第3話ー④「ヒーロー」
テストが終わったその日の昼の放課後。あたしは石倉先生に職員室に呼ばれた。 折角、羽月に挨拶しようとしていたのに。
「暁、凄いな。君はやればできる子と思ってたけど、まさか、ここまでやるなんて、小松先生も驚いていたよ」
「それはどうも」
やはり、議題はテストのことだった。早く、部活に向かいたいのに。
「小松先生や皆も言ってたぞ。ズルしたんじゃないかって。けど、アタシは生徒を最後まで信じますって、言い切ったのさ。すると」
「あのー、練習に行きたいんですけど」
「ちょい待ち。本題はこれじゃない。君、羽月と何かあった?」
石倉先生の言葉にあたしの胸は一瞬、心臓をギュッと掴まれた感覚に陥った。
「な、何にも無いわけじゃないですけど、先生には関係ありません」
「そっかぁ。もしかして、それが原因でテスト頑張ろうって、思ったの?」
「だったら、何なんですか?それとこれとが、何の関係が」
「君って、何て言うか、不器用だよね」
「知ってます。それが何だっていうんですか?」
部活に行きたい衝動と本心を憑かれた動揺で、あたしはいつになく、気持ちが乱れていた。
「悪いことじゃあないぜ。悪いとは言ってない。ただ、よく頑張ったと思ってさ」
いきなりの飴にあたしは言葉が出なかった。
「まっ、二学期ダメだったら、何の意味も無いし、これから良い点取り続けてないとダメだけどねぇ。いひひひひひ~」
「チッ。部活行きます」
ナチュラルに舌打ちが出てしまった。痛い所を突かれて、あたしはいつになく、不機嫌になっていた。
「なぁ、暁。あれから、羽月と会話したか?」
後ろを振り向き、あたしはどうにも言葉が出てこなかった。
「別に否定してるわけじゃないんだ。友達だから、ベタベタしてるから、友達じゃないし、離れてても、友達だと思うんだ」
急がなきゃいけないはずなのに、どうしても、先生の言葉に耳を傾けてしまう。 あたしは羽月に頼らないと決めて、にーちゃんに教えて貰う道を選んだ。
その結果として、もしかしたら、羽月を傷つける形になったとしたら。
「羽月に勉強教えて貰ってたじゃん。あれ、アタシ凄く嬉しかったんだよねぇ。あの子も君も育ってるって、実感してさ」
「でも、あたしは羽月を傷つけたというか」
「傷ついて、当然。人間だもの。それ位で壊れる物はそれだけのことだよ。そうやって、絆は産まれるし、絆は壊れるもんだ」
「けど、あたしは」
「君、勉強のやり過ぎで、暁晴那らしさを失ってどうすんだ」
「あたしらしさ?」
「君の持ち味はバカみたいに他人を信じて、後悔しない道を選ぶんだろ?だったら、考えるな。考えていいのは、勉強だけにしろ。本当に大切だと思うなら、その先のことはその後に考えればいい」
茜の時はあんなに動けていたはずなのに。
どうして、羽月のことになると一挙手一投足、小難しいことを考えてしまうのだろう。
「あの、石倉先生。そろそろ、暁を借りたいんですけど」
不意に小松先生が現れ、石倉先生に告げて来た。
「すいません。つい、話しこんじゃって」
「そうですか。暁、今日は競技場だ。すぐに準備しなさい」
「はい」
あたしはすぐに職員室を後にしようとした時だった。
「忘れてた、暁!」
思い出したように、石倉先生は袋から、何かを取り出す為、立ち上がった。
「いい加減に」
「ほれ!ジュース!あと、朝に水とお茶。頑張って来いよ」
石倉先生は朝のお気に入りの水とお茶、あたしが好きそうな炭酸系のジュース一本と果物系のジュース一本合計四本を手渡して来た。
「先生、困ります。生徒にこういうのは」
小松先生は几帳面な性格なので、どうしても気になってしまうようだった。
「学年主任には許可貰ってます。それに」
「それに?」
「教師が生徒を信じてみてもいいじゃないですか。それが教師の役目なんですから」 石倉先生の言葉は何処か、説得力を帯びていて、何処か、寂しい言葉とも思えた。
「分かりました。受け取っていいぞ。ただ、部活中は炭酸飲むなよ。分かってるよな?」
「分かってますって。それじゃあ」
あたしは石倉先生に別れを告げ、職員室を後にした。
職員室を出るとあたしの前にプロテインバーを喰らう朝が待機していた。
「朝・・・」
「おしょい。早くいきゅぞ」
「飲み物飲んでからにしろよ」
朝は平然とそのまま、すたすたと下駄箱に向かっていた。
「あのさ、朝、あの時は」
「謝るな、晴那らしくない。勘違いしてたのはアタシだった。いつもの晴那だった」
「朝・・・」
「今度はあたしにも教えろ。今回、親にも、小松にも怒られるの確定なんだから」
「朝・・・」
あたしはこれまでの緊張が解けたのか、ニヤリと彼女を見つめていた。
「何でだろう。いつもの晴那のはずなのに、この殺意は何だろう」
朝はいつも通りに戻ったあたしにいつもの軽口を叩きながら、あたし達は部活へと歩み始めた。
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