威鶴の瞳

RIM

第一章

裏バイト






辺りを覆う闇、近付く足音。




とあるビルの影にある木の下で、その人を待っていた。















──ようやく、待っていた相手が来たようだ。






「よぅ、いづる。居るんだろ?」




気配を消していた俺に近付く、サングラスをしているガタイのいい男。


服は俺も奴も、闇に溶ける黒一色だ。




「遅い、一時間遅刻だ」




俺は不満を呟く。


全くこの男はすぐ遅刻してくる、時間にルーズな元不良が。




「わりぃわりぃ、綺麗なねーちゃんに引き止められててさ」




そんな理由で任務に遅れてくるなこのバカが。


俺は小さくため息をついて、そいつを睨み付けた。





コイツ……トーマは、年上ならネーチャン、年下はジョーチャンと呼んでいる。


姉も一人いるらしいけど、名前は聞いたことがない。


過去には族の頭をやっていたという情報もあり、女遊びも酷かったらしい。






それでも別に問題はない。


ただの仕事上でのパートナーという以外に、接点は皆無。




普通に遅刻してくるのは腹が立つことでもあるが。


この遅刻癖どうにかならないのか。




「依頼書」




そう言ってトーマに一枚の紙を渡す。




現在、深夜2時。


丑の刻。




もともと人通りが少ないこのビルの影にある道は、両脇を木が囲っている。


さっきはその木の裏に隠れて月を見て待っていた。




眼帯をしている右目には、あの明るい月の光は届かない。




「読んだか?」




依頼書に目を通しているトーマに聞く。




月明かりしかないこの場所、その上木の枝で影が出来、文字が読みにくいんだろう。


スマホの明かりに照らして読んでいる。


まぁ、人通りもないから大丈夫だろう。




「なんだこの依頼、フザけてんのか?」


「いいや、本気らしいし、本当らしい」




俺たちの今日の依頼主は、子供だった。




単なる子供じゃない、少しばかり有名な高校生グループの頭だ。


依頼書には年齢しか書かれていないが、俺には少し説明があった。




「何だコレ、書いたガキ始末すりゃ終わるんじゃねーの?」


「それじゃ報酬がなくなるだけだ」


「大体高校ごときで金出せるのかよ?」


「先方は出すと言っている」




依頼人の年齢の制限は、この組織にはない。






依頼と同時に金の交渉をする。


依頼に合った金額を受け取った時点で、交渉が成立する。


まぁ金を受け取るのは管理してる奴らで、依頼が達成すれば俺たちの手に入るし、達成しなければ依頼人に戻される。




今回はそこまで高くないけれど高校生のお小遣いからすると高めの値段だ……一瞬で終わるか。


遅刻した一時間、コイツを待ってまで一緒にする理由はないが、これも組織のルールだ。




「行くぞ」




そう言って俺は先にスタスタと歩いて行く。


そして後ろからダルそうにトーマも付いて来る。




さぁ、ミッションスタートだ。






「さっそく右三人、左五人、前に十人に後ろに二人ってとこか」


「相変わらず正確な奴だな」


「体質だ」




今言ったのは俺たちの半径50m以内にいる人数。




この辺は夜、治安が悪くなる。


理由は、今俺たちを囲って様子見している奴らだろう。




この辺りでは何件も暴力沙汰が起きている。


族がここ一帯を支配しているからだ。


そんな中に俺らのような奴が入り込んできたら警戒もするのかもしれない。




一般人は誰一人この辺りでは出歩かない。


まぁ今日用があるのは、その族なんだけれど。




「トーマ、目を見せろ」


「あぁ」




サングラスを取るトーマに、眼帯を取る俺。




トーマの瞳を通して、トーマの未来を見る。




すなわち、一緒にいる俺の未来も覗けるということ。





頭の中を猛スピードで駆け巡る映像。




「1分後、右の三人が出てくる──それに続いて左も。足止めをくらって後ろの奴らにも追いつかれて十人で襲いかかってくる」


「それで?」


「──右だ。右にいる赤い服の男をどうにかすれば、周りがパニックになる。コイツがこの中じゃトップだ」


「右の赤、な」




さらに見ている時を進める。


この先、このまま対処しなかった先の未来を見ようとして。






「──聞こえた」




脳内でそれを捕らえたと同時に、現実の耳にも届いた音。


タイムオーバー。




「チッ、もう1分経ったか」


「右か?」


「右の赤!」




木の影から現れた男たち。


恐らくこの辺りで見張っていた奴ら。


高校生だ。




そして一番出張ってきてる男を見る。




「お前らここがどういうとこだか知ってんのか?」




そう言ったのは、赤い服の男。


さっき見た未来で他の連中に指示を出していた男は、コイツだ。






トーマが動こうとすると、続いて左からも出て来た。




左右から挟み撃ちだ。




「頼んだ」


「おーよ」




戦闘は相棒のトーマに任せる。


俺はというと、赤の男に目を付けて。




こっちを向いてニヤリと嫌な笑みを見せるその男。


少し過去を覗かせてもらおう。




奴の目は今、戦闘真っ只中のトーマに向いて、腕を組んで観戦している。


これをどうにかして俺の方に向けたい。


瞳が合わないと、俺のこの能力は発揮されないからだ。




トーマが戦闘中だとはいえ、俺だって殴りかかってくる連中を避けてはいる。


必要最低限の動きで。


音でどこからどう来るのか、把握できるからな。




動きながらでも赤い服の男と目を合わせたい。


奴が、戦っているトーマから目立たない俺の方に目を向けるように仕向けた上で。


どうするか……。




──直後、敵に隙が出来た。




俺の様子に気付いたトーマが、敵の隙を作ったのか。


ありがたく、そのスキを狙って地面にある石コロを赤い服の──いい、面倒だ。


赤男あかおでいいだろ。




赤男に投げつけた。




さすがに経験値が他の奴とは違うのか、その石はよけられたものの、当初の目的は果たした。


奴が俺を見た──。






割と浅い記憶でいい。


数日前の記憶を重点的に探す。




そしてたどり着く記憶は、俺の今欲しているもの。


そう、この日常の部分の過去。


俺の勘が間違いなければ、俺の欲しい情報があるはずだ。




赤男は、過去を探られているとまではわからないが、違和感に気付いたらしい。




「違う方のヒョロい男を先にやれ!!」




俺に視線を向けたまま、仲間に向かってそう指示した。


チッ……面倒なことになった。


俺達の後ろで控えてた奴らまで合流して来やがった。


数十人いる男をトーマがなぎ倒していく。




俺はトーマが庇ってくれている間に、急いでお目当ての記憶を探した。




XXビル7階。


パスワードは1298


扉を開けて右方向奥の金庫。






パスワードは6295。






確認した瞬間俺は走り出し、一瞬で赤男の胸ポケットにあるカードキーをスッた。


これは入り口のキーだ。


同時に赤男の首の後ろを叩き、気絶させた。




あぁ、一瞬で片付くってなんて楽なんだろう。


それでも手加減はしている。


周りの奴らもうまくパニックになったところで、トーマはその隙にバッタバッタと倒していく。


そしてこの先を急いだ。






「相変わらずその盗みのスピードは怖いくらいだな」




そんなことを言うトーマに、少し驚く。




「怖いなんて思ってたのか」


「使い方によっちゃ、一瞬で人殺せるようになるぞ」


「大丈夫だ、殺人鬼になるつもりはない。……そこの角、左に曲がれ」




さっきの赤男の記憶で見た道を走る──あ、マズい、忘れてた。




「止まれ、前からまた10人来る」




前方で待ち伏せていた10人、加えて後ろから、残りの4人が来て、挟まれた。




「あー……この先はジャマが入って未来見れてないな」


「そこだよなー、お前の弱点」




相手と目が合わなければ未来や過去を探れない。


気が反れると、見ていた未来が途切れる。


過去を見るとき、人の過去に直接触れる。




即ち、見られている側もなんとなく触れられている異変に気付くことがある。


大抵の奴は未来を見られている時、違和感はないらしいが。


まぁ楽天家な奴は気付かない奴も多いな。




それが俺の能力の弱点。




そうこう考えているうちに、奴らはまた襲いかかってきた。


攻撃はトーマの役だ。




俺は基本的に決定打専門。


それ以外はいなして、攻撃をかわす。


高校生相手にヘタに急所ばかり打てない。




パンチを右から左下に受け流し、背中を軽く蹴る。


二次被害でそれに躓く奴も意外といるから転がっておいてくれ。




「うお!?この足元の虫、威鶴がやった奴か!」


「あ、悪い、蹴る方向まちがえた」




時々味方の方に落としてしまうのは、戦闘に慣れていない証拠だな。


気を付けないと、トーマは動きが大きいんだからよく動き回る。




「お前少しは味方込みの戦闘の練習したらどうなんだ?」


「そこまでする必要はない。本来ここまで戦闘になることはないからな」


「してくれなきゃ俺が困る……って!だから終わった奴外に出せよ!!」


「悪い」




口論しながらも俺たちは敵を片付ける。


高校生相手程度なら、まだまだ体力には余裕がある。




「それを言うならトーマだって効率悪いだろ。確実に一点狙って気絶させれば済むことを、わざわざ力ずくで暴れて――」


「お前みたいに急所全部覚えてるわけないだろ!?」


「自分の体で押して苦しくなる場所を狙えばいいだろ」


「誰が好き好んで自分を痛みつける必要がある!?」




なんて話しているうちに、あっと言う間に俺たち二人以外は倒れていた。


トーマは慣れているかもしれないが、俺はそんなにこういう状況に慣れていない。


手加減の仕方だって難しいんだ。




「人数が多かったな」


「普段は肉弾戦なんてしないからな。特に威鶴は」




そう言って俺を見るトーマ。


悪かったな、頭脳戦専門で。




「高校生なんて、まだまたガキだ。喧嘩しか頭にないんだろう。まるで昔のトーマだな」


「ひでーな。これでも俺も族上がりだぞ?頭使って喧嘩することもある」


「それなら急所覚えろ」


「男の急所なら分かる」


「……。もっと格好付く場所覚えろよ。顔面、首、胸、腹、あと関節だな。その指一突きで痛む位置をピンポイントで覚えればいい」


「お前やっぱ人殺せるだろ?」


「そんなことはどうでもいい。先進むぞ」


「否定しろよこえーよ!」




何を情けない。




あの頃、拾ったばかりの時のトーマは、あんなに冷めた目で人を苦しめていたくせに。


いつの間にその威厳は消えたんだ。




そして先を急ぐ。


辺りは暗く、静かなオフィス街。


赤男の過去を見た通りに進むと、一つのビルが見えて来た。




「ここの7階だ」




入ってすぐのエレベーターを使い、7を押す。








「今の内に一応この先を見ておこう。トーマ」


「はいよ」




再びサングラスを外して、俺にその瞳を見せるトーマ。




――未来が脳裏を支配する。




「……着いてすぐは誰もいない。パスワードを押して……中に人がいる。五人だ……でも面倒なことになりそうだ」


「なに?」




チン、という高い音と共に扉が開く。


その音従い、俺たちはエレベーターを降りる。




「さっきまでとは違って、なかなかの実力者らしい。動きが早い。トップもしばらく動かない。いけるか?」


「行かなきゃ金がはいらねぇんだろ?」


「そうだな」




扉の前にあるリーダーにさっき赤男からスッたカードキーをスライドさせ、パスワードを入力。


確か、1298。




確定を押すと、カチャリ、鍵が開く。




「誰だ?」




中から、ドスの効いた声がした。




扉を開けて、黒ソファーに座る五人を見る。


用があるのは右方向奥の金庫。


実力者五対一で俺が金庫に向かうのは、少し厳しいだろう。




そんなことを考えていると、隣に並んだトーマが話しかけてきた。




「なぁ、威鶴」


「なんだ?」


「トップって、真ん中の奴か?」




そんなことを聞くトーマに、俺は真ん中のソファに座っている男を見て「あぁ」と肯定する。


すると、その真ん中の奴が口を開いた。




「ふっ……そんなひょろい奴連れて俺らのアジトに来るなんざ、俺らもナメられたもんだなぁ、竹原」




竹原透眞、トーマの本名。




しかし今は、トーマはその名を捨てている。


今はただの『トーマ』だ。




この男は、どうやら昔のトーマを知っているようだった。

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