第35話 帰省

夏休みが始まり、冴木陽斗は母方の実家がある三重県への帰省を楽しみにしていた。家族三人での旅路は数年ぶりで、陽斗は移動中退屈しないように見る動画を厳選し、ダウンロードしていた。


「陽斗、準備できた?」母が声をかける。


「もうちょっと待って。じいちゃん家ってホントにWi-Fi飛んでるんだよね?」


「まだ言ってるの?おじさんにも確認してルーター付いてるって言ってたから大丈夫よ。凛奈ちゃんもいるんだしちゃんとしてるって。」


「うん。ダウンロード終わったし、いつでも出れるよ。」陽斗は母に何度目かのWi-Fiの確認をしながら家を出た。


「やっと夏休みだな。じいちゃんばあちゃんに会うの、楽しみだ。」


「そうね、ここ数年帰れてなかったから、きっと喜んでくれるわよ。」


家族三人は荷物をまとめ、駅に向かった。駅には多くの旅行客がいて、みんながそれぞれの目的地に向かっている様子が見られた。


新幹線がホームに滑り込むと、家族は早速乗り込んだ。新幹線に乗り込むとすぐに陽斗はスマホを取り出し、イヤホンを付けた。


「せっかくの旅行なんだからちょっとくらい景色楽しんだら?」母が言う。


「ちょうどライブ配信が始まるところだから。」陽斗は母の注意も気に留めず、動画サイトを開いた。


「こんソラー。学生のみんなは夏休み楽しんでますか?社会人のみなさんはお仕事頑張ってますか?私はさっきまで宿題やってました!」


新幹線に乗ってすぐ、奇跡のようなタイミングで星野ソラの配信が始まる。1時間以上の移動だったが、推しの配信と移動が重なり、ヒマを潰せた陽斗は最高の形で旅行のスタートが切れたことに喜んだ。


新幹線と電車を乗り継いで、やがて三重県の母の実家の最寄り駅に到着した。


「兄さんが迎えに来てくれるって言ってたけど、もういるのかしら。」


「どんな車乗ってたっけ?」陽斗が尋ねる。


「たぶん黒のM-BOXだと思うんだけど。」


「あれじゃない?」陽斗が指差す方向から黒の軽自動車が近づいてくる。


「すまんすまん。ちょっと出るの遅くなって間に合わんかった。」


「そんなに待ってないから大丈夫よ。兄さん、迎えありがとう。」


「長旅お疲れさん。荷物積み込もうか。」おじさんはにこやかな笑顔で家族を迎え入れ、荷物を持ち上げてくれた。


「久しぶりやな。陽斗元気にしとったか?」


「うん、おじさん久しぶり!じいちゃんばあちゃんに会うの楽しみにしてたんだ。」


「じいさんばあさんも楽しみにしとるよ。陽斗大きなって、数年会ってないと見違えるな。」


「そりゃ最後の会ったの小学生とかでしょ?さすがに成長するって!」


「凛奈は?」母が尋ねると、


「声はかけたけど、暑いからって家にいるって。」おじさんが苦笑しながら答える。


「そうなんだ、あの子もうちの子と一緒で出たがらないのね。」母も苦笑いで返した。


車の中で、陽斗は窓の外を眺めながら、懐かしい景色に目を奪われた。田舎の風景は都会の喧騒とは違い、心が安らぐものだった。


「懐かしいな、この景色。何も変わってないね。」


「ちゃんと見ると結構変わってるわよ。あそこのパチンコ屋なくなってるし、コンビニやコインランドリーはたくさん増えてるわね。」母が答えた。


「そんなの住んでた母さんにしかわからないよ。」


「それもそうね。あ、兄さん通り道だしあそこのたい焼き屋さん寄ってよ。」


「そういうと思って家に買ってあるよ。」


「わかってないなー。焼きたてが食べたいんじゃないの。通り道なんだしお願い。」


普段見ない母のおねだりに戸惑いつつも、おじさんはたい焼き屋へ車を向けた。


「兄さん、ありがと。陽斗も食べるわよね。どれにする?」


「うん。普通のでいいよ。」


「わかった。母さんはいつものクリームチーズしよっと。」


「クリームチーズ?」


「つぶあんとクリームチーズが入ってるのよ。これが食べたくて来てるんだから!」母の話を聞き、陽斗はソラのマシュロを思い出した。



「次のマシュマロは腹ペコペンギンさんから。ソラちゃんの好きな食べ物は何ですか?」

「ペンギンさんは腹ペコだから食べ物の質問かな?実は甘いものが大好きで、特にたい焼きが大好物です!クリームチーズとつぶあんの入ったたい焼きが一番好き!」



ソラの好物とは聞いていたものの、近くに売っていなくて食べていなかった陽斗は、「俺もクリームチーズのにする。」と母に伝える。


「じゃあ4つ買ってくるわね。車で待ってて。」母は車を降り、たい焼きを買いに行った。


10分ほどすると、母はほくほく顔で戻ってきた。渡された熱々のたい焼きを食べ、ソラの大好物の味を知れた喜びと、予想以上の味に驚いた。


「いつもつぶあんしか食べない陽斗が珍しいね。」


「推しが配信で大好物って言ってたから食べてみたかったんだ。家の近くには売ってないし。」


「これが近くにあったら母さん通っちゃうわ。」と母が笑う。


旅行初日からソラの配信があり、ソラの大好物が食べられて、陽斗は旅行の成功を確信した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る