永遠の終わり
(ク、くっちまオう…くっちまオう…あ、あのニンゲンのようにクちまおう…)
口という造形は見当たらない。それなのに何処からかぶつぶつと声とも言えない異様な声が聞こえた。
短い手足に支えられた異様に大きな黒い塊はグッとその身を縮こませたかと思うと、突如長い触手をヴァルの方へと投げ打った。
まるでカエルのような長い舌からくるりと軽やかに逃げると、ヴァルは左足に力をこめて地面を蹴り上げた。細剣を垂直に構えたまま異形の懐へと飛び込み斬り伏せたーーー。
『いたいのはいやよ…』
ヴァルと異形のカエルの間に滑り込むよう伸びた触手の先から子供たちの顔がボコリと現れた。
ヴァルの動きが一瞬鈍った。躊躇。
その瞬間を見逃すことなく異形のカエルは伸ばした触手でヴァルの腹部をしたたか殴打した。
ヴァルは殴られた勢いのまま後退した。
「き、汚いぞ!子供を盾に使いやがった…!」
後方からバッシュが叫んだ。
ーーー知能がある。
ヴァルは殴られた痛みも感じる暇もなく、さらに襲いかかる触手の攻撃を寸前で回避した。
知能のある【ケガレ】はけして多く無い。
知能を持つまでにどれほどの生き物の魂を喰らったのか。ヴァルは想像して細剣を持つ手に力が入るのを感じた。
それに反応するかのように、触手が細剣を持つヴァルの手首に絡みついた。
ミチミチと肉と骨を圧縮する音が聞こえる。
強い力に引っ張られそうになりながら、ヴァルは抵抗した。
「ケガレよ…どうしてそこまで執着する」
ケガレは本来場当たり的に肉体を求める性質を持つ。それが一箇所にとどまり続けることなど。いままで祓ってきたケガレとまるで異なるケガレを前にしてヴァルは問いかけた。
答えを期待したわけでは無かった。自分の気持ちを落ち着かせるように口から出たヴァルの問いに異形のカエルは触手の力を緩めることなく黒い塊がモゾモゾと蠢いて、答えた。
(えい、永遠がお、おわった)
「永遠…?」
(おわる、よくない。よくない!だから…終わったら手に入れるんだ…エルフの…ば、ばん、番人のからだを)
『すべては永遠のご主人様のため』
『すべては永遠のご主人様のため』
『すーてーはーえいえーんためー』
3人の子供が口々に言った。
子供たちは触手に捕まったままのヴァルの横を通り過ぎ、ガゼボの方へと向かった。倒れた椅子のそばでは膝から崩れ落ちたネモフィラ夫人がいた。ネモフィラ夫人の肩を抱くププは青ざめた顔のまま思考を停止しているようだった。
「やめろ!こっちに来るな!」
バッシュはテーブルの上の物を手に持った。
「…やめて!おねがい!」
ネモフィラ夫人の悲鳴が響いた。ネモフィラ夫人にとってはあれは愛しい【子供たち】なのだ。…例えその中身が異形の怪物だとしても。
ティーポットが足元にぶつかろうが、カップが地面にぶつかり割れようがそんなことには意も介さずに子供たちは歩き、ネモフィラ夫人に手を伸ばした。
『母さま、さぁ私たちと一緒に来て…』
「やめろ…!」
バッシュは子供たちの肩に手を触れたが、その細い腕に払い除けられた。ただそれだけでバッシュの体はガゼボの柵まで追いやられ、ぶつかった。バッシュの体がぶつかった拍子に木の柵は脆くも壊れた。
なんて力だ…!
その力の強さに子供たちが人間ではないことを確信した。こんなのには敵わない。ヴァルだってやられてしまいそうだ。バッシュはこの先の自分がどうなるかを想像していると、コツコツと靴音が聞こえた。
「みんな、ここにいたのか」
半壊したガゼボの低い階段を登り、エドワルド三世が場に似合わない陽気そうに笑った。
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