白い波は漣に溺れる

犀川こおり

プロローグ

 「きょうちゃん。わたしね、この夏にね……。」

 なんとなく、そんな気はしていた。誰かに話しかけられると薄い笑顔で話していて、でも独りになるとずっとぼんやりしていて。彼女はスマートフォンを見ているときも、焦点が合っているようには見えなかったし、画面をスクロールする手も止まりがちで、ふと彼女に目をやるとじっと一点を見つめていることが多かった。

 彼女は、いつも通りのペースで話しながら、やわらかい笑顔を見せてくれた。今年で十八歳になる少女にしては大人っぽい表情で、私と同い年には見えなかった。初めて話したときの、触れると私の指が溶けそうになるくらいに火照った顔とは大違いだ。しかし、どの表情もすべて彼女のものだから、それはそれは愛おしくて。そんな彼女の死に顔を見られないことだけが悔しい。そう思っていた。


 気が付けば、まだ少ししか話したことのない彼女のことが気になって仕方がなかった。この汚くて暗い世の中で、彼女だけは汚れてほしくなかった。

 

 そんな彼女は、この夏に死のうとしていた。

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