22話 魔物退治
第二王子アスターの立ち回りによって失ってしまったカティアの周りからの評価。
それを取り戻すべく、カティアとエルメスはユルゲンからの依頼を受けて東へと向かっていた。
行き先は、辺境にある小さな村。
その村から要請された、最近村を荒らす魔物の群れの退治を遂行するのである。
「けれど、これから向かう村ってノルキア子爵の領地ですよね? どうしてノルキア子爵がご自身で解決なさらないのでしょうか」
「さぁ……普通に考えるなら子爵の実力で処理できないレベルの魔物だってことだけれど……」
もうすぐ二人を乗せた馬車が件の村に着く。今回の依頼の背景を話そうとしたエルメスとカティアだったが、そこで。
「きゃあああああああああ!」
甲高い少女の悲鳴が聞こえた。
瞬時に馬車から顔を出し、声の元を確認。
するとそこには、魔物らしき複数の黒い影に追いかけられる10歳ほどの少女の姿が。
「ッ、エル!」
「了解、止めます。カティア様はその間に詠唱の準備を」
間違いなく、あの黒い影たちが今回の依頼で討伐対象となっている魔物だろう。
二人が同時に馬車から飛び出す。エルメスは強化汎用魔法で身体能力を強化し、一足飛びでまず襲われている少女の元に。
間一髪、少女を抱きすくめて魔物の襲撃から救出。それから同じく強化汎用魔法による結界を起動。
その結界で進行を止めたことで、ようやく魔物の全貌が露わになった。
「なるほど、ハウンドか」
ハウンド。凶暴な顔と通常より一回り小さくなった狼のような体躯を持つ魔物だ。
その大きな特徴は二つ。群れることと、恐ろしく慎重なこと。
非常に統率の取れた行動を行い、けれどその数を極力減らさないよう集団的な狩りを行うことから、数が増えれば増えるほど厄介になる魔物。
恐ろしくはあるが、その慎重さ故に無茶な行動はしないためこれまで村も滅ぼされずに済んだのだろう。
「え、えっと……っ!」
「ごめんね、もう少しだけ我慢して」
腕の中からエルメスを見上げ、直後に結界を突き破ろうとするハウンドたちを見て小さく悲鳴をあげる少女。
彼はその子の頭を安心させるように撫でて告げる。
「伏せていて。大丈夫、あの魔物は──僕のご主人様が倒してくれるから」
直後。
「血統魔法──『
後方からカティアの声。詠唱の済んだ血統魔法が発動し、霊塊が次々と魔物たちに襲いかかる。
カティアの血統魔法は、術者の感情に大きく左右されるもの。
今まではそれをわかっていなかった故に上手く扱えなかったが、エルメスの指導で使用時のメンタルコントロールを改善することでその欠点は今まで以上に克服しつつある。
おそらく現在の威力は、伯爵家クラスの上位にも引けを取らないほどだろう。
ハウンドたちに魔法が直撃し、断末魔の悲鳴が響き渡る。
しかし、流石というべきか何匹かは直撃を避け、ダメージを負いつつも即座に撤退しようとしていた。
──だが、逃すつもりはない。それらを仕留めるのは自分の仕事だ。
「エル! 残りはお願い!」
カティアの声が響いてくる。それに合わせてエルメスは強化汎用魔法を起動しようとし。
「……いや、せっかくだ。試してみよう」
少し、悪戯げな笑みを浮かべて手元の文字盤、『
息を吸って、告げた。
「【終末前夜に安寧を謳え 最早此処に夜明けは来ない 救いの御世は
術式再演──『
「!」
後ろでカティアが息を呑んだ。
その前で、エルメスがまさしく先ほどの光景を再現するかのように霊塊を撃ち放つ。
狙い違わずそれらは逃げるハウンドたちに当たり、今度こそ止めを刺しきった。
「……んー、やっぱりまだ本家と比べると威力が心許ないな」
その感触を確かめるように掌を見つめてエルメスが呟く。
以前より続けている、カティアの血統魔法の解析。その成果は徐々に上がってきており、今ではこのように不完全ながら魔法を起動することもできるようになってきていた。
だが、やはりまだ不完全だ。術式の再現度が足りないのか、或いは──
「そもそも。死者の未練を媒体に召喚し、それを魔力塊に変換する……
これまでの研究で浮かび上がってきた違和感。それが形になりそうな呟きをしたところで。
「エル、こんな時まで魔法研究かしら」
呆れたような表情で、カティアが駆け寄ってきた。
「熱心なのはありがたいけれど、今は任務中よ。敵を倒すことを最優先に。……いやまあ、ちゃんと倒したから文句はないんだけど」
「申し訳ございません、実戦で試すチャンスだと思ったもので」
律儀な彼女の言葉に苦笑を返す。
そして、同時にがさりと背後で茂みが動く音。
目を向けると森の中には、先ほどの数倍するハウンドの群れ。警戒するような、けれど確かな敵意をこちらに向けてきていた。
「……あー、さっきので目をつけられたかしら」
「ですね、でも好都合です。ハウンドは臆病な魔物なので、こちらと戦う気がまだある今がチャンスかと」
「そうね。下手に逃げに徹されても厄介だし、今のうちに倒し切ってしまった方がいいかしら。でも問題は……」
と、カティアがエルメスの腕の中の少女に目を向ける。
今戦うとなると、この子を避難させている暇はない。今まさにこの子を襲おうとしていた魔物を前にそれは──と、思ったが。
「す、すごい……!」
予想とは裏腹に、少女は目を輝かせてこちらを見てきていた。
「……どうやら、カティア様の魔法のファンになって下さったみたいですよ」
「か、からかわないで。あなたもでしょう。けど、これなら大丈夫そうかしら」
「そうですね。──君、悪いけれど僕に掴まっていてくれる? 今から僕たちはこの魔物を倒すから」
「う、うん!」
あの魔法がまた見られる、と言わんばかりにぶんぶんと少女は首を縦に振る。
そこでまた苦笑を返して、彼らは襲いくるハウンドたちに向けて魔法を起動し。
程なくして、魔物は全滅した。
この村を苦しめる魔物の討伐。その任務を奇しくも、村に入る前に達成した形になってしまったのだった。
◆
「本当にありがとうございます!」
遅ればせながら村に入ったエルメスたち。
そこの村長宅で報告と確認をしたところ、やはりあのハウンドたちが討伐を依頼されていた魔物だったらしい。
「リナも助けていただいて、本当になんとお礼をしたら良いのか……!」
そして一緒に深々と頭を下げる先ほどの少女。どうやら彼女は村長の孫娘だったようだ。
「このお兄ちゃんとお姉ちゃんね、すごかったんだよ! むずかしい言葉を言ったらね、紫色の光がどばーって!」
当の彼女は未だ見せられた戦いの興奮が収まらないらしく、しきりに村長に向けて戦いの光景を身振り手振りで説明していた。
その姿は大変微笑ましいものだったのだが……一方のカティアはそれを気にせず、難しい顔で村長にあることを問いかけた。
「……一ついいかしら、村長さん」
「はい! なんでしょう?」
「知っていると思うけれど、この村はノルキア子爵の領地にあるわ。当然最初はあなたもノルキア子爵に救援を求めたわね」
「え、ええ。けれど今回は代わりに公爵家のあなた様がたが……」
「どうしてそうなったか、知っているかしら?」
確かに先ほど討伐したハウンドは厄介な魔物だ。数もそれなりに多かった。
けれど……血統魔法の使い手ならば決して討伐できないレベルの魔物ではないはずなのだ。
つまり、最初にカティアが話した子爵の手に余る魔物だから公爵家に回したわけではない。
ならば、なぜ。その問いに、村長が辛そうな顔で回答する。
「それなのですが……実は、当初は子爵様がお忙しい間を縫って救援を下さる予定だったのです」
「!? じゃあなんで……」
「一週間前に来てくださるとお聞きしておりました。ですがその前日に届いた手紙が……ああ、丁度これです」
村長が棚から出したそれを、カティアと共に見やる。
そこに書かれている内容は簡潔なものだ。『王都での急用ができたから、救援は寄越せない。今しばらく自分たちで対策しろ』。
しかし。
「──ッ!」
「ああ、そういうことか」
同時に気付く。
一週間前。それは丁度──カティアの功績を祝うパーティーが開かれていた時だ。
「……確か、出席されていましたね。ノルキア子爵もあのパーティーに」
どころか、エルメスの記憶が確かなら──最もあの時カティアに積極的に縁談を仕掛けてきた貴族の一人だったはずだ。
つまり、子爵はこう考えていたわけだ。
『辺境の村一つ救うことより、名家との繋がりの方がずっと大事だ』と。
その思考のせいで、この村はかなりの危機に晒され。今まさに一人の命が奪われようとしていたのだ。
自分たちで魔物の襲撃を防ぐのに、相当の労力を費やしたのだろう。先ほど見た村の人間は皆どことなく憔悴しているようにも見えた。
「民を守ることが、貴族の本領でしょう。なのに──ッ!!」
同じ結論に辿り着いたカティアが激昂を露わにする。
エルメスが肩に手を置いて嗜めると、多少は落ち着いたのか一つ息を吐いて。
「……申し訳ない、取り乱したわ」
「い、いえ……」
「これまで大変だったでしょう、よく耐えてくれたわね。そして……これからはもうこんなことが起きないようにするわ、必ず」
「そうですね。流石にこの件は公爵様に報告すべきでしょう。公爵様です、それくらいは見越しているでしょうが」
「ええ。だから……もし同じことが起きそうなら、今度は真っ先にトラーキアに助けを求めなさい。絶対に、見捨てないから」
目をまっすぐ見ての、カティアの迷いない宣言。
それを見て、村長は今まで張り詰めたものが切れたように、大粒の涙を流し。
「…………ありがとう……ございます……っ!」
崩れ落ちながら、そう喜びの声を上げる。
エルメスとカティアがユルゲンから受けた、最初の依頼。
それはこの国の矛盾を浮き彫りにしつつも、成功と信頼を得て終了したのだった。
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