BREAK ONE’S FAST 断食をぶっ壊せ!

 天国のようであり、地獄のようでもある肉の海。その只中でエトは目を覚ます。

 部屋の中には布団が目一杯敷き詰められ、十二支たちがあられもない姿を晒しながら、おしくらまんじゅうをするように折り重なっては寝転がっている。


「えへへ、主様がいっぱい」

「もぅ、そんなに甘えて。しょうがないわねマスター君は」

「ふふっ、ご主人様のえっち」

「はぁはぁ、もういいですよね、マスター様」

「どうした主よ? そんなに妾の胸が気になるのか?」

「そんな、いけませんわ殿。こんな所でなんて」

「は~い旦那様ママですよ~。いっぱい飲んで大きくなりましょうね~」

「えー、またかい主殿。まー、ボクが魅力的なのは分か、ムグッ」

「コラッ、やっぱり契約者はアタシがいないとダメね」

「ふふっ、主命とあらば、どこまでも共に堕落しましょう」

「ご主人ご主人、もっとしてぇ」

「あはっ、今日こそマスターに勝っちゃいますからね」


 煩悩にまみれた寝言とインターホンの鳴る音がエトの耳をうつ。

 自身の上に寝そべり絡みつく十二支たちをどかしたエトは何も身に着けていなかった。寝巻も掛け布団も必要ないほどの熱気が部屋には満ちている。彼は風や草、鋼などの力を用いて換気と消臭を行いつつも、彼女たちを踏まないよう宙を這って移動した。


『おはよう。昨晩はよく眠れたかい?』


 訪ねてきたのはナルカミだったようだ。エトの寝ぼけた頭が扉をぶち破って来ないだろうかと想像させ、一気に目が覚めた。


「……今何時だと思ってるんだ? つーか、今何時だ?」

『六時丁度だ。おはよう』


 隣にいるらしいサイバネの声まで聞こえてきた。今ここで十二支たちが声を上げてそれを聞かれたらどうなるか。エトは即座に防音効果のある結界でインターホンと自身を包んだ。


「まだ朝じゃん。二人揃って何の用だよ? いや、後で聞く。顔とか洗って着替えるから少しホールで待っててくれ」

『了解』『承知した』

 

 二人の了承を得たエトは手早くシャワーを浴びることにした。





「待たせたな。それで一体何事だ? 謹慎関係で呼び出しでもあったのか?」

「いやいや、ただの食事のお誘いさ? ほら、約束しただろう?」

「……朝六時に?」

「朝食を馳走するためには、朝食を食べ終わる前に誘わねば意味がないと考えた」

「そもそもなんで朝食なんだ?」

「? 食事といえばまずは朝食だろう?」

「せっかくだから僕とサイバネでおすすめの朝食、昼食、夕食が食べられる店を一気に紹介しようと思ってね。あれから二人で計画を立てたんだ」

『そんな! 今日一日朝から晩まで殿にご奉仕しようと心に決めておりましたのに。こんなのあんまりです。……許せません』

『お、落ち着け』


 恨みがましそうな眼を向ける大和撫子風激重蛇娘の岩天巳がんてんみミミの言葉に、それも悪くないなと思ってしまう己の性をエトは恨めしく思った。


「……昨日の今日でよくやるな」

「我々が謹慎処分を受けてから既に二日経っているが?」

「マジで? えっ、まじかよ」


 エトにとって衝撃の事実。十二支たちと戯れていたらいつの間にか二日経っていたらしい。完全に理性を失っていた。


「一体どんな生活してたのさ?」

「いや、なんつーか寝てたっていうか、寝込んでたっていうか」

「あー、僕も昨日は反動でろくに動けなかったよ。今も筋肉痛は残ってるし」

「なるほど。こういったことは早い方が良いと考えていたが、性急に過ぎたようだ」

「一日空けたから良いんじゃない? 美味しいものを食べて回復しようって企画でもあるし」

「とりあえず、お前らの考えは分かった。でも、俺たち謹慎処分中じゃん。部屋で大人しくしてるもんじゃねえの?」

「問題ない。謹慎期間中に禁止されているのは授業への参加と演習場など一部施設の利用のみ。外出は禁止項目に記載されておらず、制限されていない」

「だってさ。サイバネって真面目過ぎて逆に頭柔らかいよね」


 暗黙の了解ってやつではないかとエトは思ったが、口に出すことはなかった。部屋に籠り切りになるとまた時間が飛びそうで怖いため、出かける用事が流れるような事態は避けたかったのだ。


「じゃあ、いいか。で、どこ行くんだ?」

「その辺りは行きながら話そうか。予約の時間もあるしね」


 ナルカミとサイバネに先導されるように寮を出ると、二頭の牛のような召喚獣に繋がれた屋形車が停車しており、年配の運転手らしき召喚士が恭しく頭を下げた。


「なんだあれ?」

「今回の予定では移動距離が長いため、僭越ながら移動手段を手配させてもらった。飛行運搬免許を持つ召喚士を雇った故、渋滞の心配もない」

「速度制限と高度制限はあるけどね」


 そう言って二人は慣れた様子で屋形車に乗り込んでいく。


「あいつら、やっぱり良いとこの坊ちゃんだったんだな」


 運転手の人から丁寧に促され、エトは恐る恐る屋形車に乗り込んだ。

 中の空間は外から見た時より明らかに広く、屋形車もまた召喚獣による産物のようだ。


「やっぱりこういう便利な空間系は貴重だよね」

「魔獣との直接的な闘いを想定すると、どうしても戦闘能力に偏りがちになる。効率を求めるならば、兵站を支えるような能力こそ数を揃えるべきなのだが」


 備え付けられた座席はいかにも高級そうで、実際に座ってみればエトはそのまま眠りたくなった。


「やばい、これ寝るわ」

「分かる分かる。昔、横になって寝たこともあったなぁ」

「到着直前には起こす。安心して眠るといい」

「……おう、悪いな」


 寝不足だったエトは返事をすると共にそのまま意識を手放した。と思えば、十分ほどで起こされた。


「ここが朝食専門店アカツキ。色んなご飯とパンのお供が食べられる店だよ」

「近いなら先に言ってくれよ」

 

 欠伸をするエトが寝ぼけ眼を店に向けると、真新しい外観と内装が見えるおしゃれな店がぼんやりと目に映った。

 パンとスープ。味噌汁とごはんの香りがしてエトの視界が鮮明になっていき、同時に体が空腹を主張する。

 朝早くに開店したばかりだというのに、店の中は開放的な空間でバイキング形式の食事を楽しむ客の姿で賑わっていた。朝食専門店と聞き、それだけでやっていけるのだろうかと思ったエトだったが、考えを改めざるを得なかった。

 尚、朝食専門店とあるがランチの時間も営業しており、テイクアウト限定でおむすびやサンドイッチも販売している。


「この店で朝食を食べるために近場の宿に宿泊する者も多いそうだ。以前より今日という日に偶然予約を入れていたのは幸運だった」

「予約いるのかよ!?」

「それだけ人気ってことさ。ちなみに今日行く店は基本的に全部予約必須だから」


 戦々恐々とするエトと他二人が案内されたのは何故か二階であった。


「ん? 二階でもやってるのか?」

「会員にはちょっと特別なサービスがあってね」


 通された広い個室の中央には大きなテーブルと三人分の椅子。そして、壁際には一階で見たバイキングのセットを一回り小さくしたものがそのままずらりと並んでいた。


「はっ? えっ?」

「ここはお忍びで来るような人向けの個室でね。謹慎中の僕たちにはぴったりでしょ」

「意味分かんねえ。分かんねえからもう食っていいか?」


 エトは考えるのを止めて空腹に身を任せることにした。


「時間は元々余裕をもって確保している。そう急ぐこともあるまい」

「純粋に腹が減ってるんだよ」

「それは失礼した。どうぞ周りを気にせず食べるといい。それがこの部屋の利点だ」


 エトは見慣れぬ品に対する説明をスタッフから聞きつつ皿に盛り、各々が思い思いの品で彩られたプレートをテーブルに並べて席に着いた。


「「「頂きます」」」


 そしてエトは驚愕した。


「なんだこの半熟卵!? 塩かけただけなのに頭とろけそうだ!」

「確かに脳みそ溶けてそうなコメントだね。この温泉卵と出汁醤油も絶品だよ。シデノトリっていう元魔獣を家畜化した品種の卵だってさ」

「バターってこんな種類あったのか!?」

「フルーツと野菜のバターだな。個人的にはブルートマトがおすすめだ。草属性の召喚士が品種改良したものが使用されているらしい」


 濃厚な卵に色取り取りのバター。風味豊かなおかず味噌の数々と季節のジャムに蜂蜜。香り高い味噌汁とスープ。ハムベーコンなどの肉から焼き魚や明太子などの魚介まで取り揃えている。そして、それらと合わせる釜で炊き上げた白米と窯で焼き上げたパンはなんとも甲乙つけがたい。

 どれも一級品だが、原材料には魔獣や召喚士に関わるものが目に付く。それだけ魔獣と召喚士が市場や文化にも影響を及ぼしていることの証左でもあった。


「お前らって朝はごはん派? パン派?」


 朝はごはんか、パンか。そんなのもうどうでもいいと思うほどにエトは両者を堪能した。

 それでもこの質問をせずにはいられない。何かと区別したがる人間の悲しき性を彼は感じた。


「圧倒的にごはん派」とナルカミは答えた。

「常であればパンの割合が多い」とサイバネは答える。

「俺は今までごはん派だったんだけど、ここのパン食べてると揺らいじゃうな。いや、ごはんも美味いけど、パンもありだなって」

「好みの問題だ。肉体への影響を無視するのであれば好きに食べればいい」

「うっ、そう言われると食いづらくなるぜ。まぁ、食うけどな!」

「気に入ってもらえたようでなによりだ」

「そういえば、この店も以前は別々の店だったらしいよ。ごはんの店とパンの店って感じで。それが店主の二人が結婚して今の形になったみたい」

「へぇ、そのおかげでこんな美味いもんが食えるんだから、二人の出会いに感謝だな」


 エトの言葉にサイバネも「同感だ」と頷く。

 その時、不意に部屋の扉がノックされた。


「失礼します。ご歓談中の所、申し訳ありませんが、少しお耳に入れたいことが」

「僕が聞こう」とナルカミが席を立って部屋を出る。


 しばらくして戻ってきたナルカミは開口一番にこう言った。

 

「食後に一働きするのはどうだい?」

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