第19話 開店準備中
いたりあ食堂ピコピコ、明日新装開店。
急に決まったオープンに向けて、俺は仕込みを始める。
「そうだ!」
メモ帳を片手にセルフレジを調べ始めたトルトが、こちらに声をかけてきた。
「きっとガルガンダ先生とパテルテが、学園中にお店の宣伝をしてると思うから。明日はきっと、学生が押し寄せるよ。みんな、新しいものが好きだからね」
「そうか。わかった、ありがとう」
学生さんに向けた、料理かぁ。
俺が学生のときに、衝撃を受けた味と言えば――ジェノベーゼと、アラビアータかな。
「よっと……久々にこの大鍋使うなぁ」
パスタを茹でるのに使っている大鍋をコンロに置き、コンロの上に設置された蛇口から水を注ぐ。
何度も使い込んだ鍋には、水を貯める高さに色の境目が出来ている。
その境界線までたっぷり水を満たして、コンロに火をつけた。
「買い出しは控えて、店にある物で仕込むとなると……」
冷蔵庫にあるのは、トマト二箱、ズッキーニ、ナス、ニンジン、セロリ、じゃがいも、キノコが色々。
常温で玉ねぎが二十キロくらい。缶詰と冷凍は、後回しにするから――
「前菜は冷製カポナータ、ポテトサラダ……あと、生ハムグリッシーニかな」
とりあえず、火を入れるのに時間のかかるものから、どんどん下ごしらえ。
じゃがいもは皮をむき、適当な大きさに切って茹で始める。
カポナータに入れる野菜は、二センチ角に切っていく。ソースになるセロリと玉ねぎは、みじん切り。
一通り切りものが終わるころ、大鍋がグラグラと沸騰してきた。
「お、沸いてきたな」
お湯の煮立った大鍋に塩を加え、たっぷり三キロのパスタを投入。
ここでは、固めに茹でる。後でパスタソースを合わせたときに、仕上げまで火を通すからだ。
長い菜箸で鍋底からパスタを持ち上げるように、混ぜながら茹でていく。
頃合いを見てパスタを一本、食べてみる。程よく芯が感じられる、茹で加減。
「うん、良い感じだな。よいしょっと」
コンロの横のシンクに大きなザルを置いて、茹で上がったパスタの湯切りをする。
湯切りをしたら、たっぷりオリーブオイルをかけ、なじませていく。
「今のうちに、カポナータをっと」
明日はサラダ替わりのカポナータだから、さっぱり甘酸っぱく作ろう。
フライパンにオリーブオイルを入れ、刻みニンニクとみじん切りにしたセロリ・玉ねぎを炒めていく。
良い感じに飴色が付いたら、他の具材も入れて揚げ焼きに。火が通ったら白ワインと砂糖を加え、アルコールを飛ばす。
カットトマト缶を入れて、一煮立ちさせたら、塩コショウで味を調えて完成。
「パスタも油、馴染んだかな」
ザルで軽く油を切って、パスタを大きなバットに広げる。
これは後で冷めたら、パスタボールを作ろう。
一人前ずつ量ってパスタボールにしておけば、ピークタイムがラクになるから。
「じゃがじゃがも……火、通ったな」
鍋の中のじゃがいもに竹串を刺すと、スッと串が通る。
お湯を切って、じゃがいもをしっかりマッシュ。
これは後で粗熱が取れたら、ハーブとヨーグルトで味付けしよう。
生ハムグリッシーニと合わせる、サワークリームみたいな味わいにしたい。
「前菜はこんなもんか。あとはアラビアータ用のトマトソースと、バジルの処理と……あ、ピザ生地も仕込まないとか……」
「店長さん!」
次に何を作ろうか考えていると、トルトが俺を呼ぶ。
仕込みに集中していて、すっかり彼のことを忘れてた。
「今、ちょっと話聞いてもらっても大丈夫?」
「ん? ああ、大丈夫だよ」
トルトに手招きされ、セルフレジの方に歩いていく。
彼は、レジのモニターを指さす。
「ここ、確認して欲しいんだけど」
「どれどれ……」
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ダンジョンマスター:天地 洋
マスターレベル:5
ダンジョンレベル:2
店名/ダンジョン名:いたりあ食堂ピコピコ
この店/ダンジョンは、ダンジョンマスターの魔力により顕現・活動する。
店内において、一切の暴力は無効化する。
店内において、ダンジョンマスター及び来客に対して悪意・敵意を持つ存在は入店が拒否される。
店内で悪意・敵意を持った場合は、強制退場となる
店内において危険行為を行った場合は、速やかに無力化される。
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「お、前に見たよりマスターレベルもダンジョンレベルも上がってるな」
「そうなの? でも、見て欲しいのはもう少し下で――」
言われるがままに、俺はモニターを下へ読み進めた。
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マスターレベルは、レシピに登録されたメニュー数及び来客数に応じて上昇する。
ダンジョンレベルは、継続年数に応じて上昇する。
→【NEW】ダンジョンレベル上昇により、通販『100円ショップ』と『基本食材』を獲得しました。
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「おお! 通販できる!? しかも百均!!」
飲食店では、色んな道具が消耗品のごとく壊れるからな。
もしも店内の物が壊れたら、どこで調達したらいいか心配してたんだ。
それにこの様子だと、ダンジョンレベルが上がると、色んなものが買えるようになるんじゃないか?
ワクワクしている俺に、横からトルトが問いかける。
「でね、このレシピの登録とか、ツウハン? って、どこで確認するかわかる?」
「え……? う―ん……ちょっと待って」
店にある市販のレシピ本も社内レシピのファイルも、特に関係無さそう。
発注に使っていたタブレットも、今は圏外で繋がらない。
他に確認する場所なんて――
≪ブブブ ブブブ≫
ポケットの中のスマホが、急にバイブした。
もしかして――
≪ダンジョンアプリ【いたピコ】 インストール完了≫
スマホのロック画面に、アプリのインストール通知が表示されている。
なんか、即興で作ったような名前のアプリだな……。
内心ぼやきながら、アプリ【いたピコ】を開く。
するとトップ画面では、先ほどのカポナータ作りの動画が再生される。
ええ!? 自動で動画で記録されるの? スゴイ!!
「たぶん、これだと思う。メニューバーに通販ってアイコンあるし」
「どれどれ。ふんふん……」
スマホのアプリ画面を、トルトに見せた。
特に説明はしなかったけど、器用にスワイプして使っている。
「レシピが精密な動く絵で再現されるのはわかったけど……ツウハンって何?」
「メール……手紙で注文した品を届けてもらう買物方法、かな。試しに注文してみるか」
俺はアプリのメニューバーから、商品を選ぶ。
基本食材はパスタの乾麺やトマト缶、調味料といったラインナップ。
百均はちょっとした調理器具から生活雑貨、食料品も含めて実店舗とほぼ同じような商品。
代金の支払いは、マジカかMPから選べるようだけど――俺の今のMPじゃ、百均のものしか買えないな。
「じゃぁ、これにするか。注文を、完了……スマホを、テーブルに置く……こうか?」
アプリの指示に従い、テーブルにスマホを置く。
するとスマホの横に円形の光が現れ、光の中から商品――ペットボトルのコーラが浮き上がってきた。
ペットボトルが完全にテーブルの上に現れると、光の円はスッと消滅して元通りのテーブルに。
どうやらこれで、完了かな?
「どうやら、こういう感じらしい」
コーラを手に取って、トルト教授に渡す。
呆然とこちらを見ていたトルト教授が、ペットボトルの冷たさにビクリと震えた。
「なっ……なっ……」
わなわなと震えながら、声が大きくなっていくトルト教授。
「なんて術なんだ――!!」
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