第6話






案の定、猿渡に嫌味を言われた。


「ずいぶん遅かったね」

「いろいろあったんだよ」


公園のトイレで念入りに首元をチェックしてきたからな。

学ラン真面目に着ててよかった。

さすがに覗きこまれたら隠しきれないけど、普通に突っ立ってるぶんにはバレない。


「ふーん……いろいろね。まあ、ご苦労さま。疲れたろ、ここどうぞ」

「えっあっどうも」


珍しいこともあるもんだ。

コイツが席を譲ってくれるなんてさ。

いそいそとパイプ椅子にかけて待望の唐揚げを一口。

んまい。


「食べてるとこ悪いけど、一ついいかな?」

「ふぁに?」

「その首どうしたんだ」

「ブホォッ」


咳きこむオレを男三人が取り囲む。


「なっなんで、知って」

「逆になんでバレないと思った」

「さすがに総長のタッパでも座ったらオレでも分かるっすよ〜首紫色っすもん。痛そ〜」


左右から追い打ちをかけられる。

お前らオレに一生ついてくるとか言ってなかった?

てか、臼井さんは?

どうせバレたんなら臼井さんに優しく手当てしてほしい。


「臼井さんなら家の用事があるとかで友達数人と帰ったぞ」

「チクショー!」

「で、どういろいろあったんだ?」


猿渡に腕組みしながら冷たく見下ろされて、一分も保たずに白状した。


「接触してきたか……予想より早いな」


予想してたんなら教えといてくれよ。

めちゃくちゃ恐かったんだからな。


「蟹江は……何か言ってたか?」

「えっえ〜と、首突っこむな的な……?」

「なんで疑問形なんだ」


しょーがないだろ。

いっくらオレが単純でもさあ、本人に『お前が裏切るぞって敵から脅されました』なーんて言えるわけない。


「ふーん」


見つめられても耐えろオレ。

別の意味でドキドキするんじゃない。


「さすが総長!さっそく蟹江さんにライバル視されてるんすね」

「よく生きて戻れたな」

「オレもそう思う」


そうなんだよなあ。

内容こそ忠告だったけど、やり方が脅迫だったもんなあ。

途中まですんごい気さくだったのに、急変すんだもんなあ。

首締めだけで解放されたのは考えてみればラッキーかもしれない。



「はあ……とりあえず無事でよかった。今後は単独行動を控えよう」

「えっマジで?」


じゃあ、これからはオレだけ囮とかオレだけ敵チームの溜まり場に突っこむとかオレだけ買い出しとかしなくてよくなるわけ?

やったぜ。


「プラス乾、君は今日から筋トレしてもらう」


全然よくなかった。


「はあ!?」


立ち上がりかけるも、目だけで制される。

オレ総長なのに。


「当たり前だろ。いつまでも弱いままじゃ舐められっぱなしだ、計画にも支障が出る」

「いやいや、そもそもオレを騙くらかして総長に据えたのはお前じゃん」

「よって、まずは体力作りから始めてもらおう」

「無視しないで」


生活指導の先生だってもうちょい聞いてくれるぞ。

あっけにとられるオレの肩にまたもや左右から手が置かれた。


「どんまい」

「どんまいっす」

「何言ってるんだ、君たちもだぞ」

「「え」」


ふははは、ご愁傷さま。

こーゆーヤツなんだよ、猿渡は。

仕返しに今度はオレがミツヨシと針山に言ってやる。


「ま、せいぜい頑張ろうぜ」




一時間後。

校庭の片隅に、三つの物言わぬ屍が転がっていた。


「何あれ」

「自主練?」

「先生呼ぶ?」


そこ、ヒソヒソ相談しないで。

いたたまれないから。

てかさあ。


「猿渡はっ……なんで、平気なんだ……!?」


ぷるぷる震える指先で悪の大魔王を糾弾する。


「君たちが体力なさすぎるんだ。校庭五十周くらい運動部なら普通だぞ」


涼しげに言われる。

針山とミツヨシなんかぴくりとも動かないんですけど。


「休憩したら次はケンカの練習だ」

「や、今日はもう……無理だって……」


ケンカなんてする元気ねーよ。

起き上がるのもキツいのに。

地面にへばりついたままのオレの耳に、猿渡がしゃがんでささやく。


「もし僕を押し倒せたら、そのまま好きにしていいよ?」


目をかっ開いた。

ついでに上半身も飛び起きる。

今とんでもない台詞が聞こえた気がする。


「……ぇ、」

「やる気出たかい?」

「えっと、その」


まごつくオレを見下ろして、猿渡が続ける。


「ボコボコにしてもいいし、何でも奢るよ」

「あ……そっち」


なんだ。

あーびっくりした。

マジびびった。

分かっててわざとやってるんじゃねえだろうなコイツ。


「で、どうする?」


ニンマリ笑う顔を睨めつける。


「やったろうじゃん」



校庭の隅で三メートルくらい離れて向かいあう。

審判は復活した針山だ。

ミツヨシは相変わらずピクリともしない。


「ルールは簡単。先に相手を転ばせた方が勝ち。始め!」


こうなりゃ先手必勝、オレは猿渡のなで肩を掴みにかかる。

わりと小柄だし身体さえ捕まえてしまえばこっちのもんだ。

手が届くまであと数センチ。

勝利を確信したオレの視界がぐるっと回った。


「……あ、あれ?」

「猿渡の勝ちー」


いつの間にかまた猿渡に見下ろされている。


「君さあ、バカ正直に向かってきすぎ。もっと相手をよく見ないと体格差があったって勝てないよ?これが敵対してるチームの奴らだったら今ごろ君は病院のベッドの上だね」

「……へーい」


とりあえず逃げ足だけは鍛えようと思った瞬間だった。








続く


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