが外道に受け入れられるはずも無い。 即座に処刑水平射撃が放たれ、暗がりの中を数え切れないほどの銃弾が舞う。
コンクリートの柱が地面に叩き付けられた豆腐の如くグズグズに崩れ、射線に入っていた乗用車があっという間にスクラップに還る。 当然、それらより柔らかい人間の末路など語るべくもなく、人の形をした獣共は大量の血煙が立ち昇るのを期待し、狂喜の雄叫びをあげた。
――刹那、民間人とチンピラ共の間に生まれた空白地帯めがけ、蒼い炎を吹き上げる人影が降着し、搭載していたアンプを瞬間起動させた。
展開された広域ENシールドが撃ち出された重金属弾を瞬間焼却して無に帰し、宙を自在に舞うブレードが障害物や扉を切り開いて新たな逃げ道を開通させる。
「このまま逃げろ」
「あ……ありがとう……!」
黒く分厚い篭手を固く握り、白く鋭い篭手の切っ先をチンピラ共へと向ける人影は、逃げる人々の影を背中に負うと、空気が澱むような殺気を剥き出しにツカツカと歩んでいく。
「クロウラーズハイヴの芋虫階位ピルグリム。 貴様ら外道を狩る為に、望み通り来てやったぞ」
「はっ、雑魚の芋虫が! たった一匹の虫けらに何ができる!」
「……コスプレイヤーの排除くらいはできるさ」
「なっ何をぉ!?」
ナメた口を塞いでやるという罵声の代わりに、凄まじい量の重金属弾がミサゴめがけて飛ぶ。 並みのソリッドアンプであれば軽く破損に追い込める攻撃だが、ミサゴが振るうブレードはそれらを片っ端から難無く弾き返し、撃った当人らを血煙へ変えてしまった。
「アガバッ!?」
「言うはずが無いのさ、民自連に所属している兵隊がクロウラーを侮るようなことを」
アイオーンに向けていた優しげな眼差しと相反する冷徹な視線が、辛うじて生きていた兵士を名乗る反社会勢力のダニを射貫く。
未だ旧式の技術に頼らざるを得ない兵士を多く抱える民自連所属者が、質の良いアンプを埋めているクロウラーを見くびることなどありえない。 それも、組織の重役を守るために連れてこられた精鋭達ならばなおさらであった。
「昼間に市長を襲ってきたカス共の残党か。 お偉方を殺せなかったからと、今度はコスプレして紛争扇動とは舐めた真似をする」
「ふざけるな! 俺達は正真正銘の兵士なんだ! 必ず上に報告して報復を……」
「残念ながらその言い草はもう通らんよ」
追い込まれてなお所属を強弁するゴロツキ共だったが、闇の奧から新たな声が届くと、辛うじて堪えていた絶望が決壊したように表情を醜く歪ませる。
その視線の先にあったのは、磁力線めいた紋様が描かれたスーツを難無く着こなすナイスミドル。 当然、彼のことをミサゴは知っていた。
「ガウスさん? 何故貴方がここに?」
「君と同じく私はお節介でね、治安維持のためにツラを出して上げたのさ。 ……暴れたい一心でツラを出してきたアレとは決して違う」
すぐ近くで他の暴徒共をボコボコにしながら跳び回るグレートマッスルを親指で指しつつ、ガウスはもう片方の手を虚空に翳す。 すると、磁力線の結界に捕らえた不審者が影から引き摺り出され、為す術無く宙に吊し上げられた。
「見ろ。 自作自演の特ダネを撮る為に、天下のメディア様がすぐそこの物陰でお隠れになってたぞ」
「違う! 違うんだ! たまたまカメラを回してただけでメディアの人間なんかじゃ……」
「虚業で世間様から金をふんだくってるわりには、自分を生かすための嘘は実に下手だな」
引き攣った顔をして必死に弁明してみせる男だが、ポケットの中にねじ込まれていたプレス腕章を抜き出され突きつけられると、態度を一変させた。
「そ……そうだ芋虫共! 我々プレスは選ばれし存在なのだ! だからもっと丁重に扱え! でなければ世間での評判ががた落ちするぞ!」
「評判? お前、ハイヴに一体どんな人間が集まってるのか知らんのか?」
立場も分からず吐き散らすゲス野郎のツラを、ゴミを見るような目で見ながら、ガウスは一本の釘を自らの懐から抜き出し、軽く摘まんで見せる。
「いいこと教えてやろう。 情報攪乱による紛争扇動者に対し、ハイヴや民自連では略式処刑が許されている」
「へ……?」
「貴様は死ね」
「そんな! イヤだ!」
唐突に匂い始めた死の気配に怯え、思わず失禁しながら泣き叫ぶゲス野郎だが、ガウスがワザワザ温情を見せてやる義理など当然なく、紳士は意地悪く微笑みながら磁気の流れに釘を落とした。
拳銃弾の初速並みに急加速されたそれは、容赦なくゲス野郎の眉間めがけて飛び……、横から突き出された漆黒の篭手によって阻まれた。
ギィンッ!という鋭い金属音と共に跳弾し、クズ野郎の頬を切り裂いて背後の壁へと突き刺さる。
「……どうした坊や、わざわざお前さんが慈悲を垂れてやるような男でもあるまい」
「いえ、少し気になることがあったんです」
怪訝な顔をして問うガウスへ振り向きもせず返しながら、軽い殺気を醸しつつゲス野郎のそばに近づくミサゴ。 元々無愛想な顔をさらに険しく歪め、ブレードの切っ先を首元に突きつけながら問う。
「お前、ストラグルって名前に聞き覚えがあるだろう」
「……馬鹿な、どうしてただの芋虫がその名を」
黙っていればいいにも関わらず、勝手に口をすべらせた挙げ句、慌てて口を噤んでみせるも時既に遅し。 ゲス野郎の体内に仕掛けられていた死神が目を覚ます。
「イヤだやめて! 死にたくない! 死にゃ!?」
困惑から一転、死の恐怖に怯え始めた煽動者の首から上が弾け飛び、制御を失った身体がどしゃりと倒れた。 だが今回は周囲の人間に死が連鎖することは無く、民自連を名乗ったチンピラ共はまだ生きている。
「ストラグル。 眉唾物だが聞いたことがあるな、あらゆる国のあらゆる反社会的組織に金を融通し、悪化した治安で儲けを挙げるクズ共がいるとか」
「ご存じでしたか」
「あくまで都市伝説としてだがな。 そんな目立つ真似をやっておいて、実態を掴めない組織などあるはずが無いと思っていたが……」
事実は創作よりずっと奇怪なものだと、ガウスは生き残ったチンピラ共の腕を磁化させた鎖で拘束し、吊し上げる。
「何にしろコイツらはハイヴに連行する。 さぞや楽しい話を拝聴できるだろう」
「ングーッ!ングーッ!」
猿轡代わりに金具を強制的に噛まされ、自ら歯を砕きながら泣き叫ぶチンピラ共を一瞥するガウス。 その酷薄な態度の中に、何故この紳士がクロウラーに身を落としたのかを、ミサゴは何となく察しながらその背中を追おうとした。
――刹那、左眼のアンプがけたたましく警報を鳴らす。
「ガウスさん!」
「……あの無作法者共が」
ミサゴの叫びが響くと同時、二つの人影が弾かれたように跳ぶと、彼らがいた場所が突如破裂した。 その場に残されたチンピラ共は巻き込まれて即死であるが、当然被害はそれのみに留まらない。
空から飛来した何かは建物や道路を突き抜け、その下に建造された地下街にまで到達し甚大な被害をもたらす。
「これほどの威力の砲弾、グリード・ストリートの連中には調達できないだろう。 恐らく撃ってきたのは……」
「まさか……本当に……」
宙に逃れたのも束の間、眼下に広がる惨禍を見せ付けられ、ミサゴとガウスは憤りを露わに空を仰ぐ。
視線の先に在ったのは、ゲストの暗殺未遂後も不気味な沈黙を守り続けていた民自連所属の空中戦艦。
世界の安寧のためにあらゆる国々を飛び回ってきたはずの箱舟は、全身に配された砲塔を不気味にうねらせ、動き出した。
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