第8話 家族の絆とは 1


……淡い夜だった。

骸骨様との雷雨の夜を思い出すと、自分が初対面の人の腕の中で眠ったのが今でも信じられない。

それよりも信じられないのは、その骸骨様が私を迎えに来たことだ。


馬車の窓から外を見れば、グラッドストン伯爵邸の目の前だった。フェアフィクス王国のジークヴァルト様のところに嫁ぐことをお義母様と弟のノキアに伝えなければ……そう思いやって来て、馬車がグラッドストン伯爵邸の門を通り過ぎた。


広大な庭を進み玄関前に到着すると、馬車が止まり降りる。馬車は立派なものだ。

ジークヴァルト様が用意したもので、アルディノウス王国の王族が忍びで出かけるための家紋のない馬車だった。


(私がこんな馬車で訪ねると、お義母様は驚くかしら……)


でも、ジークヴァルト様が何もかも準備している。今も、私がフェアフィクス王国へ行くための手続きを進め、荷物を買い求めている。


馬車が来たことに、グラッドストン伯爵邸の執事がやって来ると、久しぶりに来た私がいつもと違う馬車で来たことに驚きを隠せないでいた。


(いつもは、辻馬車で来ますからね)


「お久しぶりです。エイプリル様にお会いに来ました。ノキアは……」

「お久しぶりでございます。リリアーネ様。エイプリル様はご在宅ですが、ノキア様は学校に行かれておりまして……」


真面目に学校に行っているらしい。それを聞いてホッとした。男爵位を持つノキアが無教養だと、この先が心配になるからだ。


執事が、「すぐにお呼びします」と言って、私を玄関近くの書斎へと案内してくれると、書斎にはグラッドストン伯爵様が本を片手に立っていた。


「旦那様。失礼しました。この時間は、二階の書斎にいるものだと……」

「かまわん」


威圧感たっぷりで眉間にシワを寄せて私を見るグラッドストン伯爵様はいつもと変わらずで、私も引き攣りそうな笑顔で挨拶をする。あの天然お義母様とは、似てもない。


「こちらのリリアーネ様が、エイプリル様にお会いに来られまして……」

「なら、すぐに呼んでやれ」

「はい。では、失礼します」


グラッドストン伯爵様と二人なんて緊張しかない。居心地が悪いけど、お義母様をすぐに呼んでほしいから、執事を止められずに彼は書斎を出ていった。


「お久しぶりです。グラッドストン伯爵様」

「挨拶はいい。……何の用だ? 金の無心か?」


本を開いたままで、グラッドストン伯爵様は私を見ることなく冷たく言った。


「違います。今度結婚をすることになったので、それをお義母様にお伝えに来ました」

「結婚? 金もないのにか? 物好きもいるものだな。どうやって結婚の準備をするつもりだ? 祝いはやるが、結婚の支度に金は出さないぞ」

「わかってます。準備も大丈夫かと……お相手の方が、何もいらないと言われましたので……グラッドストン伯爵様にも、お義母様にも、決して迷惑はかけません」

「それは、結婚なのか? まさか、借金の肩代わりに嫁ぐのではあるまいな」


痛いところを付いてくる。確かにジークヴァルト様が現れる前は、聖女をクビにしてまで私を妾にしようとした貴族がいたのだ。私が借金の返済が出来ないように……。

いや、ジークヴァルト様が借金を肩代わりしてくれたから嫁ぐのであって、グラッドストン伯爵様の言う通りなのだろうか。


「ノキアのことも考えろ。シルビスティア男爵家のせいで、あの子は惨めな思いをしているのだぞ」

「それは、申し訳ないと思っています。ですが、借金は……」


厳しい方だけど、グラッドストン伯爵様の言うことは間違ってない。シルビスティア男爵家のせいで、ノキアはシルビスティア男爵邸での生活もできずに、祖父であるグラッドストン伯爵様を頼っているのだから……


その時に、書斎の扉が慌ただしく開いた。


「リリアーネちゃん!」

「お義母様……」

「会いに来てくれたのね! 嬉しいわ!」


書斎に来るなり、嬉しそうに私を抱きしめるお義母様に、グラッドストン伯爵様が呆れたようにため息を吐いた。


「やっぱり一人は寂しいわよね。さぁ、今日から一緒に暮らしましょう!」

「お義母様。違います。今日来たのはですね……」

「馬鹿なことを言うな。エイプリル。リリアーネは、グラッドストン伯爵家の娘ではない。一緒に暮らす理由はない」


グラッドストン伯爵様の冷たい言葉にお義母様は頬を膨らました。


「お父様。いくらお父様でも、言っていいことと悪いことがあります。リリアーネちゃんは、私の娘です。それにリリアーネちゃんを、脅さないでください! こんなに可愛いのに、リリアーネちゃんの何が不満なのです」

「顔などどうでもいい。血筋が違うだけだ。それに、私は脅してない」


脅す材料も何もないですからね。


「そんな怖い顔ですもの。リリアーネちゃんが怖がるに決まってます」


ぷんぷんと怒るお義母様に、グラッドストン伯爵様が呆れて本を閉じた。


「エイプリル。彼女は、結婚の報告に来たそうだ。ここに一緒で暮らす気はないのだ」

「結婚……?」


お義母様が私を見たので、そっと頷いた。


「はい。結婚の報告に来ました。グラッドストン伯爵様には、たまたま書斎でお会いして……私が、読書のお邪魔してしまったのです」

「本当に? いじめられてない? お父様は性格が悪いから……」


そう言って、お義母様がグラッドストン伯爵様を睨むけど、彼と違い迫力がまったくなくて、彼は呆れるばかりだ。


「大丈夫です。お義母様が来るまで、少しだけお話をしてくださっただけです」

「それなら、よかったけど……でも、結婚って……」

「先日、贈り物が届いたことを覚えていますか? その方に結婚を申し込まれました」

「やっぱり、リリアーネちゃんを見初めていたのね! わかるわ! こんなに可愛いんだもの!」


花を咲かせたような明るい笑顔になったお義母様は、一瞬で結婚に浮かれた。


「お相手は? とってもいい方かしら? 一度お会いしなければ……」

「はい。でもそう簡単にお会い出来る方ではなくてですね……でも、お伝えします」

「嬉しいわ……そのワンピースドレスも、贈ってくださったの? リリアーネちゃんにとってもよく似合っているわ」

「今日、お義母様に報告に行くと伝えたら、準備してくださって……馬車も出してくださったんです」


服もほとんど持ってなくて、いつも聖女の時に着るような服にローブだった私が、こんな可愛いものを着ていることに、すぐにお義母様が察した。


すると、書斎の扉がキィッと軋んだ。


「姉さまが結婚……?」


振り向けば、ノキアがボロボロの姿で立っていた。




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