10 / 断片会議の結論
気がつくと私は椅子に座らされていた。眼前には目を閉じたジン。
そして隣には、
「……シズクさんに何をさせるつもりですか」
ジンの腕を掴み、凄むクロちゃんがいた。
「お前と組むに足る資格があるか否か、試したまでのこと。……それと、少しはその娘を信頼してやった方が良い」
「……嘘をつけば、その身体に私の血を流し込みますよ?」
「ならば証明しよう。——暁シズク、今すぐに円卓の上で三回まわってワンと鳴け」
「えっ……?」
「3秒以内だ」
ジンは真顔だった。彼の専有決闘空間で語っていた時のような淡々とした口調で、冗談のような命令をする。
そうして、あっけにとられてるうちに3秒が経って——
「なるほど。嘘は、ついてないみたいですね」
クロちゃんは、ジンの腕から手を放した。その手のひらを見てぎょっとする。手のひらからとめどなく血がにじみ出ていた。
けれどそれはすぐに消えて、傷一つない綺麗な手に戻る。
ふとジンを見れば、彼は何事もなかったかのように背を向けて、円卓の上を歩き、自分の席へと戻っていくところだった。
それを見てユイさんも、真っ直ぐ進んでくるジンを避けるようにして自分の席へと戻っていく。
「……にしても、よくあの人のターゲットにされて、無事でいられましたね」
こそっと、クロちゃんが話しかけてくる。シャンプーとボディーソープのいいにおい。そしてその中に混じる女の子特有の甘ったるいにおい。
うん。これだよこれ。
「……シズクさん? やっぱり何かされて…………」
「されてないされてない! 大丈夫! ……いや、やっぱり本物は違うなって思っただけ」
「本物……?」
「そんなことより! あの人、たぶん本当に私を試したかっただけなんだと思う。なんか色々アドバイス?してくれたし……」
意味がわからないポエムみたいなアドバイスの仕方だったけれど。
「まあ、何もなかったなら良いのですが……」
「ていうか、あのジンの異能のこと知ってたんだ?」
「そいつの異能は強力だからにゃー。知ってるやつは知ってるよん」
と、クロちゃんの代わりにユイさんが答える。
ああそっか。
ユイさんはジンと戦ったことがある。そんなユイさんはアカリの家「太白館」に住み込みで働いてる——というかもう宵星家の一員みたいな状態で——クロちゃんも、どうもアカリたちと一緒に「太白館」に住んでるっぽい。
だから、ユイさん経由でジンの異能はクロちゃんにも共有されてるんだ。
「それで——自称後継者さんとしてはご満足いただけた……ってことでいいかしら?」
アカリが尋ねる。皮肉たっぷりに。切れば肉汁すらこぼれてきそうな言葉で。
「——ああ。そも、カード名の歪曲にさしたる興味はなく、視線を集めるに好都合だと考えたからあの場で挙手したまでのこと。……もっとも、
「ふーん? あたしがキレるとは思わなかったんだ?」
「ユイ」
「にゃはは。冗談だよあかりん。こうやって隙あらばキレとかないと、あたしがハクジョーな女に見えちゃいそうじゃん?」
おどけて言うユイさんの言葉は、まるで真意を隠そうとしているかのようだった。
「……で、ヘルメス。あなたどういうつもり?」
「おや、私かい?」
「会議の場で決闘を始めるのはルール違反——そう、父からは聞いていたのだけど?」
ヘルメスは「いやあ」とニタニタした笑みを浮かべ、言う。
「この会議で禁じているのは霊札の移動を伴う決闘を始めることだけだからねぇ。異能の使用に関しては関知しないことにしている。……そも、さもなくば君たちはあられもない格好でこの会議に臨むことになっていたはずだが?」
「うっ…………たしかに、クローディアの異能に助けられたけれど……」
痛いところを的確に突いてくる。アカリは自分の身体を隠すように抱きつつ、ヘルメスを睨んだ。
睨まれたヘルメスは「はっはっはっ」と軽快に笑う。
「さて、輝く瞳のジン。君も異論がないということは——その三枚については変更する、ということで良さそうだね」
言葉を返す者はいない。沈黙をもって全員が肯定していた。
「ではそういうことで。続いて、《ゴシャゴシャゴッドガン》だがこれは——たしか、私がノリと勢いで決めたカード名だったな」
え?
「あんたが?」
驚いて思わず、といった様子で倉見が聞き返す。
「ああ。なにを隠そう、この
「製作者……!?」
「あれはもう20年近く前になるか……米国で誕生したトレーディングカードゲームに心惹かれてね、この手でも作ってみたいと思っていたのだよ。そして、あわよくばデザイナーとして収入源の一つにでも、とね。なにせ魔術研究は金がかかる。そんな時……」
こいつ、急になんか語り出したな……。
ダン!とテレジアが円卓を蹴る。
「ヘルメェェス。お前のその話いっつも長ェンだよ。この国の流儀にならって五七五でまとめろ」
「いや、俳句も川柳も要約の技法ではないぞ……?」
困惑するモーハをよそに、ヘルメスは「ならば」となんだかやる気を見せていた。
「好都合。儀式ついでに募る試遊者——字余り」
「つーわけでこの話は終わりだ」
テレジアが雑に終了を宣言する。一瞬、倉見がびくっと震えたこととテレジアの目が倉見の方を向いたことは無関係ではあるまい。
「てかまあ、オレもこいつに付き合わされて最初のカード製作に参加してンだよな。あンときゃァ吸血でカードを生成するシステムも、【無名の霊札】もまだなかったからよォ」
「ああ。懐しい思い出だ——こうして目を閉じれば、昨日のことのように……そういえば、《
「思い出してたらこいつにコキ使われてた頃のムカつきが再燃してきた。オレァ2枚とも変更でいいと思うぜ」
「——テレジア!?」
それから、ヘルメスは《
「平凡であることがどうして『メギストスでない』と表現されるのか理解に苦しみます」
というクロちゃんの指摘が決定打となり、「そうだそうだ」「ルビなしでいいだろう」「どうでもいい」——と会議に参加する全員が変更を支持。というかヘルメスの要求に対する不支持を表明。
ヘルメスが渋々行った投票では、全会一致でカード名の変更という結果になった。ヘルメスが投票に参加していればもう少しこじれただろうけれど、ヘルメスはあくまでも運営なので投票には参加できないらしい。
そんなこんなで、今回クローディアが例として出した5枚のカードはすべて名称を変更されることとなった。
変更後の名称は次の通り。
・《
・《ゴシャゴシャゴッドガン》→《見当違いのショットガン》
・《
・《
・《血みどろなりたて血の池
「…………では、これにて
不満たらたらな声で、ヘルメスは閉会を宣言した。
◇◇◇
「アカリ、良かったの?」
「なにが?」
「お父さんのこと。新しいカード名からはほら、名前消えちゃってるじゃん」
《
「ああ、いいのよそれは。……あくまでも、カードはカード。決闘中に現われる眷属に話しかけたところで何も答えてはくれないのだし、それなら名前なんてない方がいい」
「…………」
断片会議が終わって、お風呂を出てから。
私達は「太白館」の二階、そのベランダに出て、マグカップ片手に話をしていた。
パジャマの上にコートを羽織っているとはいえ、冬のよく冷えた外気は身体から容赦なく熱を奪っていく。
けれど、おかげで意識はより明瞭に。お風呂と断片会議とで熱を持ちすぎた頭が適度にクールダウンしていくのを感じる。
「ユイも、反対はしなかったでしょ? ヴァレンタインは……まあ、
言って、アカリはホットココアをすする。
私は、なんだかそれは良くないことのような気がするけれど。でも。本人たちがそれを望むのなら、外野の私が口を出すべき事案でもないのだろう。
「ところでシズク。もっと気になることがあるんじゃないの?」
「……?」
「いやほら、私の父が真祖の断片って話。つまり私は吸血鬼と人間のハーフってことになるんだけど……」
「あ、言われてみれば」
「気づいてなかったのね……」
がっくり、とアカリが項垂れる。何か特別なリアクションを期待していたのだろうか。
「えっと、ご、ごめん……? なんかアカリって浮世離れしてるっていうか、ちょっと他と違うなって感じは前々からしてたから、別に驚かないっていうか——」
「なにそれ」
「……でも、それじゃあアカリもできるの? 吸血したりとか……」
尋ねると、アカリは首を横に振った。
「いいえ。そういう吸血鬼らしいことは、これといってなんにも。身体能力に関して言えば学年全体で見ても平均以下だしね。……まあ、ちょっと感覚が鋭敏では、あるみたいだけど」
「感じやすいってこと?」
「言い方」
アカリがアンニュイな色気みたいなものを突然放ったので、ちょっとからかいたくなってしまった。
「視力が良いとかそういうやつね。あとは聴覚とか嗅覚とか……まあそれも、
「ふうん。他にはなんかないの? ……あの、ほら。クロちゃんがやってた血で服を作るやつとか、ヴァレンタインがやってた姿を消すやつとか」
「異能ね。うーん…………秘密、ってことで」
自分の口に人差し指を当てて、アカリははにかんだ。
それから私達は、奉魂決闘とはあまり関係のない話を少しだけした。学校のこととか、アカリが遊んでるゲームのこととか。
けれど、お互いにチヨの名を出すことを避けての会話は、なんだかぎこちないような気がして。結局、私達の雑談はあまり盛り上がらないままに幕を下ろした。
◇◇◇
今夜は一人で考えを整理したいとアカリに伝えたら和室を一室、貸してもらえた。日本家屋部分の廊下を進んだ先にある奥の間だ。
部屋の明かりをつけて、もらった布団を敷いて、窓際に腰を下ろして障子戸を少し開ける。夜の闇に沈む中庭をぼんやり眺めて——思い出す。
さっきの断片会議で得た情報について。
——そもそも。私達が会議を開いた目的はチヨ失踪事件——あるいはスキンヘッド男・警備員殺人事件の犯人を調べるためだった。
そして、それについて言うならば一つ、疑わしい人物がいる。
正直、私の想像通りであってほしくはない。その人物が本当に関与しているのだとすれば、一筋縄ではいかないことは容易に想像がつくからだ。
きっとアカリも気付いているはず。明日の朝はその話をすることになるだろう。
そして、もう一つ。
私には、確認しないといけないことがある。
と。考えに耽っていると声をかけられた。
帯戸の向こう、廊下側からだ。
「シズクさん。入ってもかまいませんか?」
見れば、帯戸に嵌め込まれた曇りガラスの向こうに、ぼんやりとだが誰かが立っているのが見えた。
「どうぞ」
失礼します、と言ってクロちゃんは部屋に入ってくる。ゆったりとした印象の、黒のネグリジェ。露出は控えめで、少なくとも初めて会ったときのワンピースよりあったかそうな格好だ。
「電気ストーブ、点けてないんですか?」
「ああ、このくらいならつけなくても平気かなって。部屋に持ってきてくれたユイさんには悪いけどさ…………ところで、なんで枕を持ってるの?」
そう。クロちゃんは大きな白い枕を抱えてここに来ていた。
「……よく考えたら私たち、契約者とその真祖の断片なのに二人きりでお話する機会が、あまりなかったなと思いまして」
「ああ、言われてみれば……」
クロちゃんと二人きりで話ができたのなんて、最初に出会ったときくらいじゃないだろうか。それ以降はヴァレンタインなりアカリなりが一緒で……。
「ですから、この機に親睦を深めませんか?」
クロちゃんが枕の下から取り出したのは、タブレットと携帯ゲーム機だった。
——好都合だ。
私には、確認しないといけないことがある。
この機に聞いてしまおう。
「黒沼セラ」という名前について、何か知っていることはないかと。
(続く)
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