07 / 断片会議

 全裸でスカイダイビングするのって、こんな感じなんだろうか。


 真っ赤な魚群の横を通り抜け、私達は落ちていく。生まれたままのすがたで、真っ黒な空の下、白い砂礫と十字架だけが立ち並ぶ大地へ向けて。


「ど、どうすんのこれ!?」


「ごめん!!!!」


 謝られても困る。本当に困る。というかそもそもうっかり開催を宣言しちゃった私の責任でもあるし————ていうかもしかして私達3人、これから全裸で他の契約者や真祖の断片に会うことになるってこと? 痴女じゃん。


「——血を借りますよ! 【統血権ドミニオン】!」


 絶望していると、声とともに血が飛んできた。それが私の腕に染み込んだかと思うと、


「……っ!?」


 お腹と胸のあたり一帯の肌表面から血が湧き出てきた。一瞬、頭がクラっとする。

 そうして。次の瞬間には真っ赤なワンピースを着ていた。


 鼻腔をくすぐるのは鉄錆のような血のにおい。


 これは、血でできたワンピースだ。


 驚いたのも束の間。


 浮遊感。


 ふわ、とそれまで感じていた重力が柔らぎ、私は椅子に着席していた。


「……なにが」


「間にあって、良かったです」


 右隣を見ると、クロちゃんが私と同じ、血のワンピースを着て椅子に座っていた。その身体は水に濡れている。


「……こ、これ、クロちゃんがやってくれたの?」


 見た目だけで言えば完璧な既製品のワンピースだ。しかもサイズは私ぴったりに出来ている。

 左隣を見ると、アカリの方もサイズは彼女ぴったりに作られていた。無論、クロちゃん本人のものについては言うまでもない。

 ……というか、これデザインとしてはクロちゃんが着ていたワンピースと同じやつだ。胸の谷間にたまってる水滴を見ていて気付いた。


「失った血が即座に補充される、契約者相手でないとできない芸当ではありますけどね」


 ふふん、と誇らしげに胸を張る。よかった、バレてない。


「あと人を褒めるときくらいは胸を凝視するの、やめたほうがいいですよ」


 バレてた。


「おやおやおや……突然会議のお呼びがかかったんで情報収集がてら来てみれば。お三方ともまだ入浴中だったとは。どこの馬の骨が開催したのか知らないケドこれは災難な——」


 朗々と、歌うように声を掛けてくるのは青髪ロングヘアのメイドさんだ。

 アカリはがっくりと項垂れて彼女の名を呼ぶ。


「……違う、違うのよユイ。会議開いたの、私達なの……」


「にゃはは、それじゃあスッポンポンで会議の開催を宣言したことに————マジ?」


「マジよ」


 ユイさんは続けて私の方に顔を向けてきた。


「マジです」


「残念ながら……」


 クロちゃんが苦笑いで答えると、


「あっはっははははははっ!」


 呵々大笑。いつの間にか、私の真向かいに座っていた男が、おかしくて堪え切れないというふうに声を上げて笑った。


 その男の印象を一言で表すならば——陰気な婆娑羅バサラだ。


 派手な和服を盛大に着崩して、髪もオレンジと白を基調とする派手な色合い。頭に派手な女物の簪を挿しており、爪はキラキラとラメの入ったネイルでコーティングされている。

 肌は病的なまでの白。普段陽光の下に出ていないことがありありとわかる。

 瞳は翠玉のような緑色。けれど露出しているのは片目だけで、もう片方の目は完全に髪に隠れている。そして、目の下には不健康そうな分厚いクマを作っていた。

 そして、なぜか首元には包帯。怪我——ということは考えづらいからファッションの一環だろうか。


 陽気な空気感を纏った出不精の引きこもり——そんな感じの、相反する要素を併せ持つ男だった。


 男は、こちらの視線に気付くと「いやあすまない」とかたちの良い顔を胡散くささ100%の笑みに歪める。


「いやはや。まさか服を着る時間も惜しんで断片会議カンファレンスを開く者がいようとはね。実に愉快や愉快————フードの少年。君も、同感ではないのかな?」


「っ!?」


 男の視線の先で、びくりと肩を震わせる影が一つ。その少年は赤のチャイナドレスを着た巨乳美人の膝の上に座って、こちらから顔を隠すように俯いていた。なんだその羨ましい状況。


「そーなノ? シュウ」


「バカッ! 名前呼ぶなリリネット!」


 チャイナドレス巨乳美人への抗議の声とともに、少年は顔を上げる。

 その顔には、見覚えがあった。というか、今日学校で会っていた。


「……倉見」


「倉見くん、あなたまで奉魂決闘に参加してたとはね」


「…………はあ。バレたんじゃあ仕方ないか。放課後ぶりだな。宵星に暁」


 誰かが言ったようなセリフを口にして、倉見はフードを外す。黒い眼鏡をかけた、黒髪黒目の少年。私達の知る倉見シュウだ。

 というか、見れば格好も学校で会った時のままである。


「ンーなに? シュウの知り合い?」


 チャイナドレス巨乳美人が倉見の身体をぎゅっと抱いて尋ねる。倉見は顔を赤くしながらも、「学校の」と答えていた。


 ————羨ましい…………………………!!!!


 クロちゃんを見る。さっとそっぽ向かれた。泣いていいかな。


「ハッ! いつから断片会議はクラスルームになったんだァ? なァヘルメス」


 黒のいかついコートを着た銀髪の女性だった。サングラスをかけ、足をどかっと円卓の上に乗せたその女性がメカクレ男——ヘルメスというらしい——に問う。


「ここが教室クラスルームならば、さしずめ君は休み時間にだけ教室にいる不良だな」


 挑発するように言葉を投げかけたのは、ヴァレンタインだった。


「テレジア。やはり君も此度の奉魂決闘に参じていたか」


 テレジアと呼ばれた女性はサングラスを外し、赤い瞳でヴァレンタインを睨みつける。


「ほォ。そういうアンタは姪っ子のお守りってトコか? いいやそれとも——」


「5年前のことは関係ない」


「ケッ。そうかい。ならオレが口出しするコトじゃあ、ねェな」


「——関係ないというのは、そちらの青髪についても言えることか?」


 黒のハイネックセーターを着た、白髪の男だった。彼は目を閉じたまま、ヴァレンタインに問う。


「心外だにゃあ。レンくんに訊いてないでアタシに直接訊けばいいじゃんか」


 けらけらと笑ってから、ユイさんはぞっとするような声で言った。


「——アタシら、【集血の決闘】で殺り合った仲なんだからさ。ねぇ、ジンくん?」


 【集血の決闘】。それはたしか、奉魂決闘の最終勝利者を決める戦いのことのはず——ちらとアカリを見て視線で尋ねると、アカリは首肯した。そういうことよ、と言うように。


「……ほう。傷心は癒えたと見える。小娘。貴様もか」


 アカリはわざとらしく肩をすくめて答えた。


「生憎、小娘なんて年じゃないものでね。……それより、ねえジン。あなたが挨拶すべき人は、もっと他にいるんじゃなくて?」


 白髪の男——ジンは首を横に振った。


「不干渉を望むならば、それに応ずるがせめてもの誠意だろう」


「それもそうね」


 と応じて、アカリは目を閉じる。


 ……………………なんだろう。この空気感。

 さっきは教室に例えられていたけれど、この感じは教室というよりむしろ——


「——なんか、同窓会みたい」


「あはは……まあ真祖の断片ってあんまり多くないですからね……」


 クロちゃんが苦笑する。まあ、屍食鬼と違って見境なく人を襲ったりはしないっぽいとはいえ、吸血鬼がたくさんいるのは問題だろうし、少ないのは良いこと、なんだろうけど……。


 椅子ごと身を寄せて、ぼそっとクロちゃんに囁き声で話しかける。


「にしても、アカリやユイさんにも知り合いがいるとは、ちょっと予想外だったかも」


「私の口から言っていいことかわからないので詳細は伏せますが……まあ、宵星家はってことです」


 森の中にあんなお屋敷を構えてる、大企業の経営者一族。というだけではなく吸血鬼にも縁が深い家柄——というわけか。いや、むしろ宵星家の本質はこっちなのかもしれない。


 ——————ぱん!


 ヘルメスが、手を叩く。全員の視線が彼のもとへ集中し、沈黙が訪れた。


「さて、どうやら此度の会議の参加者はこれで全部のようだ」


 ヘルメスは円卓の席に座る者たちを見て、言った。

 見回してみれば、席には個性豊かな面々が並んでいる。同窓会の空気感の中で話していたメンツはもちろん、それ以外にも袈裟を着た黒髪ロングの少女や幽霊のように半透明な身体を持つ幼女など……変わった風貌の者達が多く座っていた。


「運営者、偉大なるヘルメスの名のもとに————ここに第4次奉魂決闘の儀、最初の断片会議カンファレンスの開幕を宣言する」


 ヘルメスが宣言すると、円卓と椅子が空高くに浮遊し始める。

 ていうか今、自分で自分のことを「偉大」とか言った?


「————さて。真祖の断片の皆様はご存知だろうが、契約者もいることだし念の為自己紹介させていただこう。私はこの儀式の運営者であり真祖の断片がひとつ。――偉大なるヘルメスだ」


 やっぱり言った。


「真祖の断片としての名にはその異能を象徴する二つ名がくっつくのが通例なんです」


 と、ぼそっとクロちゃんが耳打ちしてくる。吐息が耳にかかってくすぐったい。


「『深紅の血のクローディア』の『深紅の血』とか『白き腕のヴァレンタイン』の『白き腕』とか……そういうあれ?」


 こく、とクロちゃんは頷いた。


「……ちなみに。いま、ここでことわっておくが私にこれといった異能はない。ゆえ、二つ名はただの謙遜表現だ。かのトリスメギストス3倍偉大に比べれば私など矮小なる存在であるがゆえに、ね」


 トリスメギストスというのは、かの神人ヘルメス・トリスメギストスのことだろう。偉大な錬金術師にして、秘術の始祖神。

 …………なんともまあ、クセが強いというか。その和風な格好で名乗る名がそれなのか。いや、たしかに顔付きは西洋人っぽいけれど。


「まあそれはともかくだ……君」


 ヘルメスはこちらを指差した。私?と一応自分を指差し確認してみる。


「そう君だ。霊札を代償に断片会議カンファレンスを開催した君。さっそくだが、此度の議題を宣言し給え」


「……………………議題?」


「これは会議だ。当然、主催者は議題を用意していて然るべきだろう」


「……そんなの考えてない」


「おや。であれば他の者から議題を募ることになるが……」


「であれば、私から一つ提案が」


 挙手したのはクロちゃんだった。


「おや。君は――」


「真祖の断片。深紅の血のクローディアです」


「ではクローディア。提案を聞こう」


「議題は、カード名の変更でどうでしょう?」


「変更ゥ? カードのテキストを変えろってェ話じゃなくてか?」


 テレジアがクロちゃんを睨めつけた。クロちゃんは動じるそぶりひとつ見せず、首肯する。


「効果の変更は望みません。変えてほしいのは、あくまでも名前のみ——それも、長すぎて読み上げにくい名前や、耳馴染みのない言葉や造語があってカード名を間違えやすいものを、変更しませんかというお話です」



(続く!)

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