あくまでバイト



「奪還完了しましたー」


「金くれ金!」




BOMBの事務所に着き、開口一番にそう言う俺達にふり返り、ため息を吐く女。




「……問題児が帰って来た。竹原叶香からの報酬金、用意して!」




彼女は後ろで作業をしている事務の女たちに命令する。


そして俺たちに向き直る、女。




「お疲れ、威鶴、トーマ。どうだった?」




いつも通りの質問に、俺はいつもとは少し違う答えをする。




「少し面白い事にしてきた」


「へぇ、珍しいじゃない。いつもは『問題なく遂行した』って言うのにね」


「俺もあれはあれで面白かったな」




そう言うトーマに、女は言う。




「アンタは暴れられればいつでも面白いでしょう?」


「ちげーよ、いや、あながち違くもないけど……別な意味もあってな」




そう言うトーマの前に男が来て俺達に礼をする。


部屋の用意が出来たらしい。




「そうね、座って話でも聞きましょう」




先頭を歩く男に付いて行く女、そして俺達2人。


女の名前はレイン。


もちろんここでの名前だから、本名は知らない。




用意された個室に通され、ソファーに座り、ある人を待ちつつ先ほどの話の続きを話す。


奥にある1人掛けのソファーにレイン、机の右側に俺達2人が座り、対の方に後から来る人が座る。




「それで、何が面白かったのかしら?」




早速気になるらしいレインに、その話を簡単に話す。




「まず、敵がトーマの知り合いたったんですよ」


「へぇ……まぁたしかに、依頼人が身内だったものね。トーマが躊躇いでもしたの?」


「いえ、イキイキしてましたね」


「結局ザコ以外は一人ボコって女拘束しただけだけどな」




……このトーマの説明だけ聞いてると、最低だな。


そんな事を思いながら、続きを話す。




「その女の事なんですけど、仲間が一人を除いて全員男だと信じて疑っていなかったんです。その除いた一人が女を脅して関係を持ってた。仲間割れには十分な要素でしたね」


「威鶴、バラしちゃったの?悪い顔しちゃって」




本当だ。


いつの間にか口角が上がっている。




でも、あの時の事を思い出すと、笑える。




「全員女に注目してる間に、盗んで来ちゃいました」


「相手方が可哀想になるわね。その間ずっとトーマは黙って拘束していたの?」


「女のくせに意外と力強かったからな。ありゃ本当に女か」


「声が完全に女だったな。まぁ……」




コンコン、ノック音がして、一度話を切る。




「お連れしました」


「入って」




そして開かれた扉の向こうに、女が現われる。




「そうだな、お前の妹と変わりないだろう?トーマ」




目の前に現れた女……もとい依頼人の竹原叶香。


トーマの妹が到着した。




「お久しぶりです、威鶴さん」


「あぁ、二ヶ月ぶりだっけ?」


「叶香、寂しかったんです、ずっと会いたかったんです!」




……まぁこの通り、俺はこの女に好かれている、らしい。




「どうでもいいから早く扉閉めろ」




そう言うトーマに、どこからそんな低い声を出すのか、竹原叶香は言う。




「ウザい黙れ死ね消えろクソ兄貴」




女っていうのは一体いくつの人格を持ち合わせているんだか。


特に竹原叶香はトーマと俺への扱いの差がヒドい。




「そうね、竹原叶香さん。座ってちょうだい」


「はい、失礼します」




竹原叶香が座ったのを見て、依頼物を取り出し、渡した。




「そうそう、コレです、ありがとうございます、助かりました。やーん、本当に頼りになる、結婚してください!」


「それではこちらに受け取りのサイン、お願いします」


「はーい、つれないなぁ」




自分のスルースキルが年々上がっているのを感じる。




こういう女は、少し苦手だ。


トーマの妹だから、逃げられずにいる。




逃げたところで、こうして依頼されてしまうと断れないけれど。


サインを書いた竹原叶香は、トーマをギロリと睨みつけて言った。




遥香はるかが『たまには帰って来い死ね失せろボケトーマ』だって」




明らかに『死ね』から後は自分で付けただろ。




「あぁ、ねーちゃん最近会ってなかったからな」




さすがトーマ、俺よりスルースキルが高い。


密かに心の内で拍手を送る。




「威鶴さんは、いつでも来てくださっていいんですよ?毎日だっていいんですからね!」


「仕事以外は必要ない事はしない」


「ケチー」




そんな俺達のやり取りを苦笑いで見ているレイン。




「依頼も完了しましたので、そろそろお引き取り願えますか?」




そう言ってくれたレインに、ようやく解放されるのかと安堵。




「ちぇー。それではまた後日、威鶴さん」


「またいつか、仕事でお会いしましょう」




あまり会いたくないが、それはしょうがないだろう。


どうせまた来る。




出口への見送りを男に託し、俺達はレインから報酬を頂いた。




「今回は単なる鍵の奪還だったからね。いつもより少ないけど」




そして真面目な顔になり、レインは言う




「で、威鶴、いつもの事だと思うけど」


「正社員はお断りします」


「……はぁ、あなたはいつも依頼もちゃんとこなしてくれるし、バイトだなんてもったいないのよ」




バイトから正規の社員への勧誘。


ちなみにトーマもバイトだが、俺ほどまで必死に勧誘はされていない。




理由は、言わずもがな俺の能力だろう。




「威鶴」


「俺はこれで、十分なんだよ」




大きく時間を裂くわけにはいかない。


正規になると、1日がかりから1週間張り込みなんてのは当たり前。




ヘタすると1ヶ月を仕事に費やすこともある。




バイトは長くても3日だ。


それに基本は一晩で終わる。




仕事に時間を、縛られたくはない。




「……諦めないから」




そう言うとレインは席を立った。


今日はこれで終わりだ。




次の仕事が来るまでは、俺は別の仕事をして待機する。











外へ出ると、朝日が顔を出していた。


人もチラホラ、歩いている。




さて、別の仕事の準備をしに行くか。




「あーぁ、ねみぃ」




一緒に外に出てきたトーマが言う。




「家に着くまで寝るなよ」


「わかってる、殺されたかねーからな」




俺達の仕事がたとえバイトだとしても、正社員と同等の危険は常にある。


依頼があれば恨まれるようなこともする。


今回の件のように、敵側にとっても利点がある戦いが出来れば、危険も減ることがあるけど。




「まだ、さ。帰ってねんだよ、俺」




ふと話し始めたトーマ。




「さっき竹原叶香から聞いた」


「現役時代の仲間が、行方不明になって……探してる間にイロイロ、思い出しちまうんだ」


「今日も探してたのか?」


「……あぁ。気付いたら、指定された時間を過ぎてた。悪かった」




どうやら今回の遅刻の理由らしい。


もうサングラスを付けていないトーマの眼を見る。


少し強張るトーマ。




「過去を見るわけじゃないから、そんなに怖がるな。大体、今は眼帯をしているだろ」



過去というものは、それ自体が弱点の塊だ。




人は失敗をして成長をする。


後悔する事も多い。




だからこそ、この能力は俺の武器になる。




「そう、だな……」




トーマの過去も、相当ヒドいものだった。




平気で人を傷付ける。


暴力、拷問、したりされたりの毎日。




ある依頼ついでに、俺はこの男を拾ってしまった。


あまりにもドロドロした世界に籠もっていたから、少し同情したのかもしれない。




この男を拾った、そしてそれはどうやらトーマにとって救いの手となったらしい。




そして今に至る。




「親が怖いか」


「……出来れば、会いたくない」


「もう何年も会ってないだろ」


「……怖いんだよ、自分が制御できなくなりそうで」




トーマを拾った、あの冬のを思い出す。




心ここにあらず。


視点が定まらず、まるで人形のように、道路脇に座っていた。




「また、家で暴れるかもしれねぇ。メチャクチャにして、今度は病院送りに……」


「お前はそこまで弱くない」


「……」


「以前の弱いお前は、もういない」




暴れるトーマ。


抑える姉。


あれ以来、異常なほど嫌悪するようになった妹。




怯える母親、すまし顔の父親。




その日、一家はバラバラになった。


トーマが壊した。




俺は、逃げ道を与えただけだ。


こういう崩壊には、時間がかかる。




──時間をかければ、なんとかなるものなんだ。




トーマの過去。


それは、拾ってすぐに脳に叩き込まれるように入ってきた、映像。




最も見せたくないだろうものに触れてしまった、償い。




トーマはまだ、気付いていない。


俺が過去を見てしまったこと、それにより……助けたいと思ってしまったこと。




「そう、かな」




ふっと笑うトーマ。


強くなった、心が。


前より力がついたその腕で、人を助けられるようになった、余裕を感じられるようになったはずだ。




「威鶴」


「なんだ?」


「ありがと、な」




……違うんだよ、トーマ。


俺は本当はそんな、礼を言われるような事をしたつもりはないし、信頼されるべき人間でもない。


お前に……誰にも話せない、秘密もある。




ひどく歪で、不安定な人間だ。




それを知った時、お前は一体何を思う?


きっと絶望して、離れていくことだろう。




トーマに答えず、道を進む。




真っ直ぐ進むトーマに、左へ曲がる俺。


まるで未来を歩いているかのように錯覚する。






多くの人が通る道ではなく、横にそれた『はみ出し者』。




「お疲れ様」




一言言って、道を曲がった。






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