1549年 相撲大会と下方貞清
「さて、農民から武士に成り上がるには戦で手柄を立てれば良いと思われるかもしれないが、日頃の繋がりというのが大切になるっすよ!」
と草子に言われたので、俺は家では農作業をしたり、草履や籠を編んだり、鍛錬や勉強もしながら、定期的に熱田の町に物を売りに行った。
売り物はお玉が打った小物(包丁や針等)やお雪が作った布、チチと俺が育てた野菜、俺が編んだ草履や籠、笠を売り物にした。
俺が商いをする様になってから草子は毎日出かけるが、熱田ではなく別の町や村に行くようになり、各地の情報を収集してくるようになった。
時々子馬や子牛、刻鳥(鶏)や鯉を買ってきては飼育をチチと俺に投げてくる。
まぁ俺達だけでは育てきれないのでお玉やお雪も手を貸してくれたが···
なんでこんな真似をするのか草子に聞くと
「鶏はとても体の血肉になる食べ物っす、牛は純粋に労働力、乳を使って蘇を作れば薬として金になるっすし、お玉さんが乳を使った料理に詳しいっすからそれで色々と作れるっすからね。馬は縁を結ぶために必要になるっすから」
と鶏と牛はわかったが馬はよくわからなかった。
年が変わり、半年が経った。
皆のお腹が大きくなり始めてから草子もどこかへ飛び出すのが減ったが、まぁ動物達を育てるのが大変だった。
ある日占いをしていたお玉から吉日と出たので育った馬を引き連れて熱田で売ってこいと言われ、丹精込めて育てた馬達を熱田に売りに行った。
加藤さんから馬売りを紹介してもらい、馬を卸そうとした時に傾奇者の集団がやって来た。
「へぇ良い馬じゃねぇか。なぁ兄ちゃんよぉ俺らにその馬を譲ってはくれねぇか」
「···吉法師···いや今は信長様だったな。いつも一緒に町を練り歩いていた者達だったな。売っても良いが金はあるのか?」
「そうだな···5頭で五貫でどうだ?」
「話にならないな。馬屋さん、あなたならこの馬を幾らの値を付ける?」
「そうですなぁ···大柄で主人の言うことをよく聞く賢さを持つ。荒馬を武士の方は好みますが、他の馬より二回りも大きい故に···私なら1頭あたり15貫は付けますな。それだけの価値があると思いますが」
「だそうだ。馬に正しい目利きもできない奴に売る気はない!」
「なんだと!」
「···じゃぁこうしよう。俺と相撲をしろ。相撲して勝ったら一貫で1頭を譲ってやるよ」
「言ったな!」
傾いた少年達は俺に相撲を挑んでいく。
流石に店前だと悪いので馬を馬屋に預かってもらい、広場で俺との相撲乱取りが始まった。
俺が服を脱ぎ、肉体を見せると傾いていた少年達や見物に来ていた観客達からもおぉ、とか生唾を飲む音が聞こえてきた。
そして近くにあった木に張り手をすると、木に深々と手が突き刺さり、手の形で幹が陥没した。
それを見た少年達が冷や汗をかき始めた。
「さあ、誰からやる」
「お、俺が行く」
比較的体格が良い青年が立候補した。
「勝敗は土俵から出ること、足以外を地面に付けること、参ったと言うことだ。それで良いな」
「あぁ」
「じゃぁ俺が行司をやろう」
と町人衆の人が立候補し、周りの人々は賭けを始めたみたいだ。
「はっけよーい···のこった!」
俺は突っ込んできた青年とがっぷり四つで組み合うと、組んだ状態のまま青年を持ち上げて、そのまま場外に投げた。
青年は数メートル投げ飛ばされた後に地面に落ちた。
地面に落ちた青年はうめき声をあげていた為に大丈夫そうだが、痛みで転げ回っていた。
「次!」
次にかかってきた青年は張り手で場外に吹き飛ばしたが、張り手が来ると読んでいたのか両腕で防いだが、手型状に腕が真っ赤に腫れて腕を押さえて泣いてしまった。
体格の良い二人がやられた事で他の青年や少年達は勝ち目が無いと悟りながらも次々に挑んでは吹き飛ばされたり、張り手で気絶させられたりして12名ほどが挑んだが、俺は一歩も動くことなく勝負を決めた。
「ん、実に見事」
と客の中から20代位の男が現れた。
「さ、左近様」
倒れていた青年達が痛みを堪えながら跪く。
「ん、少年名前は?」
「佐助です」
「ん、佐助。私とも一回戦ってはくれないか」
「え、えぇ···」
誰だかわからないが偉い人なのだろう。
俺は左近という男性と組み合うことになった。
俺と左近が勢いよく組み合ったが、今までの青年達と違い、なかなか崩れない。
筋肉、体幹、体の動かし方···一見普通の武士の方に見えるが全く無駄の無い動きで俺の力を抑え込んでくる。
左近も足を使い、転ばしに来るが俺の足は熊のチビ(3メートル超えの大熊に成長した)と毎日稽古をしていたので全く動かない。
周りの観客達もあの左近さんが押されているとか佐助ってあんなにも強かったのかとか声が上がる。
取っ組み合いことに3分、俺が左近の左胸を突き飛ばし、体が一瞬離れた瞬間に互いに張り手をぶつけ合う。
バチバチバチと張り手が体に当たる音が互いに響いていく。
「やめ!」
行司が声をかけた。
みると左近の右足が土俵を踏み越えていた。
「場外押し出し。佐助の勝ち!」
おおお! と観客達から歓声があがる。
「ん、負けた···見事」
「左近様? も強かったです」
「ん、名乗ってなかった。私は下方貞清と言う」
「下方···え?」
小豆坂七本槍と呼ばれる織田家でも指折りの猛将かつ、上野城を築城し、そこの城主をしているとてもとてーも偉い人であった。
「ご、ご無礼失礼しました」
「ん、で、なんで相撲大会を開くことになったの?」
と下方様が聞いてきたので事の経緯を説明すると、青年達は下方様に等しく拳骨された。
「馬は武士の命を預ける大切な仲間、それを値切るとは言語道断。それは自分の価値をも下げる愚行! 信長様にも今回の件は報告させてもらう」
「下方様、少しよろしいですか?」
「ん? なに佐助」
「彼らも調子に乗っていたとは言え、ちゃんと組み合いをしましたのでこれ以上の罰は与えないでもらえないでしょうか。私も売り物を法外に値引かれて頭にきただけで、それ以上は求めていないので···それより傷の手当てをさせてはもらえないでしょうか。医学を知り合いより学んだのですが治験することができてないので···」
「ん、構わない。医学の心得もあるの?」
「初歩的なものでしたら···」
「ん、腕前を見させて」
俺はまず腕が折れた物には添え木をしたり、賭けをしていた知り合いの町人衆達に薬の材料を胴元として儲けたのだから薬の材料位はよこせと交渉し、軟膏を作って傷口に塗ったりした。
「ん、水で傷口を洗って笹と一緒に布で巻くの?」
「はい、笹の葉には師曰く邪気を払う力があるらしく、私自身稽古で傷をよくするのですが、笹の葉を傷口に当てた箇所が膿んだ事は無いのです。なので効くハズなのです」
と下方様の質問に答えながら倒した青年達を治療する。
「ん、そういえば原因になった馬を見せて」
「あ、はい」
と馬屋に預けた馬を見せると
「ん、この子を三十貫で買わせて」
「良いんですか?」
「ん、とても立派。この馬になら三十貫出す価値はある」
と馬を購入していった。
他の馬は馬屋に買ってもらい、結構な大金になるのだった。
そして下方様は
「ん、佐助は農民だったよね」
「はい」
「織田家に仕えてみない? 私から信長様に口添えしてあげるから」
「農民出身ですが良いので?」
「ん、信長様は身分に利用価値があれば利用するだけで、農民出身でも使えるなら使うから」
「なら信長様に紹介する前に下方様に武士の礼儀等を学ばさせてはもらえませんか?」
「ん、良いよ。せっかくだしうちの城に住み込む?」
「それは嫁と相談します」
結局ほぼ毎日通うことになった。
日の出と共に田畑の世話や家畜に餌やりをして、朝食を食べたら走って下方様の城にて働いて夕方に帰る生活を送った。
その時に下方様より
「ん、馬に乗らないの?」
と聞かれたが
「走ってもあまり変わらないので、鍛錬を兼ねてます」
と伝えた。
ただもし武士になるなら織田と今川勢の国境沿いでは危険なので引っ越しを本格的に考えるようになるのだった。
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