第7話 魅了薬の出処
「………へぇ、なるほどなるほど。では先生は、エディに知られたくない過去を知られて、それと引き換えに彼に魅了の薬を作って渡したということですね?」
「…………そういう言い方も出来ますね」
「素直に認めてください」
アルバートは小さく溜め息を吐く。
薬学準備室の中は再び静まり返った。
昨日の散歩の後、私は胸がドキドキしていた。思わぬところで魅了の出処を発見し、もしかすると事態を良い方向に向かわせることが出来るのではないかという期待があった。
アルバート曰く、エディの従姉妹が彼の元教え子であり、知られると都合の悪い話がエディの耳に流れ込んだのだという。そしてそれをネタに魅了薬の調合を強要されたと。教師としてなんとも情けない話だ。
「それで、君は僕にどうしてほしいんですか?」
視線を上げずに出された問い掛けは投げやりだ。
ダコタは考えるよりも前に口が動いた。
「私にも魅了の薬を調合してください」
「嫌ですよ」
「なんで!だって、エディには調子良く提供したわけでしょう?私だって必要だから作ってください!」
「何に使うんです?」
「………もう一度、エディに好きになってもらいます」
呟いた言葉をフンッとアルバートは鼻で笑い飛ばした。
「これだから学生って嫌なんですよ。惚れた腫れたの繰り返しで、すぐに自分が世界の中心だって顔をする。ヒューストンさんが振られたのはエディくんの魅了が解けたせいですよね?つまり彼はそもそも、魅了の手助けがなければ貴女に惹かれてないわけです」
アルバートが淡々と述べる内容はダコタの胸を抉った。
それはもうグサグサとフォークで穴を開けるごとく。
「だいたい、恋人と上手くいかない腹いせに自分で都合良く魅了薬を飲んで恋人の友人と付き合うような男、本当に良い男だと思いますか?同性からしたらクソですよ」
「その魅了薬を作った貴方に言われたくありません!」
「僕は脅されたので仕方がない。被害者です」
ツンと澄ました顔でそう言ってのける。
ダコタは沸騰しそうなほどの怒りを覚えつつ、言われたことはあまりに図星なので反論の言葉が出ない。
確かに、エディの行いはよろしくない。男として以前に人としてどうなのか、と聞かれると閉口せざるを得ない。だけどそれでも、ダコタにとってエディは初めての恋人で、それ故に忘れ難い存在だった。
しかし同時に、エディを手に入れればルイーズとの友情は永遠に失われてしまう。
「………一つだけ気掛かりはあります。彼を魅了に掛けることは、私の友人を傷付けることを意味するので」
「君はヒロイン症候群のくせに思い遣りの心まであるんですね。それは心配しなくて良いんじゃないですか?」
「でも二人は婚約しているし、」
「じゃあ潔く身を引きなさい。もう良いですか?僕は帰って花の世話をする予定があるんです。君のでもでもだって攻撃に付き合う時間はない」
「アルバート先生……!貴方がエディに魅了のお薬を渡したことが原因なんですよ!」
ぐっと頬を引き攣らせてアルバートは黙り込む。
教師だからと思って遠慮していたけれど、考えれば考えるほど彼の対応もムカついてくる。一番悪いのはきっと魅了薬を頼んだエディだ。だけど、仮にも教職者の分際でそれに応じたアルバートにも非はある。
「っていうか、そこまでして隠したかった話っていったい何なんですか?」
「言えません。貴方にまで弱みを握られたくない」
「魅了薬を生徒に提供したこと以上の弱みってあります?」
「…………、」
暫しの沈黙の後、アルバートは諦めたように頭を振った。これ以上はぐらかしても、どこまでもしつこく問い詰めるダコタを前にしたら時間の無駄だと思ったのかもしれない。
「僕は自分の顔が苦手なんです」
「………顔?」
「ええ。だから、新しく赴任したこの学校では最初から眼鏡を掛けたり髪を伸ばしたりして対策をしたつもりです。だけど、ウィンカムくんが従姉妹経由でその話を耳にするなんて……」
よく分からないけれど、アルバートが自分の容姿をコンプレックスに思っていたとは驚いた。確かにあまり清潔感があるとは言えないし、正直格好良いとは言い難い。しかし、それらの印象を作り出しているのは主に、彼が対策したと言う陰気臭い眼鏡と不衛生な髪型だ。
「見た目を変えれば良いんじゃないですか?」
「見た目……?」
「先生、その眼鏡と髪と汚れた白衣のせいで何て呼ばれてるか知ってますか?喋るモップですよ、モップ!」
「良いんです。モップでも汚れた犬でも好きに呼べば良い。僕はこの顔のせいで人生色々と損をして来ました。まともな女性は寄って来ませんし、以前勤めていた学校では自宅まで探し当てて来た生徒のせいで淫行で捕まり掛けました」
「淫行したんですか……!?」
自宅まで揶揄いに来るなんて大胆な嫌がらせだ。
気の毒になるダコタの前でアルバートは慌てて否定する。
「するわけないじゃないですか。家に入れることは出来ないから帰るように伝えたら、彼女がアパートメントの玄関先で襲われたと喚き出したんです」
「………それは…お気の毒に」
本当に困りました、と言いながら目を閉じるアルバートの顔を眺める。昨日は自分のことで必死で、マジマジと観察出来なかったけれど、そこまで手の付けようがないほど不細工には見えない。
輪郭は綺麗だし、鼻も高くて唇の形も良い。
どちらかと言うと整っているようにさえ見える。
だけども、老人のような眼鏡と伸び放題の髪がそれをすべて台無しにしているし、ボロボロの白衣も問題だ。最後に洗ったのはいつなのか思わず考えてしまうし、飛び散った薬品のシミが気になる。
「先生って一人で住んでいるんですか?」
「僕の実家は遠方なので。それに一人の方が気楽です」
「片付けが苦手なんですか?」
「必要性を感じないだけです。べつに寝ることが出来れば十分でしょう。それに風呂だって毎日入ってますから」
自慢げに胸を張るのもどうかと思うけれど、とりあえずダコタはアルバートの話を黙って聞いていた。そしてアルバートが話し終えて自分の反応を伺ったタイミングで、期待に満ちた目を向けてみた。
「先生、ダンスは得意ですか?」
髪に隠れたダークグリーンの瞳が少しだけ見開かれたのを見て、ダコタは小さなワクワクを感じた。
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