第4話「ヒーローごっこ」

1




 朝6時28分の〇〇競技場。


 「おっはよぉー」


 「うるせぇ」


 あたしと朝、妃夜と茜の四人が揃った。 


 夏休みが始まって、少し経った頃。久しぶりにみんな集まったので、あたし主催のランニング大会をすることとなった。 


 一昨日、妃夜に言ってしまった余計な一言の気まずさを抱えながらも、何とか合宿帰りの今に全てを賭けた。


 あたしたち、三人はランニングウェアだったが、妃夜は体操服のジャージという内容だった。


 「なんで、茜まで?」


 「ヒマだったでしょ?」


 「だからって・・・」


 あたしは早朝だろうといつも、こんな感じだ。 


 しかし、茜と妃夜のテンションはいつになく、低そうに見えた。 


 その空気を入れ替える為にあたしは息を吸い込み、大声で話し始めた。


 「今日は、これから、この辺りを走り込みします!」


 「妃夜も、来てくれて、ありがとう」


 「う・・・うん・・・」


 「とりあえず、柔軟とストレッチ!それから、走り込み!想定距離は10」


 バスンと鈍い音で、あたしを突っ込んで来たのは、朝だった。 「死ぬぞ、いきなり、それは」


 「いてて、10メートルって、ボケをかまそうと」


 「嘘をつくな」


 「えへへへ」 


 あたしは何とか、この空気を晴らしてくれると思ったが、空振りだった。


 「それで、何キロ走るの?茜、走り込みキライだから、お手柔らかに」


 「バスケ部は5キロ、メガネは2キロ位でいいんじゃね?」


 「何なん、嫌がらせ?茜、悪いことした、あんたに?」


 名前は覚えられないくせに、朝はプロ意識が高く、体への向き合い方が許せないらしい。


 「朝!羽月だよ、羽月!それと茜!」 


 「バスケ部、ポジションどこ?」


 「無視するな」


 「ポイントガード志望の補欠」


 「だろうな」 


 朝は顔色を変えず、言葉を伝えた。


 「あんだとぉぉぉ!」


 「まぁまぁまぁ」 


 あたしは珍しく、ブチ切れる茜を静止した。


 「爪の手入れはいいけど、あんた、足回りがきつい。バスケは瞬発力もだけど、それ以前だな」


 朝の何気ない言動で、空気がどんどん悪くなるように思えた。 


 妃夜は、頭が回っていないので、ツッコミする気も無さそうだ。


 「とりあえず、そういう話はやめて、今は柔軟からしよう!おー!」


 あたしは柔軟をやろうと提案して、少しでも、この空気を換えようと努力した。 誰一人、おーとは言わなかったけど。


 「メガネ」


 「はい」


 「聞き返すなよ」 


 頭が回ってない朝の適当な発言にあたしはツッコミを入れた。


 「あんたは、どう考えても、モヤシだから、無茶すんな。止まってもいいから、走り切ることだけを考えろ」


 「まだ、何も始まってないけどね」


 「あ、はい」


 意外と相性がいいのか、それとも適当に誤魔化しているのか。 あたしは2人の会話を静観した。


 「それよりも、柔軟、柔軟!朝は妃夜の柔軟、宜しく!あたしは茜としようね!」



 2人から、離れ、あたしと茜は2人で柔軟を始めた。



 「もしかして、茜。羽月さんとあいつを仲良くさせる為の出汁?」


 「そうだけど?」


 「あっさり、認めるなよ!あー、来るんじゃなかった!」


 「そー言うなよぉー。走り終わったら、解散だからぁ」


 「本当に?」


 「ほんと!」


 「だったら、いいけど」


 茜は何とか、受け入れてくれたようだが、きっと、誤解してるんだろうなと考えていた。


 「いいの、羽月さんの隣に居なくて」

 「あたし1人じゃ、どうにもならないこともあるからさ。それに独占はよくないし」


 「あっ、そうですか」 


 茜の口調は何処か、呆れて物が言えないように聞こえた。


2


10分かけて、ストレッチを行い、あたしたちはスタートラインに立った。


「じゃあ、妃夜と朝は2キロ、茜とあたしで、3キロになりました。もう少しだけ、走れそうなら、止めるけど、競技会じゃないし、ゆっくりやろう!」


 ストレッチ前より、妃夜と茜はしんどそうな表情をしていた。  「そういうことで、併走しながらで頑張ろう!朝、妃夜を宜しくね」


 「うい」


 あたしのどん!の合図と共に、ゆるーい感じだが、あたしたちは走り始めた。


 あたしと茜が先導する形で、走り始め、妃夜と朝の2人が、後続をついていく形だ。


 頭も視界もクリアだ。今日も絶好調。流石、このあたしと意気揚々と走っていた・・・。 つもりだった。


 少し右脚が重い、ここ数日は合宿の疲れが来ているようだ。 やっぱり、今日は休むべきだったかな?そんなことをしたら、妃夜とは向き合えないだろうな。 


 とにかく、あたしは最低限の動きで走り続けた。 


 本当は妃夜も一緒に走れたらなぁ。ぞれじゃあ、朝と仲良くなれないし、本当のヒーローになる為には、あたしだけでは限界がある。 


 何より、妃夜の成長に繋がらない。だからこそ、あたしは一歩一歩、足を進めていく。 


 あー、考えるのが、鬱陶しい。


 「晴那!ペース落とせ~!」


 「えっ?」


  あたしは脚をいきなり止めた。


 「な、何?」 


 併走していたはずの茜は完全にヘロヘロの状態だった。


 「あ、あんた、なに、ガチではしってんの・・・はぁはぁはぁ」


 「そ、そんなつもりは・・・」 


 手元のランニングウォッチを確認すると距離は3キロ走っていたが、問題は10分も経過していたことだ。 


 ゆっくりのペースで走るつもりが、朱音のことを考えずに、いつもの練習位のペースで走っていたのだった。


 「・・・あっ」


 「あっじゃねぇんだよ・・・はぁはぁはぁ」


 「あれ、妃夜と朝は?はぁはぁはぁ・・・」


 「し、知るか、バカせな!」


 「ちょっと、戻って来る」


 「ま、待て!バカせな!」 


 茜はあたしの腕を掴んで来た。


 「な、なんでそこまで拘る。皆を信じるんじゃなかったのか!」


 「そ、そうだけど・・・」 


 茜の正論にあたしは言葉に詰まった。


 「羽月さんのことが好きなら、そう言えよ!それで片付くだろうが!」 


 周囲を気にせず、茜はハイになっていた為、大声で叫んでいた。


 「あたしは決めたんだ。妃夜のヒーローになりたいって」


 「ヒーロー?」


 「それにあたし、妃夜とキスもしたくないからさ」


 「いや、其処までアタシ聴いてない・・・」


 その隙にあたしは持てる限りの力を使い、猛ダッシュで走り始めた。


 「あっ・・・バカせなぁぁぁぁぁぁ!」


 あたしは疾風のように、妃夜と朝の下へと駆け出して行った。


3

 ようやく、視界に妃夜と朝が視界に入り、あたしはいつも以上に大声を出していた。


 「ひぃぃぃぃぃぃぃよぉぉぉぉぉぉぉ!」 


 止められない猛スピードで、突っ込んでいくと目の前の朝があたしを両手で受け止めて来た。


 「落ち着け、ゴリラ。森に帰れ」 


 物凄い指の力であたしを完全に動けなくする朝の腕力。 そのおかげで何とか、あたしは自らを制御出来た。


 「ゴリラじゃないし、それやめろ」


 「あははは・・・」


 ようやく、落ち着きを取り戻したあたしは妃夜に話しかけた。


 「妃夜、無事?ごめん、走ってるとゾーンに突入しててさ」


 「ぶ、無事。朝さんが私に水ぶっかけてくれた」


 あたしは無意識にメンチ切っていた。


 「それ以外に、止める方法ある?」


 「そうだけど、やり方あんだろうが!」


 「それより、宮本さんは?」


 「あっ・・・」


 「せぇぇぇぇなぁぁぁぁぁぁぁ!」 


 屍のような表情の茜にあたしの背筋は凍った。


 「やっべ、逃っげろぉぉぉぉぉぉ!」 


 しかし、あたしの動きを封じるように、朝はあたしを捕らえたままだった。


 「放せぇぇぇ!」


 「やれ、バスケ」


 「バスケ言うなぁぁぁぁ!」 


 血走った眼で突っ込む茜の姿は本気でキレているように見えた。


 「や、軽い冗談で、冗談で、って、ぎゃああああ」 


 茜のグーパンは、あたしの鳩尾めがけて飛んできたが。 


 しかし、喧嘩慣れしてない茜の拳より、あたしの腹筋の方が強かったらしく、茜の拳ははじき返されたように見えた。


 「いてぇぇぇぇ!」 


 茜は大声で叫び散らかし、一人うずくまっていた。


 「あははは」 


 妃夜は独り、あたし達の茶番を嘲笑していた。


4

 「妃夜、服交換しなきゃ。びっしょびしょじゃん」


 クールダウン中、あたしは彼女に尤もらしい言葉を掛けた。


 「いや、早く帰れば」


 「早く帰りたい・・・」 


 妃夜と茜は同じ気持ちだったようだ。


 「アタシも帰りたい・・・。早く寝たい・・・」


 「そうだ!皆、うちに帰ろう!ご飯食べようぜ!」 


 あたしはハイになり、勢いで言いたいことをぶちまけていた。


 「はぁ~?茜、聴いてないんだけど?」


 「そりゃそうだよ。今決めたから」


 「あ~か~つ~きぃぃぃぃぃ」 


 茜の反応はまともだった。 あのこともあったので、過剰な反応だったが、正論なので仕方ない。


 「皆、汗かいたからね。早く帰って、美味しい物食べて、鍛え上げないとね」


 「誰の所為で、4キロも走ったと思ってんだよ」


 「バスケはもう少し体絞れ」


 「うっせぇ。茜だって、頑張るし!」

 朝は俯いていた。無理もない。昨日も結構、走ってたからな。


 「さぁ、にーちゃんに連絡するから、みんなであたしんち集合!おー!」


 「なんで、暁だけ、こんなにハイテンションなの?」


 「考えちゃだめだよ、羽月さん。コイツ、陸上バカだから」


 あたしたちは自転車に乗り、暁家に向かった。 


 その道中、茜はぐちぐちぼやいていたが、聞き取れなかった。 


 まだ、にーちゃんのこと、根に持ってるのかな?


 そうこうしているうちに、あたしの家に到着した。


 「たっだいまぁぁぁ!」


 「お邪魔します」 

 あたしは靴を脱ぎ、それに続くように皆も靴を脱ぎ始め、ちゃんと並べて、上に上がろうとしていた。


 「2度と晴那は殴らん、何なんだ、あの腹筋」


 「今日は随分、大所帯だな。ご飯出来てるよ」 


 その声は紛れもなく、ジャージ姿のにーちゃんだった。


 「ありがとー、食べよ食べよ」


 「あっ、茜帰る!かえら・・・」


 あたしは茜の腕を握っていた。


 「今日は何も無かったよね?」 


 あたしは茜を引き留めた。


 「あ、は、はははい」 


 茜もすぐに堪忍したようで、あたしはすぐに手を放した。


 「よぉし、その前に妃夜はあたしの部屋に集合!着替え着替え!」


 「アタシはシャワー借りるぞ」


 「好きにして」


 「シャワーって、服は?」


 妃夜の素直な疑問に、あたしは答えることにした。


 「あいつ、いつも泊ってるから、服も置いてあんの。変だよねぇ」


 朝は相当、堪えている様子だったので、それ以上、言葉を漏らすことは無かった。


 「茜も、シャワー浴びる?」


 「朝とだけは、絶対イヤ!部屋で待ってるし」


 「じゃあ、妃夜はその後・・・」


 妃夜は即座に、あたしの部屋に向かっていた。


 「もぉ~、冗談だってばぁ~」

 あたしは部屋の扉を開け、閉じこもろうとしたが、あたしの部屋には鍵が無いことを彼女は知らなかった。


 「入るよぉ」


 「あんたの部屋でしょ」


 「えっへへへ」


 ガチャンと扉を閉め、あたしと妃夜は二人っきりになっていた。


 「久しぶりだね」


 「服脱いでいい?ベタベタで、困る」


 「あたし、後ろ向いてようか?」


 「助かる」


 妃夜は独り、服を脱ぎ始めた。 すぐさま、あたしは棚から、体操服を取り出した。


 「ごめん、無理。あたしの体操服で我慢して。ちょっと臭いかもだけど」

 あたしは一度振り向き、棚から取り出した体操服を、私に投げつけて来た。 


 妃夜は体操服を取り出し、その隙にあたしは彼女の体を凝視した。


 「ありがとう。って、普通に凝視しないでよ」


 「今考えたら、全裸じゃないじゃんって、考えてさ。オンナ同士なんだから、いいじゃんってわけ!」


 「そうだけど、何か、エロオヤジみたいで嫌」


 「えぇ~、まだ13なのに・・・ぐすん」 


 妃夜は時折、酷いことを言う。ちょっと、傷ついた。


 「とりあえず、これで」


 彼女が食堂に向かおうと部屋を出ようとした時、あたしはドアノブを遮った。


 「何するの?洗濯してくれるんじゃ・・・」


 「久しぶりなのに、何でそんなに素っ気ないの?」


 妃夜の顔はとても嫌そうに見えた。


 「走ったら、解散だったと思うんだけど」


 「いいじゃん、みんなでご飯食べたいじゃん!」


 「部屋から出して」


 「出すよ、ただ」


 この言葉だけは、絶対に言わなくてはと思った。


 「朝って、言えたじゃん。良かったね」


 彼女の頭がカーッと熱くなる所はとても愛おしく思えた。


 「それだけの為に、こんな茶番を?」


 「そうだけど?」


 「うっざ」 


 久々のうっざは力なく聞こえたのは、それが本心ではないと言うことだろうか。


 「楽しかったでしょ?」


 「走るなんて、当面は嫌よ。あんたらと一緒にしないで」


 「えぇ~、でも、当面なんだね」


 「かっ」 

 揚げ足を取られ、妃夜は言葉に詰まっていた。


 「いやぁ、めでたしめでたしだね」


 「全然、めでたくない。いいでしょ、もう、部屋出ても」


 「待って」


 「次は何?」


 今日のあたしは必要以上にハイテンションで情緒も不安定だった。


 「聴きたくないこと聴いて、ごめんね」 

 本当に言いたかった言葉はこれしかなかった。


 「暁の言う通りだった。今も脚は重いし、脇腹は痛いけど、たまには悪くないね。走るのも」


 妃夜の素直な感想にあたしはドアノブから、手を放した。


 「だから、ありがとう。すっきりした。だから、泣かないで」 


 妃夜がドアノブに手を触れようとした時、あたしは思わぬ言葉を口にしようとしていた。


 「妃夜、あたし、実はキミに言ってないことが・・・」


 「やめて」


 「妃夜?」


 「気を遣わないって、言ったでしょ。もしも、そんなに気を遣うなら、私、あんたと友達やめるから」 


 あたしは本気だった。こうでもしないとキミと対等になれない。 しかし、キミはそれを受け入れることは無かった。


 「そうだけど、そうかもしれないけど」


 「朝さんに言われたの。もう少し、楽に生きなよって。それはあなたもでしょ?言いたくないことは言わなくていいよ。それに」 


 あいつ、何であたしにはそれを言ってくれないんだよ。


 「それに?」 


 あたしは神妙な面持ちでキミミを見つめていた。


 「私は今、お腹が空いているの。今はベーコンエッグが食べたいの」


 「なんだそれ」 


 あたしは自身を誤魔化し、いつもの暁晴那を取り戻した。


 「それでいいよ。暁は笑ってるのが、一番」


 「晴那、羽月さん、飯出来てるぞ、早く来い」


 「はぁーい、今行きます」

 にーちゃんの声を聴き、妃夜はすぐに食堂に歩を進めた。 


 あたしも追いかけるように、キミの後を追った。


 「そういえば、私のこと、キミって・・・」


 「何でもない!忘れて!」


 隠れていうつもりだったキミがバレて、あたしの顔は紅潮していた。


 「あたしがベーコンエッグ作るからさ!ひ み つ!」 


 妃夜と微笑みながら、あたしと一緒に食堂へと向かった。


それから、朝食を食べた後、妃夜は気まずそうに帰っていった。 


 夏祭りの話もしないまま、彼女はあたしの体操服と共に家を去った。 


 あたしは茜と風呂に入り、その後は2人、いっしょにベッドでぐっすり寝ていた気がする。


 気付くと昼過ぎだった。 


 PM15:39

 「晴那、晴那、ゴリラ、起きろ」


 「ん?なに?」 


 目の前には、仏頂面の朝があたしのベッドで仁王立ちしていた。


 「なに、なに?」


 「バスケも起きろ」


 「あぁっ、いいじゃん、寝させてよ」 


 茜はあたしの首筋に抱き着いていた。


 「何の用?朝?」


 「ひよの体操服が乾燥したから」 


 朝は妃夜の体操服をあたしに投げつけて来た。 


 香って来た柔軟剤の香りにあたしは一気に眼が冴えて来た。


 「何なんだよぉ!人がゆっくり寝てるのに、こんな、しかも、何で呼び捨て?お前、何なん?マジで!」


 「晴那、うっさい」


 「名前なんて、どうでもいいだろ」 


 朝の表情は読みづらい。珍しく、あたし以外の同級生をちゃんと名前で呼ぶのも、珍しい彼女が、名前を呼ぶ位だ。 


 「妃夜とは仲良くなれた?」


 「別に。あいつもお前も難儀だなと思っただけ」


 「それ、どういう意味?」


 「洗濯物畳んでくる。後は風呂掃除と飯位は作ってやるよ」


 「何で、人んち、謳歌してんだよ」


 「届けに行けよ、体操着」 


 朝はあたしの部屋から、姿を消した。


 「何なん、あいつ」


 あたしは茜を起こし、部屋に降りて、妃夜の家に行くことにした。 


 玄関先で靴に履き替えようとした時だった。


 「あたし、妃夜の家知らない」


 「オイッ!それどうすんだよ!」


 「どうしよう、そうだ。加納さんに連絡しよう!」


 「いや、羽月さんに聴けよ」


 「それもそうだけど、それは最終手段。それに驚かせたいし」


 「いや、引くだろ、それ」


 「それなら、俺知ってるけど」


 玄関先から現れたのは、他でもないにーちゃんだった。


 「気持ち悪。あたしも知らないのに」


 「あの子のお姉さんと同級生なの。一度、プリント届けたんだよ」 


 にーちゃんからの衝撃発言にあたしは凍り付いた。


 「えっ、何その話?聴いてないんだけど・・・」  


「聴かれてないからね」 


 淡々としていて、冷静さを欠くことなく、話し続けるにーちゃんはとても、高校一年生とは思えない貫禄だった。


 「どういう関係なんですか、お兄さんと・・・」 


 それまで、黙っていた茜がいきなり、話し始めた。 照れることもなく、にーちゃんは話を続けた。


 「勘違いしないで聴いて欲しい。そういう関係じゃないけど、色々あるからさ。分かってくれるか、晴那」


 「それでも、何で言ってくれなかったんだよ」


 「確証が持てなかっただけだよ。それにお前には関係ない話だ」 


にーちゃんは最後まで冷静だった。 


 その後に、にーちゃんは住所と行き方を教えて貰い、自転車で妃夜の家に向かうことにした。

6


 妃夜の家は予想以上に遠いわけでは無かった。 


 一応、メッセージアプリに連絡はしといたが、既読はつかなかった。


 その道中、あたしと茜は自転車での移動中、妃夜について、話していた。


 「やっぱり、羽月さんち、虐待されてんのかな」


 「それは無いと思うよ」


 「そんなに分かんないじゃん。お兄さんだって、その羽月さんのお姉さんのこと、心配してたみたいだし。こういうのって、家庭で何かあったとしか」


 「それでも、あたしが見た妃夜のお母さんはそんな人じゃなかった。それに、いつも、あたしのわがままをちゃんと聞いてくれるし、もしも、虐待されてるなら、体に傷があるし、そういうの無かったし」


 「いや、最近はそういうのバレないようにするために、体を傷つけない方法もあるし、そう言って、隠しているみたいなのもあるし。家のことなんて、立ち入る方がヤバいって、話でさ」


 茜の言いたいことが、分からないわけでは無い。 


 だけど、あたしは自分で見た物を信じたかった。


 「もう、ヒーローごっこはやめなよ、晴那。本当にそういうことがしたいなら、あたし達には限界があるって」


 ヒーローごっこ。 


 彼女の言葉は正しい。あたしのやっていることは何処まで行っても、偽善だ。これ以上、羽月家の闇に踏み込むことが、危険と茜自身、本能で分かっているのだろう。


 「あたしはもう、後悔したくないだけ。自分勝手なわがままだから」


 「もしかして、茜も知らない隠し事があるの?」 


 茜の本音を突いた言葉にあたしは・・・。


 「今は言えない。あたし1人の一存では言えない」


 「もしかして、あの・・・。ううん、もう聞かない」 


 その後、茜とあたしは少しばかりの沈黙が続いた。 


 皆を信じるとは言ったし、茜は妃夜と仲良くなりたいと心から思っている。 


 話してもいいと思うが、それを妃夜が受け入れるかどうか、何より、勝手に話を進めるのは、後味が悪いように思えた。


 家に到着し、あたしたちはその家の広大さに背筋が凍った。 由緒正しい洋風建築の豪邸だった。


 「この辺り、高級住宅街なのは分かってたけど、羽月さんちって、凄い家の娘さんだったんだ」


 あたしはピンポンを押した。 


 少し間が空いたものの、凄い勢いで走り出して来た眼鏡を掛けてないパジャマの妃夜が現れた。


 「お邪魔します」


 「ど、どうも・・・」 


 さっきの話もあったし、他人の況してや豪邸で委縮しない訳もなく。 気まずそうなあたし達を背に妃夜は怪訝そうな声で話し始めた。


 「なんで?」


 「いや、体操服返しに」


 「どんな家か、気になって」


 「あっ、洗濯したままだった。ごめん、ずっと、寝てて」 

 どうやら、相当寝ぼけているようで、いつになく、会話にまとまりがない。


 「いいって。こっちは好きで来たんだから」 


 あたしは妃夜の体操服を渡した。


 「どうも」 

 短い言葉で受け取り、妃夜が扉を締めようとした時だった。


 「何で、閉めようとすんのさ」 


 あたしのツッコミに、妃夜は扉を再び開けた。


 「晴那、近所迷惑だろうが」 


 茜はあたしを静止した。


 「ごめん、つい」


 「それに、お邪魔しますじゃねぇだろ」


 「そうだけど」


 「ごめん、今日はありがとう。2人とも、わざわざ来てくれて」 


 妃夜の素っ気ない対応に、つい魔が差したあたしは腹を括って、あの話題に触れようと思った。


 「夏祭り、2人で出かけない。やっぱり?」


 妃夜は狼狽しながらも、あたしに話しかけて来た。


 「それを言う為に?」


 「言ったでしょ。あたしは直接じゃないと話し出来ないって」


 「いや、それは・・・」


 「返事待ってるから。じゃあね!」 


 あたしはこれ以上は迷惑と思い、走って、その場を後にした。


 「おい、晴那」  


 どうにも、豪邸というのが、性に合わなかったのとあのにーちゃんの言葉が頭から離れなかった。 


 どうやら、茜と妃夜が何かを話し込んでいたが、あたしには聞き取れなかった。


 戻って来た時の茜の表情は何処か、哀れみを帯びているように見えた。


 「何話してたの?」


 「ひみつ。じゃあ、ここで解散ね」


 「いや、ウチで夕食でしょ?」


 「もう、勘弁してよぉ。って言うか、詮索しないんだね。さっき、羽月さんと何してたかとか」


 「聴いて欲しいの?」 


 あたしの言葉に茜は少し下を向いていた。


 「言わない。じゃあね」


 茜は自転車を漕いで、一人自分の家に帰っていった。


 「あたしも帰るか」


 その時だった。 あたしのスマホに電話が掛かって来た。 


 その相手は紛れもない妃夜だった。


 「もしもし・・・。どうしたん、妃夜?」


 「暁、一緒に夏祭り行こう。2人だけで」


 「ん?今何て?」


 「二度は言わない。日付はまた教えて。じゃあね」  


 すぐに電話は切れた。 


 あたしの頬は緩んでいた。 


 一体、茜がどんな魔法をかけたか、あたしには分からない。 


 もっと、みんなを信じてもいいのかな? 


 今はただ、気楽にキミと一緒に居られるなら、それで良い。

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